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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
177/180

闇を穿ちて、光とならん

ヴェルヴァルト冥府卿は、裂けた口元に不敵な笑みを湛えながら、自らの眼前に立ちはだかるエンディとイヴァンカを悠然と見下ろしていた。


それに対し、エンディとイヴァンカは、まるで魂ごと敵を見据えるような険しい表情で返していた。


互いに、一歩も退かぬ覚悟。

視線が交差し、空気すら凍てついた。


両者は、五秒間ただ向かい合ったまま、一切の言葉も動作もなかった。指先すら微動だにしない。


だが――そのわずか五秒が、エンディにとっては永劫にも等しい時間だった。


場を覆う静寂は、あまりに異様で不気味だった。

風も止み、鼓動すら聞こえるほどの緊張が戦場全体を支配していた。


そして――戦いに終わりが訪れようとしていた。


5秒が経過。


ヴェルヴァルト冥府卿が地響きを裂くような野太い咆哮を放ち、一気に突進してきた。


その動きは恐るべき鋭さで、まさに猛獣の突進であった。



それに応えるように、エンディも全身の力を振り絞りながら絶叫し、真っ直ぐに飛び出した。


イヴァンカは一言も発さず、だが静かに、確かな意志をその歩幅に宿してエンディと並んで前進した。


無言の中に込められたのは――この決着を、自らの手で終わらせるという覚悟。


エンディは拳を、イヴァンカは剣を振るった。


2人の攻撃は連携というより、もはや一体となっていた。


風も雷も、封じていた。


この瞬間に必要なのは、力ではなく意志。

術ではなく、魂そのものだった。



防御など、最初から考えていなかった。

攻める、攻める、ただひたすらに攻め抜く。

それが2人の全てだった。


ヴェルヴァルト冥府卿もまた、闇の力を一切用いず、体術のみで応戦していた。


拳と拳、剣と爪、肉体と意志がぶつかり合う轟音に、誰もが固唾を飲んだ。


あまりに激しく、あまりに美しく、そして凄絶な攻防に、戦場にいた者たちは目を逸らすことができなかった。


エンディとイヴァンカ――この意外な組み合わせが、まるで長年の戦友のように完璧に息を合わせている。



それがかえって不気味でさえあったが、誰ひとりとして目を奪われずにはいられなかった。


そして――数分後。


ふたりの放った攻撃が、ついにヴェルヴァルト冥府卿に命中した。


しかも同時に。


エンディの拳は、ヴェルヴァルト冥府卿の顔面を豪快に殴り飛ばし、イヴァンカの剣はその右脇腹を鮮やかに斬り裂いた。


その瞬間、ヴェルヴァルト冥府卿は顔を歪め、わずかに苦悶の表情を浮かべた。



だが、それも束の間。



表情は狂気を孕んだ怒りへと変貌し、その人ならざる異形の手でエンディの髪を鷲掴みにした。


次の瞬間――。




ヴェルヴァルト冥府卿はそのままエンディの身体を地面に叩きつけた。


大地が裂け、地割れが走り、エンディの頭は衝撃で意識を一瞬刈り取られた。


その隙を、イヴァンカが見逃さなかった。


彼は捨て身でヴェルヴァルト冥府卿に突っ込み、その顔面を片手で鷲掴みにして強引に引き剥がした。


そして――孤独な死地を選んだ。


誰もいない空間にヴェルヴァルト冥府卿を誘導し、彼の足を思い切り踏み抜くと、己の足ごと剣を突き刺した。


剣は地面を貫き、2人の身体は固定された。


ヴェルヴァルト冥府卿が一瞬、目を見開く。


だが、イヴァンカはその顔面を見据え、全身の力を一撃に込めた。


天を穿つような雷光が、イヴァンカの身体から爆発する。


それは自爆に等しい激雷。

いや、それ以上に、命を賭した覚悟の放電だった。


蒼紫の炎柱のように天を焦がし、ヴェルヴァルト冥府卿を丸ごと呑み込んだ。




絹を裂くような断末魔が響く。


