死神の怒りと命の祈り
ラーミアとダルマインは、インダス艦に乗り込み、ミルドニアの闇を背に船を進めた。
ラーミアは怪訝な表情で、操縦室のドアを勢いよく開け、ダルマインに詰め寄った。
「ねえ、エンディはどこにいるの?」
「エンディはいねえよ。あいつらに喧嘩売って生きて帰れるわけねえだろ?」
ダルマインはそそくさと出航準備を進め、船が動き出す。
その開き直ったような冷酷な言葉は、まるで氷の刃がラーミアの心を刺すようだった。
「まさか騙したの!?ミルドニアにはあなたの部下だってまだ残ってるんでしょ!?」
「うるせえなあ!こっちだって必死なんだよ!これからはナカタムからも旧ドアル軍からも追われる身になるんだぜ?まあ、お前を人質にとったから心配はねえけどな!ギャーハッハッハッハ!」
ダルマインの下品な高笑いは、まるで毒を撒き散らす化学兵器のようだった。
ラーミアは冷ややかな視線を投げる。
「あなたって最低な人間ね。」
「最低で結構。俺様は超絶卑劣生命体だぜ!?」
ラーミアは操縦室を後にし、甲板へ出た。
遠ざかるミルドニアを眺め、エンディの安否を案じる。
その瞳は、まるで星の光を求める迷える子羊のようだった。
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一方、エンディは空中庭園でアズバールの冷酷な視線に縮こまっていた。
無意識に後ずさった自分に気づき、羞恥が胸を焼く。
「おいギルド、さっき下が騒がしかったが何が起こったんだ?」
「ブタ共が脱走して襲撃してきたんだ。そんなことより…ラーミアが死んだ…。」
ギルドの言葉は、まるで狂刃の如くエンディの心を刺した。戦慄が彼を支配する。
「この襲撃はダルマインが主犯だったんだ。ラーミアを奪還したあの野郎をジャクソン達が追い詰めたら…その…ラーミア抱えたまま飛び降りたらしくて…。」
「死体の確認はしたのか?」
アズバールの声は、まるで凍てついた湖の表面のようだった。冷静で、感情がまるで無い。
「いや、それはまだ…。」
「すぐに誰か確認に向かわせろ。ジャクソンは何してんだ?」
「ジャクソンたちは悪魔…金髪のガキにやられて気絶しちまってるよ…。」
ギルドの怯えは、まるで嵐に怯える小鳥のようだった。
その直後、エンディの怒りが沸騰する。
「おいちょっと待てよお前ら!ラーミアが死んだって?適当なこと言ってんじゃねえぞ!」
エンディが走り出そうとした瞬間、地面から鋭利な木のツルが突き出し、彼の胸を貫いた。
血が噴き出し、痛みが世界を塗り潰す。
「うるせえガキだな。」
アズバールが呟いた後、ツルは縮み、地面へと戻った。
すると、今度は別のツルがエンディの首に巻きつき、身体を持ち上げた。
彼は混乱と出血で意識が薄れる。
まるで闇の底に沈んだ船を釣り上げた様に。
「てめえナカタムの回し者か?」
エンディに答える力は無かった。
アズバールは冷笑する。
「ククク…まあいい。今楽にしてやるよ。」
アズバールが近づいた次の瞬間、どこからともなくジェシカが横から飛び出し、短剣でツルを切り裂いた。
その姿は、ピンチの時に駆けつける正義のヒーローそのものだった。
ジェシカはエンディを抱え、急いで逃走を試みるが、庭園の出口は木々に塞がれていた。
「おいギルド、なんだあの小娘は?」
「あ、あいつはジェシカだ!ノヴァファミリーの幹部だよ!」
ジェシカは焦燥に駆られた。
ギルドが叫ぶ。
「おいジェシカ!お前何してんだ?その小僧はノヴァファリーの新入りか!?」
「ギルド総帥、今回の暴動に私たちは無関係よ!だから見逃してくれる?」
