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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
180/180

楽しく笑っていよう、いつまでも


魔法族との決戦が幕を閉じてから、すでに十二年の歳月が流れていた。


戦火によって崩壊した王都バレラルクでは、あの日を境に、連日のように大規模な復興作業が行われていた。



戦士も、民も、そして国王ロゼ自身までもが自らの手で瓦礫を運び、汗を拭いながら立ち上がった。



全ては、かつて誇った栄華と美しき景観を、もう一度この手で蘇らせるために。


その努力の結晶は、時の流れと共にゆっくりと実を結び、王都の風景はかつての面影を彷彿とさせるほどに蘇っていた。



十二年という歳月を経た今、そこにはすっかり“大都市”の名に相応しい街が広がっていた。


まだ完璧ではない。

けれど確かに、この国は歩みを止めず、ずっと前を向き続けていた。


魔法族に蹂躙され、深い爪痕を残されたこの国は、終戦後の経済破綻すら危惧されていた。


しかし、ロゼを旗頭に民が一致団結して立ち上がったことで、国はゆるやかに、だが確実に再生の道を歩んでいった。


どれほどの困難に直面しても、誰も諦めなかった。

全てを失っても、未来を信じたのだ。


その結果、ナカタム王国は奇跡的とも言える経済回復を成し遂げ、終戦からわずか七年で、世界一の経済大国へと返り咲いた。


この歴史的偉業は、後世まで語り継がれることになるだろう。


今や軍事・経済の両面で群を抜くこの王国は、世界中の国々から羨望と敬意をもって見つめられていた。


そして——

争いのないこの春、柔らかな風が吹き、咲き誇る桜の花が大地に祝福を降らせていた。


新たな人生の門出に、人々は自然と心弾ませていた。


王宮付近の桜並木では、一組の親子が手をつなぎ、桜吹雪の中を笑顔で歩いていた。



鮮やかな紅のドレスを纏い、花びらに包まれながら歩くその母娘の姿は、あまりに幸せそうで、まるで絵本の一ページのようだった。


「ママー!見て!桜!綺麗!」


少女の名前はエマ。

六歳になったばかりの彼女は、宝石のような瞳を輝かせ、小さな手で母の服の袖をグイグイと引っ張っていた。


その様子に微笑みながら、「本当に綺麗ね!今度パパとロンも連れて、みんなで一緒に来よっか!」

と幸せそうに言ったのは、彼女の母——ラーミアだった。


あれから十二年。

多くの別れも、涙もあったが、人々はそれぞれの幸せを確かに手にしていた。


今日は、ナカタム王国の建国記念日。

盛大な立食パーティーが王宮の大庭園で開催されるその日に、ラーミアとエマはとびきりのお洒落をして、会場へと向かっていた。


——そんな記念すべき日にも関わらず、王都では相変わらずの騒動が起きていた。


その男の名はダルマイン。

十四年前に海運会社を立ち上げて以来、波乱万丈の末に世界一の海運企業「ORESAMA」を築き上げた男だった。


だが、かねてから巨額の脱税疑惑が囁かれており、ついに保安隊が彼の大豪邸に踏み込んだ。


隊長サイゾーと副隊長クマシスが百名を超える部隊を率いて徹底捜索を行ったが——

結果は空振り。

証拠一つ見つからず、捜査は小一時間で幕を閉じた。


「ギャーハッハッハ!だから言ったろ?俺様は脱税なんかしてねえってよ!俺様は2人といねえ愛国者だぜ?これからは貿易事業にも本腰入れて参入する予定だからよ、もっともっと税納めてやるぜ!」


ダルマインはゲラゲラと笑いながら、金歯をギラつかせていた。


その成金ぶりは目を背けたくなるほど派手だった。


「何が愛国者だ!貿易なんて国内の食物自給率を低下させてるだけじゃねえか!この非国民め!」


「クマシス、こんなやつでも一応は高額納税者なんだ。少しは口を慎め。それに、こいつはいずれボロを出すさ。だから今日は引き上げるぞ。」


「やいダルマイン!見逃してやるから脱税した金の何割かを俺によこせ!そしたら超法規的措置を行使して免罪符切ってやるからよ!賄賂をくれ!もう安月給はうんざりなんだよ!」


