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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
173/180

二つの犠牲

「うおおおーーー!!」

エンディは怒りと覚悟を拳に込め、金色の風を纏った右腕で、ヴェルヴァルト冥府卿の腹部を全力で殴り抜いた。


全身全霊の叫びが空気を震わせ、衝撃波が天を裂く。あらゆる物理攻撃を無効化してきたヴェルヴァルト冥府卿の皮膚にも、その一撃はわずかに食い込んでいた。


だが、ヴェルヴァルト冥府卿も黙ってはおらぬ。

仕返しとばかりに、禍々しい闇の力を纏った拳を振りかざし、怒気に満ちた凄絶な表情でエンディに殴りかかった。


しかしエンディは、身体をひるがえし、まるで舞うような軽やかな動作でその一撃をかわすと、金色の風を纏った脚を振り上げ、顎めがけて蹴り上げた。



その鋭い蹴撃に、ヴェルヴァルト冥府卿の巨体はぐらりと揺れ、脳髄が内部で激しく揺さぶられた。


二人の戦いは、空中で炸裂する爆炎のように激化していく。


風と闇、空と空がぶつかり合い、戦場の空はまるで終末の序曲のように歪み始めていた。


「認めよう。エンディ、お前は強い。余に忠誠を誓えば、更なる力を手に出来るというのに…ここで殺すのは実に惜しい!」


ヴェルヴァルト冥府卿は悔しげな眼差しを向けながらも、どこか口惜しそうに、だが愉悦を含ませた声音で語った。


「誰がお前なんかに!」

エンディは険しい表情で睨み返し、凛とした決意の声で即座に言い放った。


その刹那、戦場の空を裂いて、鳥化したマルジェラが颯爽と現れた。


その姿は疾風のように美しく、眼光には戦士としての冴えが宿っていた。


「空中戦なら俺の土俵だ。悪いがエンディ、助太刀させてもらうぞ?」

マルジェラは冗談めかしながらも、どこか誇らしげな笑みを浮かべて告げた。


「別に構いませんよ!一騎討ちにこだわるつもりはありませんから!」

エンディは微笑を返しながらも、その声には信頼と連携への覚悟が滲んでいた。


その言葉を聞いたマルジェラは、胸の奥から湧き上がる喜びを隠しきれず、柔らかく嬉しそうに微笑んだ。


「隔世憑依 天の守護師シュッツハイリガ!」

マルジェラは静かに詠唱しながらも、内に秘めた烈火の如き闘志をその言霊に乗せた。


次の瞬間、マルジェラの身体がまばゆい光に包まれ、鳥から人獣型へと変貌を遂げた。


その姿は青みがかった白の羽毛に包まれ、鉤爪を備えた四肢と両翼を広げ、神鳥の如く神々しかった。


「マルジェラさん…なんすかその姿!すげえ!」

エンディは目を輝かせながらも、ただただ圧倒されるような感動の声を上げた。


マルジェラの両翼からは、短剣のように鋭利な羽根が、まるで制限なき銃弾のごとく放たれていく。



その弾数は一万を超え、スピードも、威力も、別次元だった。


マルジェラは一切の迷いを捨て、容赦なくヴェルヴァルト冥府卿に刃の雨を降らせた。


その双眸には冷徹な覚悟と、闇を断ち切る信念が燃えていた。


「フハハハハ!素晴らしい余興だ!マルジェラ、お前も中々強いな!だが届かない!」


ヴェルヴァルト冥府卿は刃の雨を浴びながらも、まるで舞台を楽しむ観客のように、不敵な笑みを湛えつつ余裕の声を張り上げた。


「お前の硬さは織り込み済みだ。だが…ノーダメージなんてことはあり得ない。どんなに硬い物質でも、衝撃を与え続ければいつか必ず崩壊する!」


マルジェラは冷静な口調で語りながらも、眼差しには一切の諦めも慢心もなかった。


地上では、カイン、アベル、モスキーノの三名が連携して動き始めた。


彼らは空の戦場に追い討ちをかけ、ヴェルヴァルト冥府卿を叩き落とすべく次々と技を解き放った。


カインは豪炎の柱を、怒りの篭もった熱気で天に打ち上げた。


アベルは海の神をも彷彿とさせる大津波のような水柱を迸らせた。


