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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
161/180

その微笑みは誰のものだったか

各国の戦士たち、そしてそれに混じる悪党たちによって結成された連合軍は、烈々たる鬨の声をあげながら、荒々しく魔界城へと雪崩れ込んでいった。


一方その頃、迎え撃つ魔法族の一般戦闘員たちも、殺気立ちながら一階フロアへと駆け下りていく。


戦場の息吹は熱を孕み、ついに世界の命運をかけた最期の幕が切って落とされたのだ。


同じ頃──五階では、凶悪なる蟲王ベルゼブが、魔界城そのものを崩壊させかねない規模の破壊攻撃を次々と繰り出していた。


だが、隔世憑依を果たしたノヴァとエラルドがそのすべてを防ぎきり、まるで天と地を抱く防壁のごとく、迎撃に全力を注いでいた。


だがその激闘のフロアの一角には、まったく異質な空気が漂っていた。


ラーミア。

その存在が、裏切り者として告げられたことで、エンディたちの心は混乱と動揺に支配され、空気は重く濁った鉛のように場を覆っていた。


「ラーミア…嘘だよな…?嘘だと言ってくれよ!!」


エンディは顔を強張らせ、悲痛な叫びを吐き出した。声には震えがあり、心の底から信じたかった何かが、いま崩れ落ちようとしていた。


そんなエンディを見ながら、ラーミアは静かに、そして小さく笑った。


「うん、嘘よ…今までの私は全てがかりそめだった。今が本当の姿よ。」


その口調には後悔も、怒りも、哀しみさえなかった。ただの“肯定”が、皮肉のように響いた。


「どうしてそんなこと言うんだよ!あり得ねえ!ラーミアが…ラーミアが俺たちを騙す筈がない!」


エンディは必死に言葉を繰り返し、自分自身を納得させようとしていた。


あの優しい瞳が、あの穏やかな微笑が、嘘だったはずがないと──何度も何度も、心の内で叫びながら。


「坊や、一つ良いことを教えてあげるわ?裏切りは…女の専売特許よ。男を欺くことなんて造作もない…。私達は、顔色一つ変えず…脈拍一つ乱す事もなく…平然と嘘をつける生き物なのよ。」


ラーミアはまるで詩を諳んじるかのように淡々と、しかし皮肉を込めて語った。


エンディはその言葉を聞きながら、頭の中が真っ白に塗りつぶされていくのを感じた。


その笑みが、あまりにも不気味だった。

彼女の顔を直視できず、思わず視線を逸らしてしまう。


そのときだった。


カインがエンディの前へと素早く回り込み、強く両肩を掴んだ。


「落ち着けエンディ!惑わされるな!ラーミアはヴェルヴァルトに操られてるに違いねえ!ラーミアは、ルキフェルが指定した5人の要警戒人物の中でも、最重要厳重警戒対象に指定されていた唯一の天星使だぞ!?現に、冥花軍の連中は総じてラーミアにビビってたじゃねえかよ!?ラーミアが魔法族な訳ねえだろ!?」


カインの言葉は必死だった。

かつて幾度も死線を共に越えてきたラーミアの裏切りを、どうしても信じきれなかったのだ。


だがその様子を見たイヴァンカは、冷笑を浮かべながら吐き捨てるように言った。


「恐らく、魔法族側でラーミアが内通者だと認知していたのはヴェルヴァルトだけだったのだろう。奴は君達を欺く為に、まずは味方であり麾下である冥花軍の連中を欺いたに過ぎない…そう考えれば辻褄が合うだろう?どうやら君達は一杯食わされた様だね。」


口の端を吊り上げたイヴァンカの言葉に、カインは激昂し、瞳を鋭く光らせながら叫んだ。


「黙れイヴァンカ!てめえに何が分かる!ラーミアが俺たちを裏切る訳がねえんだ!」


カインの怒りには、疑念よりも信念が込められていた。


だが──


「例えどれほど信じ難くとも、目の前で巻き起こる全ての事象は厳然たる事実だ。そこには真実も嘘も、不条理も介在する余地は無い。受け入れ難い現実から目を背け、幻想に縋って生きるなど、実に虚しく惨めだと思わないか?」


イヴァンカの声は冷徹で容赦なく、ふたりの心に突き刺さるようだった。


エンディもカインも言葉を失い、俯いたまま拳を強く握るしかなかった。


「さあ、早くその裏切り者を殺し給えよ。なんなら私が自ら手を下し君達の目を覚まさせてあげてもいいが。」


イヴァンカが無慈悲な笑みを浮かべ、剣を静かに抜いた。


その前に──


「やめてイヴァンカ。何する気?」


「てめえ!ラーミアに手出すんじゃねえぞ!」


ラベスタとエスタが割って入り、剣を構えてイヴァンカを睨みつけた。


「おい!お前ら落ち着け!」


「フフフ…熱すぎ注意だよ。」


マルジェラとバレンティノもその場に割って入り、騒然とした空気にさらに緊張が走った。


「ふっ、まあいいだろう。幻想を信じたが故にかつての仲間に殺されるエンディを眺めるのも酔余の一興に良さそうだ。勝手に戯れ合っているが良いさ。」


イヴァンカは興味を失ったかのように、あっさりと剣を鞘に収めた。


「ククク…くだらねえ。」


アズバールもつまらなさそうに呟いた。

ラーミアの裏切りには微塵の関心も示さなかった。


「こんなの…こんなの嘘よ…!」


モエーネは今にも泣き崩れそうな顔で、声を震わせていた。


「ラーミア…初めて私と会った日のこと覚えてる??貴女…マフィアの幹部のふりをしていた私にも、分け隔てなく優しく接してくれたよね…?私ね…あの時はツンツンした態度とっちゃったけど、本当はすごく嬉しかったの…!」


