捨て身のビッグバン
最終決戦地である魔界城最上階は、異様な静けさに包まれていた。
そこは、すべてが終わるための舞台であり、また、すべてが始まるための舞台でもあった。
泰然自若に、まるで永劫を見通す神のごとく立ち尽くすヴェルヴァルト冥府卿。
その真正面には、まさに命をかけて迎え討とうと構えるエンディとカイン。
やや角度を変えた位置には、剣を抜き放ち、不遜で挑発的な面持ちのまま沈黙を守るイヴァンカ。
さらに、その場の緊張をまざまざと肌で感じつつ、固唾を呑んで事の成り行きを見守るノヴァの姿もあった。
長く、果てしなく続いた戦いが、今、遂に終わろうとしている。
誰もがそれを本能で悟り、場を包む緊張感は、絶妙な重圧とともに彼らの皮膚を這っていた。
エンディの身体からは、ヴェルヴァルト冥府卿を睨み据えるように、ヒューヒューと唸りを上げる風が放たれていた。
「穏やかな風だな…。余が育った冥界では冷たい死の風しか吹かなかった。」
ヴェルヴァルト冥府卿は、どこか物悲しげな瞳で空を見つめながら、意味深な独白を口にした。
だがその直後、表情は一変する。
悍ましい鬼神の顔貌に変貌し、突如として途轍もない速度でエンディとカインに向かって突進したのだ。
「来るぞ!」
「来るぞじゃなくて、来たんだよ!」
エンディとカインはそんなやり取りを交わしながら、慌ただしく身を翻して避けた。
ヴェルヴァルト冥府卿は両手を広げ、多量の闇の破壊光線を縦横無尽に放った。
それは山を一つ跡形もなく吹き飛ばすほどの威力を秘めており、いきなり10発もの連射が繰り出されたのだ。
「うおおおおお!!」
エンディは雄叫びと共に、10個の巨大竜巻を怒涛のごとく放出した。
金色の風を纏ったそれらは、見る者すべてを神の奇跡かと錯覚させるほどの美しさと凄まじさを併せ持っていた。
10の巨大竜巻は完全にヴェルヴァルト冥府卿を包囲し、その放たれた闇の攻撃と激しく激突する。
轟音と共に地鳴りが響き、大気はまるで悲鳴を上げながら歪んでいった。
ヴェルヴァルト冥府卿は竜巻を掻き消そうと躍起になり、次なる攻撃を繰り出す暇もなかった。
その刹那――
彼の足元からボワッと激しい音を立てて、凄まじい豪炎が噴き上がった。
深紅の炎は一瞬にしてヴェルヴァルト冥府卿の巨体を包み、その姿は肉眼では確認できないほどに燃え盛っていた。
「灰になれ!」
カインがそう叫ぶと同時に、ヴェルヴァルト冥府卿が放っていた闇の破壊光線はかき消えた。
黄金の竜巻が音を立ててヴェルヴァルト冥府卿に急接近し、その身を呑み込まんと襲いかかった。
もし直撃すれば、いかにヴェルヴァルト冥府卿といえど、その肉体は跡形もなく斬り裂かれることは明白だった。
だが、ヴェルヴァルト冥府卿は――踏ん張った。
全身から夥しい量の黒い気流を放出し、竜巻も炎も、まるで拍子抜けするほど呆気なくかき消してしまったのだ。
大技すら無力化され、傷一つ負わせられなかった現実に、エンディとカインの心は大きく揺らいだ。
ヴェルヴァルト冥府卿が再び襲い掛かろうとした、その刹那――
背後にただならぬ殺気を感じ、思わず身震いした。
イヴァンカが背後から斬りかかってきたのだ。
両手で剣を握りしめ、凄まじい闘気と殺気をその剣に込め、ヴェルヴァルト冥府卿の首を一閃せんと振るった。
ヴェルヴァルト冥府卿は、間一髪のところで大きく身体を捻り、それを回避した。
「避けたね、御大。防御もせずに避けたということは、受けたら死ぬということだ。どうやら私の剣は、君の強靭な皮膚を斬るのに申し分なさそうだな。」
イヴァンカは、嘲笑を滲ませた笑みを浮かべて言った。
「末恐ろしき男だな、イヴァンカ。お前もまた、ここで殺すには余りにも惜しい。」
ヴェルヴァルト冥府卿は、その場にそぐわぬほど楽しそうに呟いた。
するとイヴァンカは構わず、ヴェルヴァルト冥府卿に向けて青紫の雷を放った。
雷撃はヴェルヴァルト冥府卿の巨躯に直撃し、青い火柱が激しくスパークしながら天に昇った。
