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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
169/180

-悠久の桜- 来年もまた、君と

ルミエルの放つ聖なる光に、治癒の力だけでなく、魔法族に対する“退魔”の力が宿っていること。



そして、天星使屈指の暴れ馬――トルナドが“風”の力を完全に操る者であること。


さらにこの二人が行動を共にしているという事実。


ルキフェル閣下は、これらすべてをヴェルヴァルト冥府卿に報告した。


報を受けたヴェルヴァルト冥府卿は即座に、冥花軍および現段階で千体を超える魔法族戦闘員全軍に、**「トルナドとルミエルの抹殺命令」**を下した。


命令は血を求めるように魔法族の心を燃え上がらせ、ルキフェル閣下を筆頭に、彼らは狂ったように二人の捜索を始めた。


時刻は夜明け前。

世界がまだ眠りの中にある静寂の時――


そのころ、当のトルナドとルミエルは、自分たちが指名手配されていることなど露ほども知らず、悠々と空の旅を楽しんでいた。


風を操り、雲を切り裂き、夜明けの気配を胸いっぱいに吸い込むようにして、彼らは滑空していた。



その道中――トルナドの目が、地上に広がる“地獄”を捉えた。


次の瞬間、彼の血が凍る。


燃えている――

あの村が。


トルナドが神牢を脱獄し、最初に訪れた、あの優しい人々のいた村が、魔法族の襲撃を受け、炎に包まれていたのだ。


「……ッ!!」


トルナドは、背にルミエルを乗せていることすら忘れ、信じがたいスピードで急降下した。


「ぎゃははははっ!死ねー!」

「トルナドとルミエルはどこだぁ!」


魔法族たちは狂気に満ちた笑い声を上げながら、逃げ惑う無抵抗の村民を容赦なく殺していた。


女も子どもも赤子も年寄りも――例外などなかった。


あの日、空腹のトルナドに食糧を分けてくれた優しき人々。


あの日、怒鳴る彼を恐れずに迎えてくれた温かな声――その全てが、今、血と灰になっていた。


トルナドは怒りに震えていた。

拳を握りしめすぎて爪が掌に食い込み、血が滴るほどに。


生まれて初めてだった。

自分以外のことで、ここまで激しく怒りを感じたのは。


焼かれた家々、黒焦げの死体、凄惨な光景を前に、彼は小刻みに身体を震わせ、拳を噛み締めていた。


ルミエルも、目こそ見えないが、その場の空気で全てを理解していた。


黙って閉じられた両眼から、透明な涙が一筋、頬を伝っていた。


「いたぞ!トルナドとルミエルだ!」


「ぎゃははははっ!やっぱいるじゃねえか!この村の奴ら、いくら聞いてもてめえらの居場所吐かなかったぜ!?」


七体の魔法族戦闘員が、二人の真上に浮かび、両手に黒い破壊光線を収束させていった。


しかし、その瞬間――突如として吹き上がった小さな竜巻が、彼らを包み込んだ。


風の刃だった。

まるで見えない鎌が唸りながら舞い踊るように、魔法族たちを細かく切り裂いた。


「ぎゃーー!!」


断末魔の悲鳴が空に散り、七体は渦の中で絶命した。


この時、トルナドは生まれて初めて命を奪った。

だが、その胸には罪悪感など一片もなかった。


怒りが、それを上回っていた。


一方、ルミエルは村を駆け巡り、かすかな生存者を探して走り回った。


だが、誰一人として、生きてはいなかった。


「……うっ……ううう……!」


ルミエルはその場に崩れ落ち、両手で顔を覆って泣き崩れた。


そんな彼女の背に、トルナドはそっと手を置いた。


「なんでお前が心を痛めてんだよ。」


「そういう自分だって…怒ってるくせに…!」


悲しみと怒りが交錯する中、二人は言葉少なに、無言で大きな穴を掘り始めた。


焼け焦げた遺体を、一人一人、丁寧に、その手で抱きかかえるようにして、穴へと運んでいった。


恐怖に歪んだ顔、悔しさを湛えた顔、穏やかな死顔。


死者たちはそれぞれ異なる表情をしていた。


全ての遺体を埋葬し終えると、トルナドは片腕で大岩を担ぎ、それを墓標として土の上にそっと置いた。


そして二人は、静かに両手を合わせた。


(もっと早く来ていれば――)


(もっと早く気づけていれば――)


悔恨と怒りが胸を焦がす中、朝日が静かに昇っていく。


新たな一日が、皮肉なまでに美しく訪れていた。


「俺知らなかったわ…世界はこんなにも汚れちまってたんだな。全部、魔法族のせいなんだな。」


トルナドは朝日に照らされながら、遠くを見るようにして言った。


「私は目が見えないから、綺麗とか汚いとかよく分からない…。でもね…人々が傷ついている事と、人々が絶望という真っ暗闇の中を彷徨っていることは、肌で感じ取ってる。みんなの声が聞こえる気がするの…悲しみに満ちた声が…。だから、私ものすごく悲しい…。」


ルミエルは嗚咽を堪えながら、言葉を絞り出した。


トルナドは黙りこくり、拳を強く握ったまま空を睨んでいた。


そして次の瞬間、彼はキッと立ち上がり、空を突くように宣言した。


「決めた。俺、魔法族と闘うよ。あいつら全員、俺がぶっ飛ばしてやる。目が見えないなら、綺麗な世界を全身で感じさせてやる。もう2度と、ルミエルが泣かなくても済む様にしてやる。お前の事は、命にかえても護ってみせる!だから心配すんな!」


