表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
164/180

ありがとう、なんて言われたくなかった

トルナドが神牢から脱獄したのは、神国ナカタムが滅ぼされてからちょうど十日後のことだった。


ユラノス命導師が死亡したことで、神牢に施されていた魔術の封印は徐々にその効力を失い、十日が経過した時点で完全に霧散したのだ。


その間に、魔法族によって蹂躙された神国ナカタムは見る影もないほどに変わり果てていた。


倫都の優美な建造物は軒並み瓦礫と化し、民の住まう家屋は火の海となり、あちこちに焼け焦げた死体が無惨に転がっていた。


かつては雄大な自然に囲まれ、四季折々の恵みに満ちていた緑の王国――だが、今ではその面影は一片も残されていない。


目に映るのは、黒く焦げた地表と、すすけた灰の雨ばかりであった。


「ワッハッハー!すげえなこりゃ!真っ黒な坊主頭みてえだ!」


空を裂くような笑い声を上げながら、トルナドは風の力を自在に操り、空中を気ままに飛び回っていた。


“真っ黒な坊主頭”とは、焼け焦げた山々を揶揄して放たれた言葉だった。


生まれ育った祖国が滅び、数多の命が奪われたというのに――

トルナドはまるで痛痒を感じていないかのように、ひたすら風の自由を満喫していた。


ユラノス命導師が死に、神牢が崩壊し、束縛のすべてが消えた今、彼の心は純粋な解放感で満たされていたのだ。


「うーん…とりあえず腹が減ったなぁ。よし!あの村を襲おう!」


腹を空かせた獣のように、トルナドの視線は山間の小さな村に注がれた。


他の地域と比べれば破壊の痕は浅く、微かに人の気配も残されているようだった。


――この村には何かしらの食料が残っている。

トルナドの本能とも呼べる鋭い嗅覚が、そう告げていた。


そして次の瞬間、風を切り裂きながらドンっと村に着地する。


時刻は昼過ぎ。

天気は快晴であったにもかかわらず、村全体はどこか淀んだ空気に包まれていた。


「けっ…辛気臭え村だな。やい!誰かいるんだろ!?出てきやがれ!俺は腹が減ってる!食えそうなもんは全部持ってこい!逆らったり誤魔化そうとしたらぶっ殺すからな!」


腕を組み、ふんぞり返った態度で村の中央に仁王立ちするトルナド。


すると、ボロボロの茅葺き屋根の隙間から、ゾロゾロと人々が姿を現した。


その数、およそ三十名。


老いも若きも皆、薄汚れた布を纏い、疲弊しきった表情を浮かべていた。


風呂にも入れていないのか、体も髪も泥とすすで覆われ、目には深い諦念が宿っていた。


「く、食い物なんかねえよ!全部魔法族の奴らに盗られちまったよ!」


「俺たちが何日メシを食ってないと思ってやがる!とっとと帰りやがれ疫病神が!」


おずおずとしながらも、怒りを孕んだ罵声が飛ぶ。

この村において、トルナドは明らかに歓迎されざる存在だった。


「あんた天星使でしょ!?私達に食べ物を要求する前に、やることがあるんじゃないの!?魔法族達と戦いなさいよ!」


年老いた女が震える声で訴えるように叫んだ。


「天星使?魔法族?知ったこっちゃねえな!奪われたのはお前らが弱っちいからいけねえんだろ!?俺に責任転嫁するんじゃねえよ!」


トルナドは吐き捨てるように言い放った。


「このクズが…!」


「ユラノス様がお亡くなりになられたと言うのに…貴様は何をそんなにヘラヘラしているんだ!」


村人たちは怒気を孕んだ視線でトルナドを睨みつけた。


「はっ、だからよう、知ったこっちゃねえって言ってんだろ?もう一度だけ言うぞ!俺は今腹が減ってる!このままじゃ腹と背中がくっついちまう!だからこの村にある全ての食糧を俺に引き渡せ!」


