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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
167/180

盲目の祈り、風を導く

「ワッハッハー!聞いたぜ?ルキフェル、お前よ…魔法族になったんだってなぁ!神国ナカタム随一の剣豪と謳われたお前が、今や魔法使いとはなぁ!笑っちまうぜ!」


トルナドは大仰な笑いとともに、あえて毒舌を吐いてルキフェル閣下を挑発した。


しかし、ルキフェル閣下はその剣のように鋭く整った横顔を微動だにさせず、毅然とした態度を保ち、言葉の刃を黙殺した。


かつてルキフェル閣下は、天星使たちのなかで実質的なリーダー格とも言える存在だった。


しかし、その危うい思想と歪んだ人格ゆえに、ユラノス命導師は一度として彼を信頼しなかった。


だからこそ生前のユラノス命導師は、この最も危険とされた剣士に天星使の称号を与え、自らの管理下に置くことでその動向を常に監視し続けていた。


だが、ユラノス命導師の死後、十一人いた天星使の中で唯一、ルキフェル閣下だけがその力を分け与えられることはなかった。


その事実は、彼の誇りを深く抉り、忠誠の矛先を転じさせるきっかけとなった。


ルキフェル閣下はその矜持を捨て、ヴェルヴァルト冥府卿に忠誠を誓い、ついに魔法族となったのである。


「まさか貴方達が行動を共にしているとは夢にも思いませんでしたよ。何を企んでいるのかは存じませんが、無駄な抵抗はおやめになって、速やかに投降することをお勧めします。」


ルキフェル閣下は、抑揚のない声でそう言った。


だがその瞳には、トルナドとルミエルという異様な取り合わせに対する僅かな驚きが浮かんでいた。


トルナドはその視線の違和感から、彼とルミエルが顔見知りであることを直感した。


だが特に詮索するでもなく、彼はなおも軽口を叩いた。


「はっ、別に何も企んじゃいねえよ!投降しろだぁ!?てめえこそ何企んでやがる??」


御闇(みくら)より王命を仰せつかりました。ユラノス氏より力を与えられた貴方たち天星使を麾下として迎え入れたい…それが御闇(みくら)の御意志です。」


「ワッハッハー!何が御闇(みくら)だよ、あんま笑わせんなよ!ボスをコロコロ変えやがって信念のねえ野郎だなぁおい!あの神気取りのオヤジから力を貰えなかった事がそんなに悲しかったのかよぉ!?」