雷の奔流により、ヴェルヴァルト冥府卿の筋肉は痙攣し、皮膚が焼け、神経が断たれていった。


だが――奴は倒れなかった。


恐るべき執念で、気力だけを動力源に腕を動かし、イヴァンカの胸部へ右手を翳した。



爆音とともに衝撃波が放たれ――イヴァンカの胸に、ぽっかりと風穴が空いた。


血が吹き出し、イヴァンカは、どこか安らかな顔でゆっくりと崩れ落ちた。


彼の選んだ戦いは、ここで幕を閉じた。


怒りの臨界を超えたヴェルヴァルト冥府卿は、羽根なき両翼を羽ばたかせ、5メートルほど宙に浮かび上がった。



そして全身の魔力を暴走させ、暗黒の奔流を放った。


その闇は、彼の周囲に漆黒の球体を形成した。


それはもはやただのエネルギーではない。

世界そのものを呑み込み、虚無へ還す“黒の破滅”だった。


その瞬間、モスキーノとマルジェラが前に出た。


モスキーノは極限まで冷え切った死の冷気を、マルジェラは鳥の姿で鋭利な羽を弾丸のように連射した。


2人の力により、黒球の膨張は止まり、徐々に押し戻されつつあった。


だが、限界は近かった。


そこに現れたのは――バレンティノ。




両手で剣を振りかぶり、全霊を込めて叩き下ろす。


その剣圧は黒球に穴を穿った。


だが、すぐに塞がってしまう。


子供ひとりがやっと通れるほどのその穴を見て、ノヴァが走り出した。

チビの出番が回ってきたぜ、と言わんばかりだ。


黒豹の姿へと変身し、その細身と速度を活かし、穴に飛び込んだ。


あと少し遅れていたら、闇に呑まれたはずだった――だが、間に合った。


ノヴァは穴をすり抜け、ヴェルヴァルト冥府卿の胸部に鉤爪を叩き込んだ。


皮膚は硬く貫けなかったが、確実にダメージを与えた。


集中が乱れたヴェルヴァルト冥府卿の力は揺らぎ、そこを突いてモスキーノとマルジェラが再度力を振るうと――


黒球は、呆気なく消滅した。


激昂したヴェルヴァルト冥府卿は、ノヴァの首を掴んだ。


その手はまるで断頭台の刃のようだった。




その瞬間――ラベスタが飛んだ。


剣を一閃。

ヴェルヴァルト冥府卿の右腕を断ち切った。


ノヴァを庇うラベスタの勇気と共に、背後からもう一撃が加えられた。


否、投げられたのだ。


エスタ。

小さなその身体を、ダルマインが渾身の力で砲丸のように投げ上げたのだ。


エスタは宙を舞いながら剣を振り抜いた。


ヴェルヴァルト冥府卿の背から生えた“羽根なき両翼”が斬り落とされた。


肩翼になり、空中でバランスを崩したヴェルヴァルト冥府卿。


その一瞬の隙を見逃さぬ者がいた。


ロゼだ。


ロゼは最後の力を振り絞り、槍を投げた。

そして、ヴェルヴァルト冥府卿の、もう一方の翼を切り裂いた。


ついに飛ぶ術を失ったヴェルヴァルト冥府卿は、無様な絶叫とともに地へ墜ちた。


そこに待ち構えていたのは――エンディとラーミア。


2人は手を繋ぎ、凛とした表情で地に立ち尽くしていた。


ヴェルヴァルト冥府卿の目に映ったのは、500年前のトルナドとルミエルの幻影だった。


繋がれた手から、小さな光が溢れ出る。


それは、風と光。

命と祈りの融合だった。


「ぶちまかせー!!」


「決めろっ!!」


ロゼとカインが、魂を削る叫びをぶつけた。


「「「「「「「「「いけーー!!」」」」」」」」」

他の者達も負けじと、声を合わせて叫んだ。


エンディは跳んだ。


拳を高く振り上げ、落下してくるヴェルヴァルト冥府卿に、全身全霊を込めて突き出した。


拳が届いた瞬間、ヴェルヴァルト冥府卿の身体は聖なる風に包まれ、

そして――


まるで砂のように、崩れ、消えた。


完全なる、滅びだった。


終わった。


長く、苦しく、壮絶で、それでも命を燃やし尽くした戦いが、今ここに終わったのだ。

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