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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
171/180

-500年の風に乗せた小指の契り- また会えるまで、何度でも

死の淵に立たされたルミエルの肉体に――人類史上かつてない、神をも震わせる異変が起きた。


それは、決して祝福ではなかった。

ましてや天啓でも奇跡でもない。

それは、人の形をした悪意によってねじ曲げられた“視力の獲得”だった。


生まれつき目が見えなかったルミエルに、突如として光が届いた。


けれど、それは神が与えた恩寵などではなかった。


封印される刹那、ヴェルヴァルト冥府卿が彼女の肉体に刻んだ闇。


それは魔法族の能力でも、不老の呪いでもなく――

彼の視神経とルミエルの視神経を強制的に「共有」させるための、底知れぬ執念だった。


彼は未来を見据えていた。

自らが復活した時、その時代の天星使たちがどう動くかを“彼女の転生者の眼”を通して見届けるために。


その力は、どれほど時が流れようとも、決して潰えぬよう仕組まれていた。


その一手こそが、500年後の世界を揺るがす“内通者事件”の根幹であり、運命すらも絡め取る、絶望の始まりだった。


空を仰ぐ二人の天星使。

風と癒しの担い手である彼らは、横たわったまま、もう指一本すら動かせなかった。


仰向けに広がる空と太陽だけが、彼らの視界を満たしていた。


ルミエルの眼に、初めて射し込む光。

それは、希望の光か、あるいは死の兆しか。


「すごい…私…目が見えるようになった…!これが空…これが太陽…なんて綺麗なの!」


感情が堰を切ったように溢れ出し、ルミエルは泣いていた。


人生で初めて見る世界は、あまりに鮮やかで、残酷だった。


なぜならそれは、“死の直前”に与えられた世界だったから。


そして彼女が何よりも見たかったのは――隣にいる、あの人の顔だった。


だが、首を傾けるわずかな筋力すら、彼女には残されていなかった。


顔の向こう側にいるトルナドの姿に、視線を向けることすらできない。


「トルナドの顔…見たかったなあ…。」


その言葉には、悔いと哀しみと、報われぬ愛が滲んでいた。



そのたった一つの願いすら叶わぬ現実が、彼女の心を裂いた。


トルナドは、泣いていた。

これまで一度たりとも涙を見せなかった男が、今は声もなく嗚咽していた。


この敗北は、ただの戦いの終わりではない。

護ると誓った命を護れず、大切な存在の未来を守れなかった自分の、人生そのものの否定だった。


「ごめんな…俺…約束、守れなかった…。お前のこと…護れなかった…!俺がもっと強ければ…こんなことにならずに済んだのに…!本当に…本当にごめんな…!」


彼の声は、風のように震えていた。

どれだけ叫んでも、どれだけ悔いても、時間は巻き戻らなかった。


ルミエルは空を見つめ続けていた。

それは、ようやく得られた光景だったはずなのに、あまりにも哀しく、あまりにも虚しかった。


そして、その涙は変わっていった。

“喜びの涙”は、やがて“哀しみの涙”へと姿を変え、彼女の頬を濡らしていった。


「人生って、一回じゃ全然足りないね。せっかく貴方みたいな素敵な人と出会えたのに…私、死んじゃうんだね。貴方の顔を見ることも出来ずに、このまま死んじゃうんだね…。」


その言葉は、どんな哲学よりも重かった。

どんな詩人でも表せないような、痛切な願いだった。


ふたりは、顔を見合うことすら叶わぬまま、まるで約束された別れをなぞるように、仰向けのまま泣き続けた。


声を枯らし、魂を震わせながら。


やがて、静寂が訪れた。

涙が尽きたわけではない。


ただ、心が泣くことすら疲れ果てていた。


そのとき、トルナドの唇から、ふいに響いた言葉は、希望だった。


「次は…次は絶対に助けるから…!」


その“次”が、現実にあるのか、誰にも分からない。

だが彼の声には、魂のすべてが宿っていた。


「次…?次って何?私たち、もう死ぬんだよ?次なんてないよ…。」


ルミエルの声は、戸惑いと諦めが混ざっていた。

それでも、彼は言い切った。


「今世では…俺は約束を守ることが出来なかった。お前を護ることが出来なかった…。だから…次生まれ変わったら…今度こそ必ずお前を護ってみせる…!次こそは…何がなんでも護りぬいてやる…!」


たとえ神が存在しなくとも。

輪廻が幻想だったとしても、この叫びは宇宙に響いていた。


「あれ…?貴方…輪廻転生なんて…信じないんじゃなかったっけ?」


「ワッハッハー…人の心なんてよぉ、秋の空みてえに日々移り変わっていくもんだろぉ…?」


トルナドは、笑っていた。

死の直前で、彼は“生きるように”笑っていた。


「本当…?また私のこと…護ってくれる?」


「ああ…約束する…!何度失敗しても…そのたび何度もまた生まれ変わって…必ず会いに行くから…!握った手は絶対に離さねえから…!何度も何度も…例え輪廻転生が果てようとも…人間に生まれ変われなくても…目が見えなかろうが耳が聞こえなかろうが…声が枯れても…お前の名を呼び続ける!!」


その誓いは、もはや人の言葉ではなかった。

それは信仰であり、運命への叛逆だった。


「また会える??」



「当たり前だろ…俺は約束は破らねえ…!絶対迎えに行くからよ…だから…待っててくれよな…?」


ふたりの命が、消える寸前だった。


「迷い、苦難、運命、煩悩…何が立ちはだかろうとも、どれだけ遠回りしようとも、全て払い退けてお前に会いに行く。」


「苦悩、悲しみ、試練…何が待ち受けていても全部乗り越えて、今と変わらない気持ちで貴方を待つ。次に生きる時代が…例えどれだけの不幸で満ちていても…どれほど暗い時代を超えても…今と変わらない答えを聞かせてあげる。同じ笑顔で、貴方と同じ道を一緒に歩く為に。」



「絶対見つけ出してやるから、俺のこと忘れんなよ?」


「貴方の優しい声を聞けば、すぐに分かるよ。」






最後の力を込めて、ふたりの小指が触れ合い、静かに結ばれた。


それはこの世界において、最も神聖な契約だった。


――そして、ふたりは18歳でこの世を去った。

だが、その瞳と口元には、確かな微笑みが残されていた。


世界は、その誓いを忘れなかった。


ふたりは何度も輪廻転生を繰り返した。

だが運命は冷酷で、交わることすら許さなかった。


それは、他の天星使も然り。


覚醒せぬまま人生を終え、ある者は力を隠し、ある者は悪に染まり、またある者は人間兵器として搾取された。


だが――500年の歳月が流れた今。


ついにエンディとラーミアは出会った。


すべては、そこから始まった。


しかも、今を生きる10人の天星使は、全員がその力に目覚めていた。


それは歴史上、ただ一度きりの“奇跡の再会”だった。


争い、憎しみ、裏切り、赦し――

あらゆる苦難を越えて、彼らは今、巨悪に立ち向かっている。


手と手を取り合ったわけではない。

それでも心は、一つになっていた。


500年前のあの誓いは、時を超え、いま果たされようとしている。


この時空を越えた戦いの結末は、すぐそこまで来ている――。

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