凄まじい雷の衝撃は、近くにいたエンディたちにも危険を及ぼすほどだった。
「おいイヴァンカ!危ねえだろ!」
「てめえ!俺たちごと殺す気だったろ!」
エンディとカインは一斉に怒鳴り、慌ててその場を離れた。
しかしヴェルヴァルト冥府卿は、そんな雷撃を受けても尚、涼しい顔のままだった。
「フハハハハ!驕るなよイヴァンカ!貴様の雷など、余の肉体に通るわけがあるまい!」
「フッ…そんなはずはない。驕っているのは君の方だよ、御大。」
その瞬間、ヴェルヴァルト冥府卿の表情が凍りつく。
感電による肉体の麻痺が、彼の動きを封じていたのだ。
「強靭な皮膚が仇となったね。痛みとは、肉体に危険を知らせる大事な信号だ。それを感じ取る事ができないことは、戦いの中では命取りになる。現に君は肉体が麻痺症状を起こしていることに気がつかなかったからね。これほどの電気を浴びて体に何の異変も生じないなんて有り得ない…君は慢心するあまり、そんなことにも気づけなかった様だね。」
ヴェルヴァルト冥府卿の顔には、この上なく悔しさを滲ませた表情が浮かんでいた。
「さあ…今度こそ首を頂戴するよ。」
イヴァンカは、狂気じみた笑みを浮かべ、ヴェルヴァルト冥府卿にゆっくりと近づいていった。
しかし、イヴァンカが剣を振り下ろし、まさに決着が着こうとした次の瞬間――
ヴェルヴァルト冥府卿はパカっと大口を開き、闇の破壊光線を口から放った。
そのあまりに予想外な攻撃に、イヴァンカは目を見開き驚愕する。
瞬時に雷を纏わせた剣を振るい、なんとかヴェルヴァルト冥府卿の攻撃を相殺しようと試みた。
「私としたことが…油断したね。」
イヴァンカは冷静沈着な面持ちで、他人事のように言い放つ。
それはもはや、開き直りすら感じさせる態度だった。
雷の剣で放射の軌道を逸らすことには成功したが、その抵抗も長くは保たなかった。
次の瞬間、闇の破壊光線が彼の身を呑み込み、イヴァンカの姿は光の中へと掻き消された。
「イヴァンカー!!」
エンディは絶叫した。
闇の破壊光線が世界を裂くように放たれたその瞬間、イヴァンカの姿は光の奔流に呑まれ、神隠しにでも遭ったかのように忽然と消えたのだ。
肉体が跡形もなく消し飛んでしまったのか、それとも回避に成功してどこかに身を潜めているのか——誰にも判断がつかなかった。
ただ一つ言えるのは、思考を巡らせている猶予など、今この場には存在しないということだった。
「いいだろう…ここまでたどり着いたお前達に敬意を表し!とっておきの褒美をやろう!」
ヴェルヴァルト冥府卿の声が響いたと同時に、その巨体が空高く舞い上がった。
右腕が天を指すように持ち上げられると、その掌に吸い込まれるようにして黒いエネルギーが凝縮されていく。
それは濁った水のようにドロドロと泡立ち、鼓動するかのように脈打ちながら膨張を続けていく。
もはや“エネルギーの塊”という次元を超え、宇宙の暗黒そのものが圧縮されているかのようだった。
気づけば、直径500メートルを超える漆黒の球体が空中に浮かんでいた。
見る者すべての生命の奥底を凍りつかせる、滅びの象徴。
「フフフ…流石にちょっとこれは…笑えないねえ。」
バレンティノは顔を引き攣らせながら、乾いた声を吐いた。
「嘘…だろ…!?こんなもん直撃したら…地球そのもんがぶっ壊れちまうだろ…。」
ロゼの声は震え、喉の奥でかすれていた。
この世の理から逸脱した威力を孕んだ闇の塊は、あまりに現実離れしていた。
「史上最強の戦士たちよ!よくぞ我ら魔法族をここまで追い詰めた!余はお前達を厄介な強敵と認定した!よって…絶対的な力を以って!英傑に誂え向きな絶望的な死を与える!」
高らかに宣言されるその声は、もはや地獄の閻魔の審判にすら聞こえるほどの圧を帯びていた。
空に黒い太陽が浮かぶその光景は、まさに“終焉”の到来だった。
だが、そのとき。
エンディの双眸が、真っ直ぐに闇の太陽を射抜いた。
そして、叫ぶ。
