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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
178/180

じゃあな相棒 100年後にまた笑おうぜ

「見事。だが余が死んでも…本当の意味でこの世から闇が消えることはないぞ。光ある処に闇在り…光が大きければ大きいほどに闇もまた大きくなる。陽の当たらぬ場所でしか芽吹くことの出来ぬ植物もある。深海でしか棲息できぬ生物もいる。世界は表裏一体でなければ、均衡を保てず崩壊する様に出来ているのだ。暴力という絶対的な抑止力を失った世界は混沌と化すだろう。首輪の外れた悪党達が蔓延り歯止めの効かなくなった世界を、これから生きることができるのか?」


ヴェルヴァルト冥府卿は、ゆっくりと朽ちゆく肉体を風に晒しながら、声にならぬほどの低音で、エンディにだけ問いかけてきた。


それは彼なりの“遺言”であり、“呪い”でもあった。


「望むところだ。」


エンディは一歩も退かぬ眼差しで、何の逡巡もなく即答した。


闇の王の最期を見届ける者として、彼の瞳には一片の迷いもなかった。


「魔法族万歳。」


ヴェルヴァルト冥府卿はふっと口元を吊り上げ、最後の嘲笑を浮かべてそう言い残すと、肉体はサーっと、砂塵のように風へと溶けていった。


終わった――

すべてが。


その瞬間、エンディの全身から一気に力が抜け、肩の荷が下りるような深い安堵が心を満たした。



けれどそれと同時に、限界を超えていた疲労が押し寄せ、彼の膝は崩れ、ふらりと前のめりに倒れかけた。


その身体をしっかりと抱きとめたのは、ラーミアだった。



彼女はエンディを抱きしめたまま、溢れる涙を堪えることなく顔をくしゃくしゃにして嗚咽した。


「エンディ…良かった…本当によかった…!お帰り、エンディ!」


感極まった声が震えながら響いた。

エンディは何も言わず、そっとラーミアを抱き返すことで答えた。


すると、これまで世界を覆っていた厚い闇が嘘のように薄れ始め、太陽の光が大地に降り注いできた。



それは祝福の光。


闇の支配を打ち破った者たちに贈られる天からの賛歌だった。


陽光は瞬く間に強さを増し、やがてすべての闇を駆逐していった。



戦士たちはその光を浴びて天を仰ぎ、ようやく訪れた平穏に胸を打たれた。


南半球に暮らす者たちは、久方ぶりの太陽を浴びて歓喜の声を上げた。


北半球の人々も、夜の静寂の中で月の光を仰ぎ、希望の輪郭を確かめた。


戦争は終わった。


世界中から湧き上がった歓声は大気を震わせ、地を揺るがすほどの音圧となって地球そのものを震わせた。


涙する者も無数にいた。


その涙をかき集めれば、大陸を飲み込む洪水が起きると囁かれるほどだった。


ヴェルヴァルト冥府卿の死とともに、世界に巣食っていた“闇の力”はすべての効力を失い、消滅した。


冥花軍ノワールアルメを含め、魔界城に潜んでいた数万の魔法族戦闘員たちも、彼と同じようにサラサラと砂のように崩れ落ちていった。


――そして、それは。


二年前、自らの肉体に闇の力を注入したイヴァンカも例外ではなかった。


胸に大きな風穴が穿たれ、血塗れのまま倒れていたイヴァンカは、自身の身体が少しずつ崩れゆく様を、ただ静かに見つめていた。


周囲の者たちが歓喜に包まれるなか、エンディとラーミアはゆっくりとイヴァンカへと歩み寄っていった。



エンディはラーミアの肩を借りて、痛みに耐えながら足を引きずるようにして。


死期が目前に迫っているにもかかわらず、イヴァンカは一切怯えもせず、むしろ清らかな表情を湛えていた。


「何を…しにきた…?無様だと…笑いにきたのかい…?」


力なき声で、イヴァンカは尋ねた。


かつて両親を殺し、一族を滅ぼした仇敵。

エンディにとってイヴァンカは、誰よりも憎むべき存在であるはずだった。


だが、いま目の前にいるイヴァンカを見て、エンディの胸に湧き上がったのは…ほんの少しの哀しみだった。


「笑わないよ。でも、なんて言うか…お前の最期を看取るのは、俺の役目の様な気がしてな。」