「無関係かどうか判断するのはお前じゃねえ、この俺だ!反逆罪は死罪に値する。当然、ミルドニアの住人じゃねえお前も例外じゃねえ。」
ジェシカの心はパニックの淵に立つ。
考えれば考えるほど、出口が見えない。
まさに絶体絶命の窮地だ。
「ククク…疑わしきは殺す。それが俺のやり方だ。」
アズバールの囁きは、まるで死の風が吹き抜けるようだった。
だが、突如、上空に小型飛行艇が現れた。
「あれは!」
ジェシカの声に希望の火が灯った。
飛行艇には、密漁船に戻ったはずの部下四人が乗っていたのだ。
「ジェシカさん!早く!」
ジェシカはエンディを抱え、飛行艇に飛び乗ろうとする。だが、アズバールの声が凍りつく。
「ククク…逃げられると思ってるのか?」
庭園の木々が蛇のようにうねり、飛行艇に縦横無尽に襲いかかった。
絶望が全員を飲み込んだ。
だが、木々が飛行艇に届く寸前、突如燃え上がり、瞬時に灰と化した。アズバールの思考が一瞬停止する。
更に、庭園の木々全てが炎に包まれ、四十六階から五十階までが突如火の海と化した。
「ぎゃー!なんだこれ!なんで!?」
ギルドは悲鳴を上げ、まるで炎に追われる獣のよう。ジェシカは混乱した。
「え、何これ。どういう状況?」
「今のうちに乗れよ。」
どこからともなく、カインが風のように現れ、ジェシカに告げた。
その姿は、まるで炎を従える神の使いのようだった。
「カイン?あなた今までどこにいたの?どうやってここまできたの?」
ジェシカが塞がれた出口を見ると、つい先程まで出口を塞いでいた木々は燃え尽きており、灰の山と化していた。
「なにこれ、あなたが火をつけたの?」
「さあ?俺は何もしてねえよ。」
カインは皮肉な笑みを浮かべる。
そうこうしているうちに、ジェシカ、エンディ、カインは飛行艇に乗り込むことに成功した。
「あー!アズバール、あいつだ!あの金髪がジャクソン達をやったんだ!!」
ギルドがカインを指差し叫んだ。
その瞬間、アズバールとカインの視線が数秒間交錯した。
カインはアズバールに嘲笑の笑みを贈った。
カインの挑発ともとれる不遜な態度に、アズバールの目は血走り、沸々と殺意がたぎっていた。
飛行艇は燃え盛る塔を背に、空へと消えた。
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インダス艦の甲板で、ラーミアは月を見つめていた。
「エンディ、生きてるよね。」
その呟きは、まるで夜空に投げた祈りのよう。
直後、飛行艇がこちらに向かって接近してくるのが見えた。
ダルマインが操縦室から飛び出す。
「ちくしょう!もう追手が来やがったか!…ん?あんな乗り物、ミルドニアにあったっけ?」
飛行艇が甲板に着陸し、カインを除く全員が降りてきた。
「あなたダルマインね?早く医療キットを持ってきて!ひどい怪我なの!」
ジェシカの叫びに、ダルマインは目を丸くする。
「エンディ!!」
ラーミアの叫びは、まるで心の鎖が解けた瞬間だった。
エンディの生存に安堵が胸を満たす。
「まじかよ、よく逃げてこれたな…。でもこれはもう助からねえな。これだけ血を流してるんだ、そのうち死ぬぜ?」
「大丈夫、まだ息があるなら助けることが出来る。」
ラーミアは毅然と立ち、エンディの前に跪いた。
その姿は、まるで希望の光を灯す聖女のようだった。
「こんなところで死なねえよな?エンディ。」
一連の流れを飛行艇内部から見つめるカインは、冷や汗を流しながら呟いた。
その声は、まるで運命の糸を握る者の囁きのようだった。