「絶望?笑わせんなよ。来るなら来い!いくらでも受けて立ってやる!!」
その声には一切の迷いがなかった。
誇りと希望を風に乗せ、エンディは己のすべてを賭して空へと舞い上がる。
風を操り、突風の勢いを背に受けながら、一直線にヴェルヴァルト冥府卿へと突進していった。
「おいエンディ!何考えてやがる!?」
ノヴァの声が、焦燥に染まった。
それは正気の沙汰ではない。
逃げ場もなければ勝算もない。
理性では決して踏み出せない一歩を、エンディは確かに踏み出していた。
「ラーミア…ラーミアの力でなんとか出来ないの?」
ラベスタが、震える声で隣に縋る。
「だめ…。あれは質量がおおきすぎて、私の力でもどうにもならない…。」
ラーミアはかぶりを振った。
だが、その顔には恐れも諦めも浮かんでいなかった。
ただ、信じていた。
エンディの中にある、誰よりも強い“光”を。
「うおおおおーー!!」
エンディの咆哮と共に、金色の風が天地を覆い尽くす。
それは風というにはあまりに巨大で、もはや空に現れた一つの神だった。
螺旋を描く風の柱は、まるで世界を支える天柱のように空へと上昇していく。
「全てを無に帰す!まずはお前からだ!エンディ!」
闇の球体が放たれる。
それは音もなく降下し、しかし確実にすべてを滅ぼす死神の手だった。
空中で金色の風と漆黒の球体がぶつかった瞬間、空そのものが叫んだ。
バリバリバリバリッ!
大地が揺れ、空気が破れ、時すら軋むかのような音が轟いた。
ぶつかり合った2つの超常的な力は、互いに押し合い、ついに空中で拮抗した。
まるで天の狭間に巨大な楔が打ち込まれたように、2つの力は静止したまま世界を軋ませ続ける。
魔界城は激震に見舞われ、その揺れは山を越え、大地を渡り、地平の果てまでも広がっていった。
「フハハハハッ!今こそ時代が変わる時だ!人類よ!もう充分君臨しただろう!自らを万物の霊長だと信じて疑わず思い上がった貴様らを引き摺り下ろし!魔法族の帝国を築く時が訪れたのだ!弱肉強食のこの世界で、食物連鎖の頂点などいくらでも代替わりしてきた!これからは我ら魔法族が台頭する時代だ!大人しく滅びろ!自然の摂理に抗うな!」
ヴェルヴァルト冥府卿がさらに力を込めると、闇の球体はじりじりとエンディを押し返し始めた。
その中で、エンディは目を閉じていた。
激しい光も音も感じながら、ただ静かに、耳を澄ませていた。
「なぜ目を閉じている?恐ろしいのか?これからお前が辿る悲惨な行く末でも想像しているのか?余が恐ろしいか!答えろ!エンディ!」
ヴェルヴァルト冥府卿の咆哮に対し、エンディはゆっくりと瞳を開いた。
その奥に宿るものは、恐怖ではなかった。
優しさだった。
「今、みんなの声を聞いていたんだ。」
その一言の意味は、他の誰にも分からなかった。
だが彼は確かに感じていた。
地上の声。
世界の願い。
命ある者たちの鼓動が、風に乗って耳に届いていた。
まず最初に聞こえてきたのは、魔界城一階で魔法族の戦闘員達と奮闘している、各国連合軍の兵士たちの声だった。
「俺さ、国に女房とガキを残してるんだ。ちゃんと、俺の帰りを待っててくれてるのかな…。」
地を這いながら血を吐き、それでも武器を握り締めている男の言葉は、もはや祈りというより、家族へ宛てた遺言のようだった。
「きっと待ってるさ。実はな、俺も国に嫁を残してるんだ。必ず生きて帰ると約束したんだ。お前のことはよく知らねえけどさ、この戦い…何が何でも絶対に勝とうぜ!」
隣で背中を預ける仲間が、ボロボロになったマントを翻しながら、闘志を込めた声で返す。
彼らは、故郷に残した大切な者たちのために、命を賭けて戦っていた。
誰に褒められるでもなく、世界の片隅で。
愛する者を想い、帰りを待つ家族の笑顔を信じて、彼らは前へ進んでいた。
その姿を、エンディは“風”を通じて確かに見ていた。
彼らの“想い”は、言葉以上に鮮烈に、金色の風と共鳴していた。
次に聞こえてきたのは、魔法族によって蹂躙された都市に取り残された民たちの悲痛な声だった。