「本当…?私の事、護ってくれる??」


「俺は嘘はつかねえ。約束だ!だから金輪際、嬉しい時と感動した時以外は泣くんじゃねえぞ?」


「うん…約束!」


――風と光が、初めて交わした契りだった。


だが、運命は残酷だった。

この約束は、この時代では果たされることがなかった。


この誓いは時空を超え、やがて500年の時を越えて、また新たな物語へと継がれていく。


これは、その序章にすぎない。


朝日が昇ってからの三日三晩――

トルナドとルミエルは、風と共に、そして祈りと共に時を過ごした。


最初の一日。

二人は、花見を楽しんだ。


滅びた神国ナカタムの跡地は、無残なまでに焼き払われ、荒野と化していた。


その焦土の中、ふと彼らが辿り着いたのは、奇跡のように命脈を保つ、小さな湖だった。


湖のほとりには、ただ一本だけ、満開の桜が立っていた。


朽ち果てた大地の中にぽつりと咲いたその樹は、まるで神が残した最後の希望のように、ピンク色の花を風に散らしていた。


風が吹くたびに、花びらが雪のように舞った。

それは、戦火と血に染まった世界のなかで、たった一片の“美”だった。


トルナドは、その桜に息を呑んだ。

自分の中に、こんなにも純粋な、綺麗なものを綺麗だと思える感情があることに、彼は心底驚いていた。


彼は目の見えぬルミエルに、その美しさを一生懸命に伝えた。


ありったけの言葉を尽くし、色、形、香り、空気、すべてを。


桜の美しさを、独り占めしたくなかった。

この幸福を、必ず彼女と分かち合いたかった。


「来年もまた、一緒に見に来ようね!」


そんな未来の約束を交わしながら、二人は桜の下で語り合った。


花びらが舞う中、ルミエルはそっとトルナドの背に腕を回し、優しく抱きついた。


世界はまだ泣いていた。

だが、この桜の木の下だけは、平穏な時間が流れていた。


この瞬間だけは、すべてを忘れられた。

命が在ることの歓びと、誰かと生きるという幸福を、二人は確かに味わっていた。


二日目。

トルナドは、いつものようにルミエルを背に乗せ、空を飛び回った。


目的は、魔法族のアジトを見つけること。


空から見渡す地形は広大で、手がかりは乏しかった。

それでも二人は諦めずに飛び続けた。


やがて――


一度だけ、魔法族の襲撃を受けた。


13体の戦闘員が襲いかかってきたが、トルナドは怒涛の風の刃でそれらを一蹴した。


戦いの中、一人の敵が目に留まった。


その男は、かつて神国ナカタムに仕えていた元神兵だった。


しかも、トルナドが神牢に投獄されている際、彼の看守を務めていた男だった。


男は、命惜しさに魔法族へと寝返っていたのだ。


「頼む…助けてくれ…」


命乞いするその顔に、トルナドは無言で睨みを返した。


だが、かつての因縁を思い、彼は踵を返してその場を去ろうとした。


その瞬間――


男は背後から攻撃を仕掛けた。

だが、トルナドの背後にあった地面から突如、カマイタチの渦が巻き上がり、男を呑み込んだ。


男は絶叫とともに絶命した。


かつて知った顔を、自らの力で殺したこの一戦は、トルナドにとって苦い記憶となった。


三日目の朝。

トルナドとルミエルは、三人の戦士と出会う。


それは――炎・雷・氷の天星使たちだった。


ルミエルは彼らと旧知の間柄であり、久しぶりの再会に笑顔を見せた。


一方で、三人の天星使はトルナドの姿を見るなり、感慨深そうに頷いた。


「お前さんがトルナドかぁ…会いたかったぜ。噂通りやんちゃそうだなぁ。」


「ユラノスのおやっさんはな、風の力を特に気に入ってたんだど。あん人が風の力をオメェに託したその意味を、しっかり考えておくんだど。」


「ユラノス様の仇は必ずとる。トルナド君、時が来たら、君も一緒に戦おう。」


彼らの話によれば、間もなく魔法族の始祖――ヴェルヴァルト冥府卿が“降臨”するという。


世界の空が闇に包まれた時、それが決戦の合図だと。


「ワッハッハー!魔法族がどうとかユラノスがどうとか仇とか…そんなの関係ねえよ!俺はただ連中が気に食わねえからぶっ殺すだけだ!おいオッサンども!俺の邪魔しやがったらてめえらも殺すからな!」


トルナドはふてぶてしく宣言したが、その目には確かな“怒りと覚悟”が宿っていた。


三人の天星使は、そんなトルナドを頼もしげに笑い、肩を叩いた。


「じゃあ、またな!決戦の時まで!」


そう言い残し、三人は夜明けの空へと消えていった。


そして――


四日目の真昼。

決戦の時は、突然にやってきた。


空が揺れ、風が止み、日輪が歪む。


虚空に、禍々しい裂け目が走った。


そこから――漆黒の威容が、ゆっくりと降臨した。


ヴェルヴァルト冥府卿――

世界の破壊者が、ついにこの世に姿を現したのだった。


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