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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
163/180

誰も知らない、真実の愛の物語

昔々の遥か大昔、ある巨大な国の滅亡をきっかけにひとつの時代が静かに終焉し、代わりに新たなる時代が産声をあげた。


これは、今からおよそ500年も昔の、誰にも語られることのなかった、真実の愛の物語である。


栄華の極みにあった神国ナカタム。

そこが、冥界より姿を現した悪魔の王によって滅ぼされた。


国を治めていたのは、全知全能と謳われた唯一神ユラノス命導師。


だがその神ですら、哀れなまでに呆気なく殺されてしまった。


神に仕えていた輪廻士も、神官も神隊も容赦なく屠られ、生き延びた僅かな者たちは、滅びの炎に包まれた都市を捨て、散り散りに逃げ延びる他なかった。


恐怖と混乱の時代を象徴する存在。

大魔王は、自らの忌まわしき力を人間たちに分け与え、彼らを従順なる兵として飼い馴らした。


そして、やがてこの地上における最凶最悪の戦闘部隊が編成されたのだった。


世界は瞬く間に蹂躙され、血が血を呼ぶ阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。


魔法族の始祖ヴェルヴァルト冥府卿は、怨嗟と恐怖が渦巻く修羅の大地にあって、絶対的な王として君臨した。


この地獄の王国を支配する唯一無二の存在――それが、ヴェルヴァルト冥府卿であった。


だが、それでも人々の心には、ほんの一滴――雀の涙ほどの微かな希望が残されていた。


それこそが、ユラノス命導師に仕えていた伝説の戦士たち――**天星使オンジュソルダ**の存在だった。


“天星使”という呼び名は、ユラノス自身が名付けたわけではない。

彼らの存在が広まるにつれ、いつしか人々の間で自然と呼ばれるようになった。


その語源については諸説あるが、最も有力なのは――“天に生きる星の戦士”という意味合いである。


人々の中には、彼らのことを“天使様”と呼び、神のように崇め讃える者も少なくなかった。


ユラノス命導師は、死の間際――自らに仕える十一名の天星使のうち、ルキフェルを除く十名に、自身の力を分配した。


それは、己を討ち滅ぼしたヴェルヴァルト冥府卿を、残された仲間たちの手で討ってほしいという祈りでもあった。


力を託された九名の天星使たちは、その後、混沌と化した世界に散り散りとなっていった。


与えられた神の力は強大ゆえに、すぐに制御することは難しく、彼らはその力を磨きながら、魔法族を打ち倒す時をじっと待ち続けていた。


――しかし。

その中にただひとり、ユラノス命導師の遺志などどこ吹く風と、己の私利私欲にその力を使おうと目を輝かせる者がいた。


彼にとってユラノス命導師の死も、神国ナカタムの滅亡も、魔法族の暴虐も――すべて「他人事」でしかなかった。


その男の名は、トルナド。


神国ナカタムが誇る最強最悪の問題児である。


飢えをしのぐため、田畑を荒らしては農作物を盗み、港を襲っては海産物を奪い、時には他人が飼っていた動物を強奪し、それらすべてを“俺の取り分”と主張しては憚らなかった。


金が尽きれば盗みを働き、虫の居所が悪ければ街を破壊。


その傍若無人ぶりに、国中の人々は日夜頭を抱えていた。


加えて非常な好戦家であり、暇さえあれば腕自慢の強者を探し出し、世界中を旅しては喧嘩に明け暮れる日々を送っていた。


――ただし。

女子供や年寄りには絶対に手を出さず、どれだけ激しい戦いであろうと相手を殺すことは決してしなかった。


それが、彼なりの流儀だった。


神国ナカタムの汚点、神の面汚し、国の恥、屑、悪童、不良少年、暴風の化身――


彼に対する呼び名は数知れなかったが、そのすべてが“手を焼く存在”としての評価に他ならなかった。


――彼こそが、初代「風の天星使」トルナドである。


短髪の黒髪と鋼鉄のような肉体を持ち、齢十八にしてすでに一国の将を思わせる風格を纏っていた。


その素行不良ぶりに業を煮やしたユラノス命導師は、彼を自身の監視下に置くため、あえて“天星使”の称号を与えた。


だが、名誉あるその称号は、彼を更生させるどころか、むしろ新たな権力を得たことで暴走に拍車をかけてしまった。


ユラノス命導師はトルナドを我が子のように可愛がっていたが、同時にその問題行動には心底手を焼いていた。


そのため、ユラノス命導師は“神牢”と呼ばれる特別な懲罰房――神の魔術によって結界が張られた地下牢へと、何度も何度も彼を投獄してきた。


そして皮肉なことに――

ヴェルヴァルト冥府卿が神国を滅ぼしたその時も、トルナドはその神牢の中に収監されていたのである。


そのため彼は、リーダー格であったルキフェルを除く天星使たちとは、一度も顔を合わせたことがなかった。


しかし――ユラノス命導師が命を落としたその瞬間、神牢に施されていた神術の結界は失われ、トルナドはあっけなく脱獄に成功する。


神という絶対の抑止力を失い、しかも風の力というとてつもない力まで手に入れたトルナドは、歓喜に打ち震えた。


歯止めをなくした風雲児が、ついに地獄と化したこの世界に解き放たれたのだ――!



「ワッハッハッハー!あの口うるせえユラノスが死んだってぇ!?これで俺は今日から晴れて自由の身だあ!ひゃっほーー!」


トルナドは、全身で歓喜を爆発させながら叫んだ。


監獄の屋根を吹き飛ばし、まるで風そのものと化した彼の身体は空を切り裂くように舞い上がった。


「さーてとっ!何をしようかなっ!とりあえず腹が減ったなあ…よし!なんか食うもん探すか!」


彼は空中を滑空しながら、空腹の獣のような眼差しで襲撃先を物色していた。


まるで、堕ちた神の世を祝福するように、爆風が空を踊っていた。



500年が過ぎても誰ひとり語らず、どの歴史書にも記されることのなかったこの物語は、神すら投獄した風の少年が、世界に解き放たれたその瞬間から、静かに始まったのだった。

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