エンディはどこか照れくさそうにそっぽを向きながら答えた。


その態度に、イヴァンカは言葉もなく驚きを滲ませた。


そこへ、カインも姿を現した。


彼もまた、イヴァンカに深い傷を刻まれた者の一人でありながら、いま彼の死を前にして、どこか哀しげな瞳で静かに見下ろしていた。


「エンディ…カイン…私が死んだら…嬉しいかい?」


自分でもなぜそんなことを尋ねてしまったのか分からず、イヴァンカは虚空を見つめた。


「嬉しくないよ。」


エンディは穏やかに、優しくそう返した。


一方でカインは沈黙を守り、視線を逸らした。


イヴァンカはゆっくりと右手を持ち上げ、ラーミアの方へと差し出した。


その動きに反応したラーミアは、イヴァンカの手を掴もうと駆け寄った。


だが――

触れる寸前で、イヴァンカの腕は肩から先、サーっと崩れていった。


「エンディ…いつかまた何処かで…戦おう。」


「嫌だね。二度とゴメンだ。」


2人の間に交わされた最後の言葉は、どこか笑ってしまうほどいつも通りで、それだけに、切なさが胸を締めつけた。


その直後、イヴァンカの身体は完全に消えた。

影も形も残さず、風の中に溶けていった。


失ったものはあまりにも多く、得たものは決して多くはなかった。


それでも、戦いは終わった。

神も悪魔もいないこの世界で、天が笑った。


太陽の光と月の煌めきは、人々の心に“これから”を託し、希望という名の灯をともした。


誰が正義で、誰が悪か。

誰が善で、誰が罪か。


その答えは誰にも分からず、決める権利もなかった。


ただ一つだけ、確かな事実があった。


魔法族に蹂躙されてきたこの世界が今、確かに、笑っていた。


魔界城に馳せ参じた連合軍は、勝利の雄叫びを上げると同時に、どこか慌ただしかった。


ナカタムの兵士たちはその場に残り、互いの無事と勝利を分かち合っていた。


ロゼは、魔法族のいなくなった魔界城最上階から、崩れ果てた王都バレラルクの荒廃ぶりを静かに見下ろしていた。


「さてと…0からのスタートだな。」


どこか自嘲めいた笑みを浮かべながら、ぽつりと呟く。


王として、彼は改めてこの国の未来と自らの責任を胸に刻んでいた。


「俺について来い!なんて言わねえよ…まだまだ未熟者だけどよ、これから精一杯、みんなを引っ張っていく!だから…少しでいいから、俺に力を貸してくれ!」


民たちの前で、彼は頭を下げた。


計算も打算もない、本心からの言葉に誰もが心を打たれた。


ロゼが“名君”と呼ばれるようになるのは、このあとずっと先の話だ。


そんな彼のもとに、エンディとカインが姿を現した。


エンディはアズバールの亡骸を、カインは弟アベルの遺体を、それぞれ静かに抱えていた。


「ロゼ国王、俺からちょっと提案なんですけど…やっと戦いも終わった事だし、これから祝勝会をしませんか?」


その突飛な申し出に場がどよめいた。


敵地の真っ只中、夥しい死体の中での“祝勝会”など、不謹慎の極み。


だがエンディは、知っていて、あえて言った。


「俺、亡くなったみんなを弔ってあげたいんです。戦死者だけじゃない…無抵抗の一般市民も数多く殺された。それも世界中で…。だからこそ!戦いに勝った今、みんなに勝利を伝えたいんです!天国まで俺たちの声が届くように!みんなが安心して眠ってくれる様に!魔法族は倒したから…後は俺たちに任せてくれって伝えたいんです!」


声を震わせながら叫ぶその姿に、誰もが胸を打たれた。


ロゼは少しの沈黙の後、息を吐き、呟いた。


「はぁ〜、エンディ、お前ってやつは…本当にイカつい野郎だぜ。」


そして顔を上げ、堂々と宣言した。


「せっかく勝ったんだ…いつまでもしんみりしてても何も始まらねえしな。あと、俺…お前のその考え方結構好きだぜ?宴…やっちまおうか!」


歓声が上がり、鬨の声が響いた。


「ただし!!宴が終わったら精一杯働いてもらうからな!!弔いと復興作業…色々とやることは山積みだがよ、今はとりあえず楽しもう!!思う存分はじけろ!!天国まで響かせてやろうぜ!!」