——クマシスは、12年経ってもなお、“心の声が漏れる病”を治せていなかった。


それでもサイゾーは、今も彼に呆れながらも根気強く付き合い続けていた。



一方その頃、王宮では準備が佳境を迎え、玉座の間では王子グラッセが父と口喧嘩の真っ最中だった。


「おいグラッセ!また槍の稽古サボって何してやがった!?」


「うるせえクソ親父!あんたなんかに教えを請わなくたって、俺は充分強い!修行は独学でやる主義なんだ!邪魔すんな!」


「このバカ息子が…言ってくれるじゃねえかよ?ったく、誰に似たんだか…。」


グラッセは反抗期の真っ只中。

十歳になったばかりとは思えないほど、父に容赦なかった。


「あっはっはー!昔のロゼ国王ソックリ〜!!」


モスキーノは腹を抱え、床に転げて大爆笑していた。


「フフフ…血は争えませんねえ。」


「言動だけでなく、外見もロゼ国王の幼少期と瓜二つだな…。」


バレンティノとマルジェラは、呆れながらも微笑ましく見守っていた。


「こらグラッセ!生意気ばっか言ってないで、ちゃんとお父さんの言うこと聞きなさい!」


「だ、だってお母さん…あいつうるさいんだもん…。」


モエーネに叱られた途端、あれほど強気だったグラッセは見る間にしゅんとなった。


ウィルアート家の未来は明るかった。



同じ頃、アマレットとルミノアも支度を終え、パーティーへと向かおうとしていた。


「行ってきます、お父さん。」


ルミノアは、十二歳とは思えないほど落ち着きと気品を備えた少女に育っていた。


毎朝のようにカインの遺影に手を合わせることを欠かさなかった。


「あんた偉いわねえ。カインもきっと喜んでるよ。」


「正直記憶はないけどさ、でも…たった1ヶ月でも、あの人は私のお父さんだったんでしょ?」


その言葉にアマレットは目を細め、優しく頷いた。


「それにしても…私のお父さんって本当にイケメンだったんだね。お母さんやるじゃん?」


「馬鹿ねえ、私だってあの人と充分釣り合うくらい美人でしょ?」


アマレットは、なぜか少しだけムキになって返した。


「美人といえば…ラーミアさんも今日のパーティーには参加するの?」


「うん、来るはずよ。」


ルミノアの声には、はしゃいだような弾みがあった。


ラーミアを心から慕うルミノアは、彼女との再会を心待ちにしていた。


だが、エンディにだけは少しだけ苦手意識があった。


理由は単純だった。

エンディは、会うたび毎回、父カインの話を延々と繰り返すからだった。


——今日のパーティーではなるべく顔を合わせないようにしよう。


ルミノアは密かにそう決意していた。



その頃、ノヴァとジェシカは、六歳の息子ビルダを連れて王宮へ向かっていた。


「腹減った!ねえ、早く行こうよ!」


わんぱく盛りのビルダは父の手を引きながら、今にも走り出しそうな勢いだった。


「コラ!ビルダ!走っちゃダメ!会場に着いても大人しくしていなさいよ!」


ジェシカは鋭く叱った。


いつの間にかすっかり“教育ママ”が板につき、かつての鉄火肌が母性へと変貌していた。


すると、道中で偶然出会ったのがラベスタとエラルドだった。


二人もまた、招待客として王宮へ向かう途中だったのだ。


「よう、ラベスタじゃねえか。エラルド、久しぶりだな。」


ノヴァは親しげに声をかけた。



ラベスタは、外交の場で知り合った気立ての良い年上女性と結婚しており、エラルドは保父の職を続けながら、年下の同僚と家庭を築いていた。


しかも、二人の妻は今まさに臨月だった。


「もうすぐで産まれるんだ、俺の息子が。楽しみだなあ。」


ラベスタは表情こそいつも通り無愛想だったが、声の端々に抑えきれぬ喜びが滲んでいた。


「お前もついに人の親になるのか…めでたいぜ。祝儀は弾ませてやるぜ?」


とノヴァがしみじみ呟いた後、「お前んとこは女の子だっけ?」とエラルドに振ると——


「女の子だ!嫁にはやらねえぞ!」


エラルドは即座に叫び、場に小さな笑いが弾けた。


こうして一行は、賑やかに談笑しながら会場である王宮の大庭園へと辿り着いた。



会場は華やかに装飾され、陽光を浴びて輝く大理石の噴水と、極彩色の花々が咲き乱れる中、真紅のテーブルクロスが敷かれた長テーブルには、目を見張るような料理がずらりと並んでいた。