「長い長い夜が来たんだ。だけど、きっと夜明けはやってくるさ。明日になればいつも通り…東の空から太陽は昇ってくる。」
瓦礫の下にうずくまる老婆の独り言のような呟き。
まるで己に言い聞かせるようなその言葉は、静かで、それゆえに重たかった。
「早くまた…太陽の光を浴びたいなぁ…。」
少女の声だった。
崩れた校舎の残骸に隠れながら、泥と涙に濡れた顔で、彼女はただ空を見上げていた。
太陽が恋しいと呟くその言葉の裏には、どれほどの闇があったのだろう。
「魔法族がいなくなりますように…。」
「誰かが魔法族をやっつけてくれますように…。」
「きっと誰かが退治してくれる…。」
「恐ろしい悪魔よ…どうかいなくなってください…!」
その声たちは、遠く離れた地に住む誰かの祈り。
声を上げることすら許されぬ戦火の中で、それでも生きようと願う人々の叫びだった。
彼らは“英雄”の存在を信じていた。
自らには成し得ぬ力を持つ、誰かが世界を救ってくれると。
エンディは、その“誰か”であることを、今この瞬間に受け止めていた。
そして——
次に響いたのは、かけがえのない仲間たちの声だった。
いつでも、どんな時もエンディを信じ、エンディの勝利を待っているかけがえのない仲間たちの心の叫びが聞こえてきた。
そして最後の最後に聞こえてきたのは、ラーミアの声だった。
その優しく澄んだ響きが、まるで風の中に舞い降りた一輪の花のように、エンディの意識に触れた。
同時に、ラーミアの微笑がふと脳裏に浮かぶ。
初めて出会ったあの日。
あの時、彼女が見せた穏やかであたたかな眼差しが、鮮やかな色彩を帯びて蘇った。
「忘れるわけねえじゃねえか。なあトルナド…見てるか?随分と遅くなっちゃったけど…俺、やっと出会えたよ。ずっとずっと忘れてなかったよ。今度こそ約束を守るからさ…安心して眠ってくれよな。」
エンディは爽やかな笑顔で、心に誓った大いなる決意を口にした。
その言葉と共に、胸の奥底に封じていた想いが一気に燃え上がる。
打倒ヴェルヴァルト冥府卿への覚悟が、己の肉体すら突き破るかのように、全身を突き動かしていく。
そして——押され気味だった戦局が、一瞬にして反転した。
さっきまで呑み込まれかけていた金色の風が、まるで覚醒したかのように唸り声を上げ、みるみるうちにその勢いを増していく。
何と、エンディの漲る力が、徐々に、しかし確実にヴェルヴァルト冥府卿の黒い球体を押し返していったのだ。
この異常な逆転現象に、ヴェルヴァルト冥府卿の表情が一変した。
内心の焦燥を抑えきれず、口元が引き攣る。
「何故だ!何故そこまでして護ろうとする!こんな世界のどこにそんな価値があるというのだ!?人間など誰も彼も、口にこそ出さんが本心では世界の全てに愛想を尽かし惰性で生きているではないか!聞くがエンディ…お前は自分以外の誰かに、人間的魅力を感じたことが一度でもあるのか!?自分以上に他者を思いやる気持ちなど持ち合わせているのか!?お前たち人間はその弱さ故、孤独を埋める為に群れをなしているだけだろう!そんな者たちのために生きる意味などない!魔法族になって不老の肉体を手にし!余と共に!何のしがらみも素晴らしき世界を生きようではないか!」
その叫びは、怒りというより哀願に近い響きを帯びていた。
ヴェルヴァルト冥府卿にとって、それは初めて吐き出す、自身の存在意義の確認だった。
「魅力しか感じねえなあ…俺の仲間はどいつもこいつも最高だ!俺はこれからもこいつらと一緒に未来を生きる!お前と一緒になんていられるか!命は限りがあるからこそ綺麗なんだよ!限りある時間の中で少しずつ自分にとっての幸せや生きがいを見つける!だからこそ人生はおもしろいんだ!」
エンディは自信満々に、胸を張ってそう言った。
その声には一点の曇りもなく、未来を肯定する者だけが持つ絶対の光が宿っていた。
エンディの放つ金色の風は、巨大な黒い球体を少しずつ、だが確実に侵食していった。