そう叫ぶとロゼは走り出し、他の者たちも続々と後を追って駆けていった。


「天国までって…アズバールとイヴァンカは間違いなく地獄行きだろ。」


クマシスの無神経な一言に、サイゾーが「おい、よせ」と小声で窘めた。


祝勝会は、魔界城から少し離れた荒野で開かれることになった。


魔界城に保管されていた略奪食料を手に、皆が走り回る。


その場は、宇宙にまで響きそうなほどの笑い声と歓声で満ちていた。


未成年たちは酒の代わりにジュースで乾杯し、エンディはラーミアと並んで楽しそうに語らっていた。


カインは、まるで一秒でも離れるのが惜しいかのように、妻アマレットと娘ルミノアに寄り添っていた。


ロゼ、ラベスタ、ノヴァは酔って踊り、モエーネやジェシカはそれを見て笑い転げ、モスキーノとエラルドは早々に酔いつぶれて眠っていた。


マルジェラとバレンティノはそれを眺めながら、どこか満ち足りた顔で微笑んでいた。


そして――

気づけば夜が訪れていた。


静かに星が瞬き、三日月が大地を優しく照らす。


エンディは満腹の腹を抱え、肩にもたれて眠るラーミアの寝顔にふとドキリとした。


そのとき、アマレットが近づいてきた。


「ねえエンディ、カイン見なかった?」


「カイン?そういえば見てないな。どこか行っちゃったのか?」


「うん。さっきまでずーっと片時も私とルミノアの側を離れなかったんだけどね、目を離した隙に急に居なくなってたの。」


アマレットは心配そうに言った。


「全くしょうがねえやつだな。まあ、あいつは放浪癖があるからな。俺ちょっと探してくるよ!」


そう言って立ち上がったエンディは、眠る者たちを起こさぬよう静かに歩き出し、やがて遠くに見慣れた金髪の後ろ姿を見つけた。


「あれは……カイン…?」


そう確信し、早足で駆け寄る。


だが、辿り着いたそこには誰もいなかった。


「見間違い…か…?」


そう思い、来た道を戻ろうとしたその瞬間――


「よう、エンディ。」


背後から聞き慣れた声が響いた。


驚いて振り返ると、そこに立っていたのは、穏やかな笑顔を浮かべたカインだった。


「カイン、お前こんなとこで何してんだよ?アマレットが心配してたぞ?早く戻ってやれよ。」


だが、カインは何も答えなかった。


よく見ると、その表情はどこかやつれていた。


「カイン?どうしたんだよ?早く戻ろうぜ?そうそう、すげえ美味い肉があるんだよ!一緒に食べようぜ!」


エンディの明るい声は、どこか空虚に響いた。



カインは微笑みながら、静かに告げた。


「いや…残念だがそれはできねえ。」


カインは、どこかすべてを悟ったような穏やかさで呟いた。



その口調の裏に、どうしようもない現実への諦念と、それでも笑っていようとする強さが滲んでいた。


「え?何でだよ?」


エンディはキョトンとしていた。


すると、カインは唐突に信じ難い事を口走った。


「命に終わりの時が訪れた様だ。」


それは、優しさに満ちた“死の宣告”だった。


カインの身体は静かに炎を帯び、その輪郭がゆっくりと揺らぎ始める。


その様子に、エンディの視界は歪み、現実感が一気に崩れていった。


「…え?」


エンディは呆然と立ち尽くし、全身が凍りついたように硬直した。


言葉の意味も、目の前の光景も、心が追いついてくれない。


「俺…“あの時”自爆したんだ。体はもうとっくにボロボロで、今見えてる俺の姿のほとんどは炎の力で創った幻影だ。本当は”あの時”死んでる筈だったんだ。だけど最期はどうしても家族と過ごしたくて、頑張って生きてみたんだけど…そろそろ限界みてえだな。」



