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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
170/180

無名の英雄達 平和の代償は、少女の命

滅びの炎がすでに冷めきった神国ナカタムの空に、突如として現れた異形の威容。



それは、天より落ちた災厄。

いや、災厄そのものが意思を持って姿を成したような降臨だった。


どこからともなく、警告も前触れもなく、

ヴェルヴァルト冥府卿が、重く、恐ろしく、そして静かに降り立った。


その巨体は30メートルを優に超え、全身に黒い蒸気を纏いながら浮遊していた。



見る者すべてを怯えさせるその異様な気配は、世界そのものを塗りつぶす勢いを持っていた。


トルナドはその姿に思わず震え、体内の血が冷えていくのを感じた。


この瞬間の戦慄は彼の遺伝子に深く刻まれ、やがて500年後に転生するエンディの精神にも、無意識下で多大な影響を及ぼすことになる。


「時は満ちた。濁世の血の海を創世しよう。」


ヴェルヴァルト冥府卿が不遜な笑みを浮かべながら呟くと、その言葉を合図に、闇は世界全土へと一瞬で広がった。


世界中の空は黒い帳に覆われ、太陽の光は完全に遮断された。


気温が下がったわけでもないのに、世界中の人々はこれまでに感じたことのない“寒気”に震えた。


それは気象的なものではなく、魂そのものが凍えるような、“絶望”という名の寒さだった。


世界には、逃げ場も、光も、もはや存在しなかった。


だが、当時の天星使たちにとっては――それが“合図”だった。


ユラノス命導師から力を与えられた彼らは、それぞれ修行の地に散っていた。


そしてこの闇の覆いを契機に、全員が一斉に集結したのだ。


世界を取り戻すために。

光を呼び戻すために。


誇り高き10名の戦士が、一堂に会した。


トルナドもまた、ルミエルを連れて真っ直ぐにヴェルヴァルト冥府卿のもとへと向かった。


そして、10人の天星使たちは空を仰ぎ、黙して心に刻んだ。


――命を賭して、世界を護る覚悟を。


だが、ヴェルヴァルト冥府卿は上空からニヤついた顔で彼らを見下ろすばかりで、自ら戦おうとはしなかった。


その代わりに、彼の配下――冥花軍の幹部10体、そして1000体を超える魔法族の戦闘員たちが、黒い大河のように現れて、天星使たちの前に立ちはだかった。


圧倒的な数を前に、魔法族たちは哄笑した。


「たった10人で何ができる!?」


「虫けらどもが粋がるな!」


だが、どれだけ嘲られようと、10人の天星使たちは微動だにせず、ただ毅然と剣を構えた。



その凛とした眼差しは、決して揺るがなかった。


――数など、我らの覚悟を折る理由にはならない。


その姿勢こそが、後世に語り継がれる伝説の幕開けであり、後に“神話”と称される戦いの始まりであった。


その先陣を切ったのは、トルナドだった。


冥花軍の戦士たちは強大だった。

未知の能力に加え、個体としての戦闘力も非常に高く、天星使たちは初動から苦戦を強いられた。


1000体を超える魔法族の戦闘員たちもまた、個々の実力は劣るものの、その数はあまりにも膨大で、倒しても倒しても終わりが見えなかった。


戦いは――10日間続いた。


もはや“戦争”と呼ぶに相応しい、長く、果てしない戦いだった。


だが、驚くべきことがあった。


――優勢だったのは、天星使側だった。


10人の戦士は誰一人欠けることなく、10日間戦い抜いたのだ。


冥花軍の特殊能力に晒されながらも、彼らは退くことなく、怒涛の勢いで攻め続けた。

世界の未来のために。


戦闘員の数も、当初の1000体から100体程度にまで減少していた。


冥花軍の主力級――

ベルッティ・ルキフェル。

ジェイド。

ラメ・シュピール。


この3体の戦士は、とりわけ強く、天星使たちを何度も苦しめた。


だが、それでも誰も諦めなかった。


ルミエルは前線に出ることなく、後方で仲間の治療に専念した。


その光は、希望そのものだった。


トルナドは、彼女を護りながら、誰よりも激しく、執念深く、戦い続けた。


だが――


10日が経ち、なおも10人を打ち倒せないことに、ついにヴェルヴァルト冥府卿は業を煮やした。


その目が憤怒に染まるや否や、ヴェルヴァルト冥府卿はついに地上へと降臨した。


その衝撃は、まるで隕石の衝突のようだった。


大地が割れ、地面が隆起し、巨大なクレーターが刻まれた。


配下の魔法族たちは、その威容に震え、誰もが沈黙した。