柔らかく、けれど揺るぎない光の奔流が、闇を塗り替えていく。
その勢いはさらに加速し、止まることを知らなかった。
「馬鹿な!!こんなことが…こんなことがあってたまるかぁ!!」
ヴェルヴァルト冥府卿は、自らの破壊が刻一刻と迫る現実を前に、もはや錯乱寸前だった。
「やっと見つけた俺の幸せ!絶対に壊させない!俺はただ、またみんなで楽しく笑っていたいだけなんだ!だから邪魔するなぁ!」
エンディは歯を食いしばりながら、さらに力を振り絞って風を加速させた。
それは祈りの暴風。
魂の咆哮。
希望という名の嵐だった。
金色の風は、ついに黒い球体の全体を包み込み、そしてその存在を、闇ごと完全に消し去った。
やがて黄金色の渦は、中心にある一点へと収束し、そのすべてを——ヴェルヴァルト冥府卿を包み込んだ。
ヴェルヴァルト冥府卿は、阿鼻叫喚の断末魔を上げながら、抗うこともできず金色の風に呑まれていった。
その姿は、まるで世界そのものから消されていくかのようだった。
渦中にあるヴェルヴァルト冥府卿の様子や安否は、もはや肉眼では確認できなかった。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
エンディの風の力が、ヴェルヴァルト冥府卿の闇の力を、完全に打ち破ったのだ。
勝利の代償は大きかった。
すべての力を使い果たしたエンディの身体は、まるで燃え尽きた葉のように空中を舞い、ゆっくりと地上へ落下していく。
その身を受け止めたのは、ラーミアだった。
「エンディ…良かった…本当に良かった…!」
ラーミアは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、エンディを強く、強く抱きしめた。
震えるその手からは、喜びと安堵と、そして愛しさが滲み出ていた。
しかし——そのラーミアの歓喜とは対照的に、エンディの表情にはどこか冷ややかな警戒が宿っていた。
「まだだ…まだ…終わってない…!」
疲労困憊の状態で、意識をかろうじて保ったまま、エンディは必死に声を振り絞って仲間たちに危機を告げた。
なんと、ヴェルヴァルト冥府卿は、まだ生きていたのだ。
彼もまたエンディ同様、すべての力を使い果たしており、闇の魔力もほとんど残されていなかった。
だが、その瞳だけは最後まで燃えていた。
「許さん…貴様ら…絶対に許さんぞ!」
ギラギラと血走った眼で睨みつけながら、ヴェルヴァルト冥府卿は重力に引かれるように地上へと落下してきた。
迎撃する力など、今のエンディにはもう残されていない。
誰もが最悪の結末を想像した、まさにその瞬間だった。
突如、予想だにしなかった出来事が起こった。
何と、どこからともなく炎の球体が発生し、落下してくるヴェルヴァルト冥府卿へ向かって、一直線に空を昇っていったのだ。
「……あれは……!?」
誰もが息を呑み、目を凝らしてその異様な球体を見上げた。
直径およそ三メートル。
だがその中には、太陽のような熱量と、核のような圧力が詰まっていた。
その球体は、まさに空を焼く火の彗星だった。
「…カイン…!?」
エンディは目を疑い、思わず声を震わせた。
なんと、メラメラと燃え盛る炎の球体の内部にいたのは、カインだった。
命を使い果たし、死力を尽くしたエンディに代わり——
カインは希望のバトンを確かに受け継ぎ、平和な未来を繋ぐべく、捨て身の攻撃へと飛び込んだのだ。
「ようヴェルヴァルト…良いもんくれてやるぜ?」
燃え上がる豪炎を纏い、カインが弾丸のごとくヴェルヴァルト冥府卿へ突進する。
その身を避けることも、遮ることもできない。
もはやヴェルヴァルト冥府卿に抗う術は残されていなかった。
——直撃。
次の瞬間、世界を貫くような爆発が空に咲いた。
ビッグバンのような衝撃と共に、魔界城の空が破れた。
闇に覆われていた邪悪な天蓋は、その瞬間だけ、まるで日没前の街を照らすような、鮮烈な夕焼け色に染まったのだった。