スペアリブ、シャトーブリアン、新鮮なサラダに宝石のような果物、そして結婚式のケーキかと見紛う巨大ホールケーキ。


そのすべてが、国中から選び抜かれた一流のシェフとパティシエによる作品だった。


人々は取り皿と酒を手に、心浮き立つような高揚の中、パーティーの開始を今か今かと待っていた。


その中央に登場したのは、主催者である国王ロゼ。


マイクを手に、壇上に立った彼が話し始めようとしたその時——


「え〜本日はお日柄も良く、皆様お忙しいところ足を運んでくださり〜、誠に…?」


彼の挨拶を遮ったのは、まさかの“食いしん坊”だった。


「うまっ!ねえパパ、これ全部食べて良いの!?」


料理に目を奪われ我慢できずにかぶりついたのは、エンディの息子ロンだった。


「コラー!ロン!まだロゼ国王が挨拶の途中だぞ!今は未だ我慢してなきゃダメじゃないか!全くしょうがない奴だなあ!」


エンディは慌てて声を荒げたが、ロンはもぐもぐ頬張りながら無邪気に笑っていた。


すると——


「あ!それ俺が食べようと思ってたやつ!ずるいぞビルダ!」


「ロン!早食い勝負だ!負けねえぞ!」


ライバル心に火が点いたビルダが皿山盛りの肉を貪り出し、二人は食い倒れバトルを繰り広げ始めた。


「おいお前ら!まだロゼが話してるだろ!?静かにしてろ!ったくどんな教育受けてるんだか…親の顔が見てみたいぜ。」


そう呆れたように言ったのは、すっかり背が伸び声変わりも済ませた青年エスタだった。


烈火の如く怒り心頭のジェシカが、「ビルダァァァァッッ!!!」と鬼の形相で怒鳴りつけたのは言うまでもない。


「ふふっ……」


ラーミアはその光景を、優しい眼差しで見守りながら微笑んでいた。


「ねえママ。どうしてロンは、いつもパパとママの言うことを聞かないの?」


不思議そうに聞いたのは、ラーミアとエンディの娘、エマだった。


「エマ。男の子ってね、馬鹿なのよ。」


ルミノアが、どこか呆れたように、けれど愛しさを滲ませて代わりに答えた。


ロンとエマは双子だった。

エンディ譲りのやんちゃなロンと、ラーミア似のしっかり者エマ。


性格は正反対でも、どこまでも仲の良い兄妹だった。


「はあ〜。まあ、挨拶なんて性分じゃねえし、もういいや。お前ら!今日は思いっきり楽しんでくれ!」


マイク越しにロゼが宣言すると、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。



パーティーは陽気に進み、笑い声と音楽、温かな料理の香りが会場を満たしていった。


エンディは、少し伸びた髭を撫でながら、目の前の光景を眩しそうに見つめていた。


ラーミアと結ばれ、双子に恵まれ、親友たちに囲まれ、今日も変わらずここに在る日常——


それこそが、何よりも愛しく、何よりも尊い“宝物”だった。


涙が出るほど笑い、腹が捩れるほど笑った。

心の底から、ただ純粋に——笑っていた。


「よしみんな!今日も楽しく笑って生きようぜ!」


エンディは、両手いっぱいの幸せを抱きしめながら、声を張り上げた。


風がその声を運び、満開の桜の花びらが空から祝福のように舞い降りた。


——この幸せが、ずっとずっと続きますように。

皆の笑顔が、永遠に絶えませんように。


そう願いながら——


輪廻の風 完




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