トルナドは爆笑しながら怒鳴った。


だがその笑いには明確な軽蔑が混じっていた。

その言葉に、ルキフェル閣下の眉がわずかにピクリと動き、静かな怒りがその表情を曇らせた。


「相変わらず聞き分けの悪い方ですね…。ならば致し方ありません。少々手荒ですが、力ずくで聞き入れてもらうしかありませんね。」


ルキフェル閣下はゆっくりと剣を抜いた。


次の瞬間、全身から放たれる闘気と殺気が空気を振動させ、地を這うようにトルナドへと殺到する。


「おもしれえ!てめえの剣と俺の風の刃!どっちが強えか試してみようじゃねえかよ!」


トルナドは右腕に小さな旋風を纏わせ、鋭く唸るカマイタチのような風を渦巻かせて構えた。


剣豪の刃と風の牙が交差したその瞬間、空間が震えた。


轟音とともに渦が巻き起こり、森は爆風の中心でなぎ払われ、木々は根元から引きちぎられて宙を舞った。


ルミエルは膝を震わせながら、偶然近くにあった大岩の陰に身を寄せ、必死に身体を丸めて風の暴威から身を守った。


「くっ…!」


「なかなかやりますね、トルナドさん。」


ルキフェル閣下の嘲るような口調に、トルナドの眉間が歪んだ。


明らかな侮辱。

堪忍袋の緒が切れ、彼はさらに風力を強める。


突如として風が一段と激しさを増し、ルキフェル閣下の動きに一瞬の隙が生じた。


それを見逃さなかったトルナドは、風の刃を纏った右腕で素早く距離を詰め、ルキフェル閣下の胸部を鋭く抉った。


鮮血が弾け飛び、ルキフェル閣下は後方へ跳躍して間合いを取る。


冷や汗が頬を伝うが、その双眸はなおも静かに相手を射抜いていた。


さらにトルナドは足に風を纏わせ、回し蹴りを放つ。風のうねりとともに彼の脚がルキフェル閣下の左頬を捉えた。


しかし、衝撃の直後もなお、ルキフェル閣下は微動だにせず、むしろ笑みすら浮かべていた。


「はぁ!?なんだ!?何が起きた!?」


トルナドは明確な手応えを感じていただけに、あまりの無反応に動揺した。


「流石です…素晴らしいお力ですね。しかし残念ながら、貴方の風は既に解析済みです。」


ルキフェル閣下は口元に滲む血を拭いながらも、余裕を崩さぬ笑みを見せた。


その首に咲く幻影の花、極楽鳥花ストレリチア――花言葉は“万能”。


彼はすでにその能力を、ヴェルヴァルト冥府卿から授かり、そして完全に操っていたのだ。


だがこの時のルキフェル閣下はまだ知らない。

500年後、雷の天星使の転生者によって、この“万能”がついに打ち破られることを。


ルキフェル閣下は、致命傷を避ける程度に力を加減しながら、鋭利な一閃でトルナドの体を二度、正確に斬り裂いた。


トルナドの上半身からは夥しい量の血が噴き出し、その身は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


土に顔を打ちつけると同時に、意識が闇に飲まれていった。


「トルナド…!しっかりして!」


ルミエルは絶叫とともに駆け寄り、震える手でトルナドの体を揺すりながら、膝をついて彼を支えた。


「脆いですね。所詮は天星使など、我ら魔法族の敵ではないのです。」


ルキフェル閣下は、無機質な声で勝者の言葉を口にした。


だがその眼差しにはどこか空虚な光が宿っていた。


「ルキフェルさん…魔法族の王様は、何を企んでいるの??」


ルミエルが問いかける声は澄んでいたが、その小さな身体は明らかに震えていた。


御闇(みくら)は、これより本格的に世界を奪いにいこうと一念発起いたしました。その為に、強力な戦闘部隊を新設したのです。部隊の名は冥花軍ノワールアルメ。私はそこの最高司令官に任ぜられました。強い戦闘能力を有する個体を集め、御闇(みくら)は自らの血肉を分け与え、特別な力と不老の肉体を持った最強の戦闘集団を作ろうとお考えなのです。トルナドさん、ルミエルさん…貴方達にも一枚噛んでもらいますよ。」


ルキフェル閣下は、まるで業務連絡のように淡々と語った。


これこそが、冥花軍創設の裏事情であり、戦慄すべき“招集”の始まりだった。


「断るわ…!そんな話に、乗るわけないでしょ!」


ルミエルは声を震わせながらも、強い意志で叫んだ。


そしてその小さな背に、血まみれのトルナドの身体を負い、驚くべき決断を下した――逃げる。


彼女の腕力は、女性としては標準よりやや劣るほどだった。


だがその細い腕で、彼女はトルナドの体をしっかりと背負い、血と泥にまみれた地を蹴った。


火事場の馬鹿力。

その言葉すら生ぬるい、決死の本能が彼女を突き動かしていた。


「無駄な事を…。私から逃げ切れるわけないじゃないですか。」


ルキフェル閣下は小さく鼻で笑い、気怠げな足取りでルミエルの背を追い始めた。


だがその眼差しは、確実に標的を仕留めようとする狩人のそれだった。


トルナドの意識が、揺れとともにわずかに浮上した。


ユサユサと身体を揺さぶられながら、彼は半ば夢の中のように目を開けた。


目の前にあったのは、健気な少女の小さな後頭部。

視力を失った瞳の持ち主が、自分を背負って走っている。


「おい…何考えてやがる…さっさと俺を置いて逃げろよ…!」


トルナドは、血の泡混じりに呻きながら声を絞り出した。


「嫌だ!そんなこと出来るわけないじゃない!」


「馬鹿野郎!相手が誰だか分かってんのか!殺されるぞ!」


怒鳴り声とともに傷口が裂け、痛みに顔が歪む。

それでもなお、ルミエルの足は止まらなかった。


彼女は茨の茂る道を、躊躇なく突き進んだ。

棘が足に突き刺さり、血が滲んでも、一歩たりとも後退しなかった。


「大丈夫だからね…トルナドは絶対に私が守るからね…!」


ルミエルの震える声が、トルナドの胸に響いた。


(どうして…どうしてこの女は、こんなにボロボロになってまで、俺を助けようとするんだ…?)