「あの時」――それは、カインが炎の球体と化してヴェルヴァルト冥府卿に突撃し、大爆発を引き起こしたあの一撃のこと。




語る背中は、どこまでも静かだった。


その声は、苦しみではなく、愛する者たちと過ごせた“幸福”の記録を語るような、優しくあたたかな響きを帯びていた。


エンディは呼吸を乱しながら、よろめく千鳥足でカインに近づいていく。


心が軋み、壊れていくのを止められなかった。


「俺も欲張りな男だよな。最期にアマレットとルミノアと過ごせたから、もう人生に悔いはねえ…お役御免で人知れず死のうと思ってたんだけどよ…エンディ、やっぱり最期はお前に会いたくなっちまったんだ。」


その言葉に、エンディは息を詰まらせた。


最後に会いたいのは、自分だった。

その事実が、胸を裂いた。


それは嬉しさと哀しさがない交ぜになった、複雑で切ない感情だった。


「2人に伝えておいてくれよ。俺がいなくなっても、泣くのは最初の夜だけにしてくれ…ってな?」


カインの瞳は、既にこの世の執着から解き放たれていた。


でもその奥には、小さな未練と、家族への深い深い愛情が確かに灯っていた。


「そんな…嘘だろ?カイン…何で…?」


エンディはもう立っていられなかった。


膝から崩れ落ち、感情の奔流に飲み込まれた。

止まらぬ涙が頬を濡らし、地面に零れ落ちていく。


「泣くなよ。死は悲観するものじゃねえ。誰しもに平等に訪れる逃れようのねえ運命だ。俺はその順番が少し早かっただけだ。まあ、唯一つ心残りがあるとすれば…ルミノアの成長を見届けることが出来ねえことかな?」


その言葉には、父としての未練が、ほんのひとしずく滲んでいた。


けれどそれも、怒りや悔しさではなく、ただひたすらに“優しさ”だった。


エンディは顔を上げ、溢れ出る涙でぼやけた視界の向こうに、徐々に透けていくカインの姿を見つめていた。


手を伸ばせば届きそうで、けれどもう絶対に掴めない。


そんな残酷な距離が、二人の間に横たわっていた。


「カイン…死なないでくれよ…。やっと…やっと仲直りできたのに…まだまだこれからだろ…?やり残したことだって…何で…何でだよ!!何でお前が死ななきゃならねえんだよっ!」


叫ぶたびに心が裂けた。


その嗚咽には、過去も未来も詰まっていた。


仲直りしたばかりの、繋がったばかりの絆が、再び断ち切られていく絶望がそこにあった。


「俺の人生は幸せだったぜ?心を許せる仲間達と出会えて、最愛の女と結ばれて、子宝にも恵まれて、そして何より…エンディ、お前という真の友と出会うことが出来た。今死んでも充分釣りが出るくらい、俺の人生は幸せだった。だからもう泣くな。」


それは、満ち足りた者だけが言える最期の言葉だった。


声は震えず、むしろ清らかだった。

それがまた、エンディの心を引き裂いた。


「ありがとな、俺と友達になってくれてよ。」

カインは綺麗な笑顔で言った。


エンディは嗚咽を堪えながら、震える唇で言葉を返そうとした。


でも、胸に詰まったものが多すぎて、何も言葉が出てこなかった。


「カイン…俺…俺は…!」


無力な声が夜空に吸い込まれていく。


けれど、カインには伝わっていた。


言葉などいらなかった。

二人の間には、既に全てが通じていた。


「元気でな、エンディ。」


「俺がいつかそっちに行ったら…また一緒に遊ぼうな、昔みたいに…。」


エンディは、ようやくカインの死を受け入れた。

しかし、まだまだ心が追いつかない。


「ああ。その時はいろんな話を聞かせてくれ。けど、当分来るんじゃねえぞ?まあ、100年後くらいまで待っててやるよ。」


カインは、もはや燃え尽きる寸前の姿で、なおもエンディを気遣い、笑っていた。


その姿は、炎に包まれながらも、不思議と暖かく、美しかった。


「じゃあな、相棒。」


最後の言葉とともに、彼の姿は静かに、そして確かに消えていった。


炎は風に融け、光は闇に溶け、そして彼の魂だけが、エンディの胸にそっと残された。


メルローズ・カイン、死去。


世の為、人の為、仲間の為。

そして何より、愛する家族の為に命を燃やして戦い抜いた烈火の戦士は、18歳という若さでこの世を去った。




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