モスキーノは氷の精霊と化し、空気を凍てつかせた氷刃を次々と放った。


四名の天星使による一方的な集中砲火。

それでもヴェルヴァルト冥府卿は涼しげに立ち、変わらぬ笑顔を湛えていた。


「気張れよお前ら!マルジェラの言う通り、あいつの皮膚がいくら硬かろうが、時間をかければ必ず壊せる!」


カインは必死に鼓舞しながらも、その言葉に兄としての誇りを乗せて叫んだ。


「兄さん、偉そうに命令しないでよ。」


アベルは軽く睨みながらも、恐怖と焦りをかくしてツンとした口調で言い返した。


その時だった。

ヴェルヴァルト冥府卿が、ついに違和感を覚えた。


かすかに皮膚が痛む。

無敵のはずのその装甲に、小さな異変が生まれていたのだ。


ヴェルヴァルト冥府卿は焦りを隠すため、全身から黒き蒸気のような闇を放出させた。


それはまるで防壁のごときバリアとなり、四方からの攻撃を無効化していった。


そのバリアを前に、ラーミアが静かに矢を放った。

一筋の光の矢が天を裂き、真っ直ぐにヴェルヴァルト冥府卿へと飛んだ。


そして——命中。


バリアは砕けた。

否、砕かれたのだ。


ラーミアの対魔の力が、絶対防御すら無意味に変えたのだ。


その威力に、ヴェルヴァルト冥府卿は信じられぬものを見たような表情で唖然とした。


次の瞬間、エンディがその隙を突き、風の拳でヴェルヴァルト冥府卿の顔面を強打した。


ヴェルヴァルト冥府卿の目がひっくり返り、白目を剥きながら、巨体を地上へと落とした。


そして地上から突如、無数の木々が生えてきた。


アズバールだった。


彼は理性を超えた狂気の微笑を浮かべながら、ヴェルヴァルト冥府卿の全身を絡め取り、大木の鞭で何度も何度も打ち据え、突き刺した。


「ククク…さっさと死ねよバケモンが!」

アズバールは陶酔したかのような瞳で、血走った声を放った。


しかし、ヴェルヴァルト冥府卿の身体には未だ傷ひとつついていない。


まさに、絶望の肉体。


「やれやれ…騒がしいな。もっとスマートに出来ないのか。」


イヴァンカは腕を組んだまま、無感動な面持ちで嘆息しながら言った。


追い討ちは終わらなかった。


隔世憑依の形態に入り、体長10メートルにまで巨大化したノヴァとエラルドが、まさに満を持して駆けつけた。


二人は巨体を躍動させながら、地に伏したヴェルヴァルト冥府卿に怒涛の如き猛攻を浴びせ始めた。


憤怒の聖獣と化したノヴァの鉤爪。


そして、全身をダイヤモンドのように硬化させたエラルドの拳。


二人の打撃は容赦なく降り注ぎ、魔界城最上階の大地すら砕き割るほどの威力を放っていた。


「くたばれ!怪物野郎!」

ノヴァは怒りに満ちた顔で叫び、渾身の力を爪に込めた。


「オラオラ!立てよ!御闇さんよぉ!」

エラルドは口角を吊り上げながらも、苛立ちと興奮が入り混じった顔で叫び続けた。


二人は太鼓を叩くかのように、無我夢中でヴェルヴァルト冥府卿を殴打し続けた。


だが、それでもなお、あの巨体に確固たるダメージは与えられていなかった。


「フハハハハ!片腹痛いわ!」


その声が響いた瞬間、ヴェルヴァルト冥府卿の身体を絡めていた木々が、闘気ひとつで消し飛ばされた。


彼は唐突に立ち上がり、ノヴァとエラルドを睨み据えた。


ノヴァとエラルドは即座に危険を察知し、反射的に後退して距離を取った。


二人の眉間には、冷や汗が滲んでいた。


「そろそろ暴れようか。さて…果たして何人生き残れるかな?」


ヴェルヴァルト冥府卿は身を凍らせるような不敵な笑みを浮かべながら呟いた。


その全身から、煮え滾るマグマのような黒い力が沸き立ち始めた。


その光景に、エンディは直感的に危機を感じ、背筋がゾクリと粟立った。


だが、その直後——不用心にもアベルが動いた。


「隔世憑依 神の落涙ダクリュオンヒュエトス!」


アベルは緊張と確信の入り混じった声で言霊を放ち、己の肉体を透明化させた。