彼女は目も見えず、力もない。

何の得にもならないはずなのに、命懸けで自分を守ってくれている。


その真っ直ぐな行動の中に、計算も打算もなかった。あるのはただ、優しさだけ。


トルナドの胸に、初めて知る感情がこみ上げた。


誰かが、自分のために本気で走ってくれている。

誰かが、自分を“見捨てない”という現実に、心が揺さぶられていた。


そして同時に、自分では何もできないこの身体を、彼は心から恥じた。


ルミエルの足は次第に鈍くなり、呼吸も乱れてきた。


もう限界だ。

そう思った瞬間、目の前に再び現れたのは、ルキフェル閣下だった。


「さて、お戯れはここまでです。一緒に来てもらいますよ?特にルミエルさん…貴女がユラノス氏から分け与えられたその力は、非常に魅力的です。必ずや、御闇(みくら)のお役に立つことでしょう。」


ルキフェル閣下は剣の鋒をルミエルに向けた。


だが、少女は怯まなかった。


しゃがみ込みながら、彼女はそっとトルナドに顔を向け、微笑みを浮かべた。


「トルナド…もう大丈夫だからね…?」


ルミエルは両の掌を患部の上にかざした。


次の瞬間、光が弾けた。

目も眩むような神々しい光が、彼女の手から溢れ、トルナドの傷口を照らした。


光の粒が肌に触れるたびに、裂けた肉が癒え、血が止まっていく。


トルナドは、脳裏の片隅に記憶を掘り起こしていた。


かつて聞いたことのある術。

ユラノス命導師が得意としていた、あの“癒しの光”。


一部始終を見ていたルキフェル閣下の顔が、蒼白に染まっていく。


彼は本能で悟った。

この光が、魔法族にとって危険極まりない代物であると。


「なんですか…これは…!?」


ルキフェル閣下は、かつてない恐怖に襲われていた。


かつてユラノス命導師が、何度も使っていた光。


その時は何とも思わなかったはずなのに。


今、自分が魔法族になったことで、その光の本質を、身体が拒絶していた。


遠い未来では、この力を受け継いだラーミアが、ヴェルヴァルト冥府卿の放った巨大な闇の球体すら消し去った。


この聖なる光は、闇を無力化する。

そして能力の低い魔法族なら、触れた瞬間に肉体すら消滅する退魔の力だった。


だが、当時の誰もそのことを知らなかった。


それゆえに、ルキフェル閣下が唐突に恐怖に染まった様子を、トルナドとルミエルはただ呆然と見つめていた。


「今日のところは見逃します。しかし…次はありませんよ。どうかそれまで、御覚悟を…!」


ルキフェル閣下は捨て台詞を吐き、その場を去った。


解析不能なこの力を前に、ヴェルヴァルト冥府卿への報告を優先したのだ。


あの“万能”の力を以ってしても、ルミエルの光の正体を解くことはできなかった。


ルキフェル閣下の姿が消えると、場に張り詰めていた緊張の糸が切れ、ルミエルの小さな肩がホッと弛んだ。


「ルミエル…その力…まさか、お前も…!?」


トルナドは何かを確信するような目で彼女を見つめた。


「ごめんね…隠してたつもりはないんだけど、驚かせちゃったかな?私も貴方と同じ天星使なの。与えられた力は、治癒能力。貴方は絶対に私が助けるからね、安心して?」


ルミエルはそっと微笑み、癒しの声で言った。

風の天星使トルナドの世界に、初めて“守られる優しさ”が染み込んでいった瞬間だった。



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