怒号の中、トルナドはあくまで空腹を最優先に要求を突きつける。


「飯なんかねえよ!家畜もみんな殺されちまった!畑は焼かれた!見れば分かるだろ!?」


「お前、腐っても天星使だろ!?ユラノス様に仕えてたんだろ!?だったら俺達が盗られた物を魔法族どもから取り返してやるくらいの気概を見せてくれよ!」


村人たちは必死の形相で訴えるも、トルナドの表情は変わらなかった。


「ワッハッハー!この俺に逆らうとはいい度胸だな!だったら力づくで奪うまでだ!」


空腹と苛立ちが頂点に達したトルナドは、指の関節をポキポキと鳴らし、今にも暴れ出しそうな気配を放つ。


今にも戦いが始まりそうなその時――


突如、空から黒い浮遊物が5つ、黒煙の尾を引きながら村を急襲した。


それは5体の魔法族だった。


「うわあぁぁ!奴らが…奴らが来たぞ!」


「みんな隠れろ!!」


村人たちは悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。


「ひゃっほー!何だよこの村の連中!まだまだ元気有り余ってんじゃねえかよ!」


「ギャハハ!ぶっ壊せー!ぶっ殺せー!」


魔法族たちは掌から黒い破壊光線を撃ち出し、無残にも村を焼き払っていく。


「あ?なんだこいつ?」


「おい!なに突っ立ってんだぁ!?てめえ俺たちの事舐めてんのかよ!」


彼らの視線の先には、ただ一人、逃げもせず気怠そうに佇むトルナドがいた。


「どいつもこいつもギャーギャーうっせえなあ…。」


後頭部を掻きながらぼやくように呟いたその態度に、魔法族たちは逆上。


一斉にトルナドへと襲いかかった――

が、その数秒後には全員が空高くぶっ飛ばされていた。


トルナドは笑っていた。

まるで遊園地のアトラクションでも楽しんでいるかのように。


拳が唸り、蹴りが吼え、風が叫ぶ。

その暴れぶりはまさに修羅そのものだった。


魔法族たちは殴られ、蹴られ、潰され、泣き叫びながら空へと逃げ去った。


「野郎ども!一旦退け!ずらかるぞ!」


敗走する彼らの顔は涙と鼻水と血でぐしゃぐしゃに腫れ上がっていた。


「あぁ!?何だよ骨のねえ奴らだな!あーーー完全にスイッチ入っちまった!まだまだ全然殴り足りねえ!やい!誰か殴らせろ!」


村に暴風が吹き荒れる中――

トルナドの暴れ足りない衝動は止まらなかった。


だが次の瞬間、彼を取り囲んだのは――村人たちだった。


「……あぁ?なんの真似だてめえら!ガンつけてんじゃねえぞコラ!殺されてえのか!」


トルナドは構えた。だが、予想に反し――


「トルナド〜…お前、オラ達を魔法族どもから護ってくれたんだなぁ。ありがとうなあ。」


「おめえ、ほんとは良い奴だったんだなあ…!」


――涙ながらの感謝と賞賛が、雨のように降り注いだのだった。


トルナドは困惑した。


生まれて初めて“ありがとう”と言われた。

その言葉の意味も、どう受け止めるべきかも、分からなかった。


さらに、老婆が差し出してきたのは、小さなパン。

わずかにカビの斑点があるが、それは村が隠し持っていた“最も綺麗な食糧”だった。


「トルナド…さっきは嘘ついてごめんねえ。実はね、食料はすこーしだけ残ってたのよ。このパンはほんの気持ちだよ…受け取って頂戴。」


トルナドはパンをじっと見つめた。

そして、顔をそらし――


「いらねえよ。お前らのツラ見てたら食欲失せちまったぜ。」


と小声で言った。


「けっ、こんなシケた村2度と来ねえよ!俺の運気が下がっちまう!」


そう吐き捨てて、空へと飛び去る。


村人たちは、見えなくなるまで手を振っていた。


「さっきは酷いこと言って悪かった!本当にありがとう!」


「トルナドー!また来てくれよな!」


だが、トルナドは一度も振り返らなかった。


彼は村を襲おうとした。

絶望に沈む人々に追い打ちをかけようとした。

それも、明確な悪意を持って。


だが結果的に――感謝されてしまった。

それが、たまらなく“こそばゆかった”。


そして、自分が“ちょっとだけ嬉しかった”という事実に気付き、苛立ちが募った。


「……ああぁぁ!なんなんだよあいつら!ムカつく!あームシャクシャする!よし!目が合ったやつは片っ端からぶん殴ってやる!」


トルナドは怒りの矛先を求めて、再び空へと飛び立った。


吹き荒れる風は、どこまでも不器用で――

どこか、寂しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