中には恐怖で腰を抜かし、立ち上がることすらできない者もいた。


そして――

地上に舞い降りたヴェルヴァルト冥府卿は、

開いた口から、まるで炎を吐く竜のように、闇の破壊光線を放った。


その一撃は、地形をも変えるほどの凄絶な破壊力だった。


どれだけ天星使たちが力を振り絞ろうとも――

それを止めることはできなかった。


その攻撃によって、4人の天星使が命を落とした。


ヴェルヴァルト冥府卿は、まるで舞踏を愉しむ貴族のような顔をしていた。


だが、残された者たちは決して怯まなかった。


何度斬りつけても傷一つつかぬヴェルヴァルト冥府卿の肉体に、彼らはひたすら攻撃を重ね続けた。


その姿はまさに――

“戦士”であった。


だが、絶望の波は容赦なく、次第に彼らを呑み込んでいった。


次々と、仲間が斃れていく。


そして、ついに残されたのは――

トルナドと、ルミエルの2人だけとなった。


命を賭して仲間を護り、戦い抜いたトルナドは、すでに全身の骨が砕け、細胞は壊死し、脳も臓器も、もはや機能しているとは言えないほどに損傷していた。


それでも彼は、何度倒れても立ち上がり――なおも戦い続けた。


ヴェルヴァルト冥府卿の表情は終始涼しく、顔には埃すら付いていなかった。


それが逆に、神をも超越した存在としての凄絶な恐怖を浮き彫りにしていた。


そしてついに、風の戦士・トルナドは地に崩れ落ちた。



背中を大地につけ、目を閉じることすら叶わないまま、地面に沈んでいく。


瞬きをする力も残っておらず――命の火は、消えかけていた。


天星使――オンジュソルダ。

世界を護るために選ばれし誇り高き戦士たちは、この戦いで敗れ去り、その存在は、まさに“崩壊”としか形容し得なかった。


だが、ただ一人――

まだ諦めていない者がいた。


ルミエル。


盲目で、非力で、傷だらけの少女は、誰にも頼らず、誰の命令も待たず、自らの意志で立ち上がった。


命を捧げる覚悟だった。

それは、少女が少女であることを捨てる、最大の犠牲だった。


彼女はその小さな体から、まばゆいばかりの光を放ち始めた。


その光は太陽の如く――いや、それ以上に神聖で、慈悲に満ちていた。


ヴェルヴァルト冥府卿ですら、その光に対し、初めてわずかな“恐怖”を覚えた。



背筋に冷たいものが走ったのだ。


ルミエルが紡いだのは、禁忌の術式――《トイフェルパンドラ》。


悪を封印する最後の手段。

命を代償とした、決して戻れぬ終焉の呪。



その願いが、魔法となって世界を包んだ。


ヴェルヴァルト冥府卿の配下たちは、先ほどまでの猛威が嘘のように、まるで糸の切れた操り人形のように動きを止め、次々と石へと変わっていった。


そして――

ヴェルヴァルト冥府卿自身も、恐怖に染まったその顔のまま、巨大な水晶玉へと姿を変え、静かに沈黙した。


闇の王が封じられると同時に、世界中の空を覆っていた黒い雲も、まるで蜃気楼が消えるように一瞬で払拭された。


世界は――

再び、光を取り戻した。


だが、その代償は、あまりにも大きかった。


命を懸けたのは、わずか18歳の、盲目の少女だった。


彼女のその姿は、まるで光の中に消える一輪の花だった。


殉死した天星使たちの亡骸は、かろうじて生き残った人々の手によって、魔法族に殺された無辜の民の遺体と共に、火葬され、荒野に掘られた穴に埋葬された。


だが、その墓に石碑はなく、名前も刻まれなかった。


数年もすれば、そこに英雄たちが眠っていることなど、誰の記憶からも薄れていった。


光を取り戻した世界で、人々は再び生きることを望んだ。


だが、皮肉なことに――

魔法族の脅威が去った今こそ、人類は己の“欲”と“業”に従って動き始めた。


民族ごとに派閥が生まれ、やがて利権を巡って戦争が勃発した。


世界の覇権を争う戦い――

それが、500年に及ぶ《世界戦争》の幕開けであった。


最も富と軍事力を有していたユドラ人は、すぐにその主導権を握り、やがて《ユドラ帝国》を建国した。


魔法族の封印物は、他国への抑止力として、イヴァンカの血を引くレムソフィア家の手に渡り、彼らはいつしか“神の末裔”として神格化されていった。


皮肉だった。


世界の平和を願い、命を懸けた天星使たちの想いは、

後の時代にはほとんど伝わることがなかった。


それでも――


彼らが命懸けで戦った“遺志”だけは、静かに、人知れず、次の時代の者たちへと脈々と受け継がれていったのだった。

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