華麗なる救出劇と狂気の眼
ダルマインは虚空を切り裂く落下の中、逃れようのない死の恐怖で意識を失った。
ラーミアは目を閉じ、失神寸前だった。
四十五階の高さからの墜落は、まさに死の顎に飲み込まれる運命のようだった。
だが、絶体絶命の瞬間、闇から現れたのはカインだった。
十四階の窓から飛び出し、カインは右腕でラーミアを優しく抱き、左手でダルマインの髪を乱暴に掴んだ。
その動きは、まるで嵐を舞う鷹のよう。
華麗に着地し、地面に降り立った。
衝撃にラーミアの震えは止まらず、ダルマインは髪を掴まれた痛みで目を覚ました。
「痛えなあ…なんだあ…?」
「ありがとう、あの…あなたは?」
ラーミアの声は、まるで風に揺れる花びらのようだった。
カインは無言で彼女の顔を見つめる。
その瞳は、まるで深淵の底で揺れる炎のようだった。
「うおお!生きてる!奇跡!何だ?お前が助けてくれたのか?おお、こりゃ良い男だなあ!お前見かけねえ顔だが何者だ?」
ダルマインののん気な声に、カインは鋭く凄む。
狂気を帯びた眼差しが、まるで闇の刃のように彼を貫いた。
「その女を連れてインダス艦で待機してろ。俺とエンディが来るまで出航はするなよ。いいな?」
ダルマインは圧倒され、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あ、ああ分かったよ…。お前気に入ったぜ?どうだ、俺様の下僕にならねえか?」
「早く行け。」
カインの冷たい一言に、ダルマインはラーミアを連れて船着場へ向かってそそくさと走り出した。
その背中は、まるで追い詰められた獣のようだった。
「チッ、いけすかねえガキだな。何様だよあいつ?」
「ねえ、本当にエンディは生きてるの?」
「ああ、今頃インダス艦で俺様の帰還を待っているはずだ!」
ラーミアの心は、ダルマインの言葉を信じきれず、疑念の霧に覆われた。
カインの「待機しろ」という言葉が、二人の胸に棘のように刺さっていた。
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四十五階では、ジャクソンと部下たちがダルマインの狂気的な跳躍に呆然としていた。
気絶していたギルドがゆっくり立ち上がり、怒りに震える。
「ちくしょうあのやろぉ…このオレを殴りやがった…ぜってぇ許さねえ!」
その声は、まるで地獄の業火が唸るようだった。
八つ当たりに部下たちを睨みつけ、怒鳴り散らした。
「おめえら何ぼさっとしてやがる!あのクソ野郎はどこだ!」
「ダルマインは死にました。死んだはずです。」
ジャクソンの青ざめた顔が、まるで死の宣告を告げる亡魂のようだった。
「何?殺したのか!?ガハハハハッ!仕事が早いな!さすがだぜ!でもよお、俺は殴られたんだぜ?せめて生捕にしてほしかったよ。そうすりゃじわじわとなぶり殺しにできたのによ!」
「いえ、それが…ラーミアと一緒に飛び降りました。」
ジャクソンの言葉を聞いた瞬間、ギルドの顔もまた、血の気を失った。
まるで氷の刃が心を刺すようだった。
「はあ!?飛び降りただぁ!?ラーミアと!?」
「はい。おそらく拷問されて殺されるのを悟って、自決する道を選んだのかと。そしてラーミアまで道連れに…。」
その場にいた全員の血が凍った。
恐怖が空気を支配した。
「どうすんだよ!こんなこと"あいつ"に知られた、俺ら全員殺されんぞっ!?」
「"あいつ"って?誰のことだ?」
一同が声のする方を見ると、ダルマインが割った窓からカインが涼しい顔で侵入してきた。
「なっ、何だお前は?!どうやってここまで?」
「登ってきた。」
カインの答えは、まるで風が岩を撫でるように簡潔。
ギルドは腰を抜かし、言葉を失った。
「かつて世界最先端の科学技術力を誇った軍事国家、ドアル王国。4年前の敗戦後に軍のトップはみんな処刑されたが、最高司令官で国内随一の天才科学者だったギルドだけが行方不明だったと聞いた。まさか残党どもを引き連れてこんな所に隠れていたとはな。」
カインはカツカツと足音を響かせ、ギルドに歩み寄った。
その姿は、まるで得体の知れない強者が獲物を品定めするよう。
ギルドは縮こまり、声も出せない。
すると、ジャクソンがカインの首に大刀を突きつけた。
「貴様、何者だ?殺される前に答えろ。」
カインは刃を無視し、冷たく続ける。
「おい、"あいつ"って誰なんだ?お前ら誰の命令で動いてる。」
「な、なんのことだ…??」
「とぼけんなよ、お前らの目的くらい大体見当はつく。これからナカタム王国に侵攻するんだろ?けどよ、いくらなんでもこんな烏合の衆と見掛け倒しのボディガードだけじゃ心許ないだろ?"上"に誰かいるはずだ。」
「見掛け倒しだと?それは俺のことか?」
ジャクソンの怒りが震え、まるで火山が噴火を予感させるようだった。
「アズバールだろ?」
カインの言葉に、ジャクソンとギルドの心臓が跳ねた。
まるで重大な秘密を白日の下に曝された瞬間のように。
「図星みたいだな。なるほど、やっと死神の正体が分かったぜ。まさかあの男が生きていたとはな。」
カインは再び歩き出した。
その足取りには、王者の風格が漂っていた。
「ま、待て!貴様…どこへ行く!?」
「どこって、帰るんだよ。俺はただエンディの付き添いで来ただけだからな。ついでに死神の正体も気になっただけだ。お前らが何を企んでいようと興味はない。もう用はねえよ。じゃあな。」
カインは背を向け、歩き出す。兵士たちは無意識に後退りし、道を開けた。
まるで、百獣の王の唯ならぬ気配に押された獣の群れのように。
「待てよ小僧…世の中そんな甘くないぞ。生きて帰すわけないだろ?」
ジャクソンの言葉に、カインはぴたりと足を止め、ゆっくり振り返った。
その表情は、まるで狂気を宿した奈落の使者のようだった。