いつかまた逢えるその日まで
「本当…貴方って勝手な人。」
消えた夫カインの姿に向けて、アマレットは虚ろな瞳のまま、まるで誰にも届かぬ吐息のようにそう呟いた。
その声はあまりにもか細く、あまりにも悲しく、まるで胸の奥にぽっかりと空いた空洞から漏れ出した風のようだった。
その瞬間、エンディは確信した。
あの日、終戦直後に宴を提案した自らの判断は、やはり正しかったのだと。
限りある命の灯火が消えるまでの残り時間を、カインは家族と共に心から楽しみ、魂の奥底から笑うことができた。
それが、どれほど幸せなことだったか。
「カイン……。」
「……あの野郎……!」
ラベスタが低く唸るように呟き、ノヴァは拳を強く握りしめた。
込み上げる無念と、どうしようもない虚しさが二人の胸に渦を巻いていた。
それは彼らだけでなく、誰しもの心に同じように広がっていた感情だった。
モエーネとジェシカは膝を折り、顔を手で覆い隠してしゃくり上げていた。
ラーミアはエンディの肩に顔をうずめ、震える肩を必死に押さえながら、声にならぬ嗚咽を噛み殺していた。
エラルドはただ天を仰ぎ、何も言えずに立ち尽くしていた。
だが、その哀切な沈黙を、切り裂くようにして——
エンディが、唐突に声を発した。
「生きよう……。俺たちは、これからも生きて行こう。」
その声はかすかに震えていた。
だが、震えの奥には確かな決意が宿っていた。
滲む涙を噛み殺しながら、それでもまっすぐ前を見据え、未来へと目を向けようとする気高い眼差しだった。
するとロゼが静かに隣に立ち、エンディの背中をポン、と力強く叩いた。
「死んだ奴の分まで生きよう…そんな見え透いた詭弁を言うつもりは毛頭ねえよ。だからよ…カインに、戦死していった全ての奴らに恥ずかしくない様、あいつらに顔付け出来るよう、生き残った俺たちは前向いて胸張って生きていこうぜ。」
ロゼは言葉の途中で、堪えきれずに涙を零した。
その涙は止めようとしても止められず、震える声に真心がこぼれていた。
「バーカ、泣いてんじゃねえよ……。お前…国王だろ……?お前がそんなんじゃ…俺たちは…これから誰について行けばいいんだよ…しっかりしてくれよ……。」
エスタはロゼの背をバンと叩いた後、その衣の一部をぎゅっと握りしめた。
言葉にならない感情が滲み出たその行為は、まるで父を慕う子のように切実だった。
モスキーノ、バレンティノ、マルジェラの三将帥も、空気を読み、そっとロゼのもとへ歩み寄った。
無言のまま寄り添う彼らの気遣いが、胸に染みた。
——そして、長い長い夜が明けた。
漆黒の空を白んでゆく朝靄が、地平を優しく撫でるように滑っていく。
その中を太陽の光が差し込み、地上に柔らかな金色を降らせていた。
「綺麗だなあ……太陽って、こんなに綺麗だったんだ。ちっとも知らなかったよ。どうして今まで気付けなかったんだろう……。」
エンディは空を見上げ、大粒の涙を頬にこぼしながら呟いた。
その言葉には、戦いと死の世界を歩んできた者にしかわからぬ、命の讃歌が滲んでいた。
「生きてやる!絶対に生きてやるぞ!立ちはだかる試練も苦難も!迷いも煩悩も運命も!全部全部乗り越えてやる!四肢をもがれようが血反吐吐こうが走り続けて!絶対に幸せになってやる!」
エンディは朝日に向かって叫んだ。
それは涙の絶叫であり、魂の咆哮だった。
やがて、その叫びが昇る太陽の温もりと重なり、ふっと、彼の顔に微かな笑みが浮かんだ。
泣き顔と笑顔が交差したその表情は、まるで生まれ変わったばかりの命そのもののように、生き生きとしていた。
そのとき——
ラーミアがそっと近づき、両手でエンディの右手をぎゅっと握りしめた。
「1人では走らせないよ?私も一緒に連れてって。」
頬を朱に染めたラーミアが、まっすぐにエンディの目を見つめていた。
朝陽のせいか、それとも照れ隠しか——おそらく、そのどちらでもあったのだろう。
エンディは優しくその手を握り返した。
「私たち、随分と長い間遠回りしちゃったね。でも…せっかくここまで歩いてきたんだもん。だから、これからも歩き続けようよ。2人で一緒に。」
「うん、そうだね。きっと…2人ならどこへだって行けるよ。」
言葉を交わすその刹那、500年を超えて果たされた約束が、ついに完遂された。
これは終わりではない。
むしろ、ここからが本当の“始まり”だった。
その頃——
アマレットの腕に抱かれていたルミノアが、朝日の眩しさに目を覚ました。
父の死など知らぬまま、屈託のない笑顔で空を見上げ、天使のような声をあげてはしゃいでいた。
アマレットはその小さな命を、ぎゅっと強く抱きしめた。
「あなたのことは…あなたのことは絶対に私が守るからね…!」
アマレットは心の奥深くに、強く強く誓った。
どんな困難が待ち受けようとも、この子だけは絶対に守り抜いてみせる、と。
カインの代わりに、いや、カインと共に、この子に限りない愛を注ぎ続けると決めたのだ。
そこへ、エンディがゆっくりと近づいてきた。
彼はそっとルミノアの頭を撫でながら、優しく微笑んだ。
「お前は、忘れちゃうんだろうな。大きくなったら、カインのこと覚えてないんだろうな。でも、それでいい…俺たちはずっと覚えているから。そのかわり…お前がもうちょっと大きくなったら、耳にタコが出来るくらいに聞かせてやるよ。お前の父ちゃんは、めちゃくちゃ格好良かったんだぞって…嫌になる程聞かせてやるからな…覚悟しておけよ?」
その言葉には、優しさと哀しみと、未来への祈りが織り交ざっていた。
——さよならも言わずに逝ってしまえば、心残りもあるだろう。
夢半ばにして天に召されれば、悔いも尽きぬだろう。
でも、あの人のことだからきっと、どこかで笑って見守っていてくれるはずだ。
信念が違えど、彼らはそれぞれの正義と共に、これからも歩き続けていく。
命ある限り、物語は終わらない。
誰もが、自分という人生の主役なのだから。
生きていこう。
またいつか、あの空の彼方で——君に逢えるその日まで。