「ラーミア…2年前、ユドラ帝国でエンディとカインが闘った時…貴女は初めて会った私の為に心を痛めてくれて、寄り添ってくれたよね…?ねえラーミア…何か訳があるんでしょ?そうだと言って!」


ジェシカとアマレットはそれぞれの記憶を涙ながらに訴えた。


だが──


「貴女達も馬鹿ね。私は今日まで只の一度も、貴女達みたいな頭の悪い女の事を友達だと思ったことはないわ?2度と私に話しかけないでくれる?」


ラーミアの冷たい返答に、三人の少女の心は深く抉られた。


その姿は、もはやエンディたちの知る“ラーミア”ではなかった。


ロゼとモスキーノは、重い沈黙の中で口を開いた。


「ラーミア…一体いつからだ?いつから俺たちを欺いていた?お前は王都の一般家庭で生まれ育ち、王室の給仕として働いていた。お前が魔法族になる隙なんて1ミリたりも無かったはずだがな…。」


ロゼの言葉は静かだったが、その内には疑念と怒りが煮えたぎっていた。


「王都は諜報部員が常に目を光らせてるからねー!それこそギラッギラに!この2年間、海外のスパイや外患誘致罪を犯す恐れのある危険因子はすぐに捕らえていたけど、魔法族に通じてる様な奴は1人も報告にあがってこなかったのに、不思議だね〜!」


モスキーノも陽気さの裏に、明らかな警戒と不信を滲ませていた。


それでもラーミアは、涼しい顔で真実を明かす。


「うふふ…気づかないのは当然、何もあなたたちが間抜けだった訳じゃ無いわ?私は魔法族の中でも特別な切り札だからね。私と御闇(みくら)はね、視神経を共有しているの。魔法族の封印が解かれたのが2年前…500年の眠りから覚めた魔法族は、今日まで2年という歳月をかけて理知と力を取り戻し、悠々と血の侵略の準備を進めていた。その際、御闇(みくら)は私の目を通して全てを見ていたのよ。だから貴方たちの情報は全て筒抜けだったって訳。」


あまりにも平然とした口調に、誰もが息を呑んだ。


その告白には悪意も高揚もなかった。

ただ、まるで呼吸するように“当然”を語る声音だった。


ロゼが問いかけた「いつから欺いていた?」という核心にラーミアが一切触れなかったことに、カインは一瞬、違和感を覚えた。


だがそれを表に出す暇もなく、ロゼがまた一つ考察を口にした。


「なるほど…ヴェルヴァルトはその情報のみをルキフェルに流し、ルキフェルはそれを元に5人の要警戒人物を指定したってわけか…。」


その考察は鋭く的を射ていた。

ラーミアは目を細め、まるで称賛するように頷いた。


「御名答。余はラーミアの眼を通して、お前たちの全てを視ていた。」


天井に轟くような、低く重厚な声が響き渡る。


ヴェルヴァルト冥府卿。

その威容は圧倒的で、戦場の只中でも明確に“支配者”としての存在感を放っていた。


すると、カインがやや皮肉を込めて応じる。


「はっ、2年もかけて俺たちを分析してた割には、冥花軍ノワールアルメとやらは随分と呆気なく散ったもんだな?」


一瞬、場に凍りつくような沈黙が流れる。


しかし、ヴェルヴァルト冥府卿は何一つ動じることなく、余裕綽々の笑みを浮かべていた。


まるでこの程度の挑発など、風に舞う塵ほどにも感じていないようだった。


──と、そのとき。


ラーミアの長い黒髪が、不気味な気配と共に蠢きはじめた。


風もないのに舞い上がり、髪の束が一本、また一本と独立して動き出す。


その波打つ動きは、まるで生き物のように粘性を帯び、やがてそれらは10本の毛束となってうねり、ついには、黒鱗の蛇へと変化した。


艶のある黒い鱗に包まれた蛇たちは、それぞれ深紅の眼をぎらつかせ、獰猛な毒牙と舌をチロチロと覗かせながら、エンディたちに向かって首をもたげた。


その異様な姿に、エンディは言葉も出ず、恐怖に身体を強張らせた。


まるで神話の怪物が絵本から抜け出してきたかのような、悪夢そのものだった。


「妾の真の名は“蛇妃ゴルゴン”。御闇(みくら)の覇道を阻む其方たちに死を与える。」


その瞬間、声も、言葉遣いも、一人称すら変貌したラーミア──いや、“蛇妃”は、もはや誰の心にも“かつての仲間”として映ることはなかった。


彼女は完全に、敵だった。



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