彼の姿は次第に水へと変貌し、全身が液体化していった。


液体とはいえ、その姿は肉眼でも確認可能だった。


水となったアベルの身体は、風船のように膨張を続け、直径50メートルほどの巨大な水の塊へと変貌した。


水の塊はヴェルヴァルト冥府卿を完全に包み込み、静かに閉じ込めた。


「これで終わりだ!ヴェルヴァルト!」

水の球体内部から、アベルの気迫が込められた声が響いた。


直後、水の牢獄の内部で激震が走った。


まるで水中で地震が起きたかのような激しい揺れが発生し、波紋が外へと伝播していく。


それは、アベルがヴェルヴァルト冥府卿の肉体の内側——体内の水分に対して干渉を与え、内部から破壊しようとした現象だった。


ヴェルヴァルト冥府卿は、予想外の激痛に全身を軋ませ、水の中で泡を吹き、白目を剥いていた。


そこから、第二段階が始まる。


水の牢は急激に収縮し、ヴェルヴァルト冥府卿の巨体へ凄まじい水圧を加え始めた。


神の落涙とは名ばかりの、その残酷すぎる能力。

内側から破壊し、外から圧殺する——完璧な死の包囲。


だが。


ヴェルヴァルト冥府卿の肉体は潰れなかった。

水圧に耐え、未だ崩壊しなかった。


焦れたアベルがさらなる圧を加えようとした、その瞬間——


ヴェルヴァルト冥府卿が全身から闇の魔力を爆発させた。


それはまるで重力の極点、ブラックホールのように全てを呑み込む破壊衝動だった。


水は一瞬にして蒸発し、アベルは通常の姿に戻ってしまった。


その直後。


「小僧が…今のは中々痛かったぞ!まずはお前だ!」


ヴェルヴァルト冥府卿は憤怒の表情でアベルの頭を掴み、冷酷な声で言い放った。


次の瞬間、掌から放たれた爆撃のような衝撃波が、アベルの腹部を完全に吹き飛ばした。


みぞおちから下が消え去り、アベルは地へと崩れ落ちた。


「アベルーー!!」

エンディは悲鳴に似た声を上げ、血の気の引いた顔で叫んだ。


一方、カインは弟のあまりに無惨な姿を前に、呆然と立ち尽くし、震える指を握りしめることさえできなかった。


怒りと絶望が胸を灼く。


エンディは激情に突き動かされ、まっすぐにヴェルヴァルト冥府卿へと飛び込んだ。


「よくもアベルを…許さねえぞ!!」

憤怒に染まった叫びをあげながら、全身に金色の風を纏った拳を振り上げた。


だがその拳は、ヴェルヴァルト冥府卿の闇の拳に弾かれ、エンディの身体は空中で弾き飛ばされた。


「次はお前だ…エンディ!」


ヴェルヴァルト冥府卿は、鬼神のような顔つきで両腕を構え、闇の破壊光線を放った。


黒い奔流は、エンディの視界を塗り潰すように迫ってきた。


全てを呑み込む、圧倒的な破壊の質量だった。


エンディは咄嗟に風を放ち、闇の光線を迎え撃とうとするも、判断が遅れた。


ラーミアも同様に矢を放とうとしたが、間に合わなかった。


エンディは悟った。


——これは避けきれない。


目の前には破滅の闇。

為す術もない。

まさに絶体絶命。


だが——その時、奇跡が起きた。




突如、何の前触れもなくアズバールが現れたのだ。


彼はエンディの前に身を投げ出し、背を向けたまま庇ったのだ。


「……!」


彼は最後の力を振り絞り、闇の破壊光線へ向けて無数の木々を放った。


神話に出てくる大蛇のように蠢く木の大群が闇に挑んだ。


しかし、破壊光線はすべてを呑み込み、アズバールの身体ごと灼き尽くした。


彼の右胸と右脇腹は無残に抉り取られ、全身は爛れた。


アズバールはそのまま、静かに地に倒れた。


エンディは、信じられないという顔でアズバールを見下ろしていた。


——なぜ、お前が俺を。


理解が追いつかないまま、エンディの心は震えていた。


アベルとアズバール。


二人の天星使が、戦線から姿を消した。


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