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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
159/180

我ら悪に屈せずーーー戦士達の本懐

エンディは、まるでミサイルに撃墜された小型飛行艇のように、砕けた天井からゆっくりと、しかし重力に引かれるままに五階へと落下してきた。


「エンディー!」


ラーミアが絶叫し、ロゼたちの治療を放り出して駆け寄った。


そのまま崩れるようにエンディの身体にしがみつく。


肌は焼け爛れ、身体中が血に塗れていた。


二十どころか三十本近くの骨が折れ、内臓も潰れかけている。


ラーミアはその悲惨な状態を前に、すぐさま両手をかざした。


そこから瞬くような光が放たれ、彼女は息を詰めながら治療に全神経を注いだ。


「くそが!!よくも俺の相棒を…ちくしょう!どこのどいつだぁ!出て来いや!」


カインは瞳を血走らせ、怒声を張り上げながら周囲を睨みつけた。


殺気が空間を震わせるほどの剣幕だった。


「貴様か!ダルマイン!」


サイゾーが叫びながら剣を抜き、ダルマインへと詰め寄る。


「違う違う違う違う!俺様じゃねえよ!」


ダルマインは顔を真っ青にして首をぶんぶん振った。声は裏返り、震えに満ちていた。


彼の性格上、まず疑いの矛先が向くのは致し方ない。だが、今回ばかりは潔白だった。


「クマシス…お前、まさか?」


ラベスタが疑いの眼差しを向けると、クマシスは肩を竦めて全力で否定した。


「お、俺なわけないでしょうがぁ!」


彼もまた、冤罪であった。


「やめろお前ら!こんな時に争っていてどうする!それこそ連中の思う壺だぞ!」


マルジェラが声を荒らげながらも、周囲をなだめようと必死だった。


内心では恐怖と焦燥が交錯していた。


「ここまで一緒に来た仲間の中に裏切り者がいるんだ!冷静になれって方が無理な話でしょ!」


アベルは抑えきれない怒りと混乱を爆発させていた。どこかにぶつけなければ壊れてしまいそうなほどに。


モスキーノ、バレンティノ、アズバールの三人は、鋭い目で周囲を観察していた。


わずかな違和感を探るように、まるで獣のような視線だった。


「裏切り者が誰であろうと興味はない。君たちはそこで一生右往左往していればいい。無様な死を晒したエンディに代わり、私がヴェルヴァルトを討つ。」


イヴァンカは冷たい声でそう言い放つと、剣を抜いた。


刃が空気を裂き、彼の視線は天井の穴、すなわちヴェルヴァルト冥府卿を真っすぐに捉えていた。


唇の端は、血の匂いに飢えたように微かに歪んでいた。


「エンディは…エンディは死んでないよっ!」


ラーミアが鋭く声を張り、エンディに手をかざしたまま皆に言い放った。


意志の籠もった声だった。


視線が集まり、誰もがその瞼の揺らぎを見た。


エンディは、確かに生きていた。


うっすらと目を開き、断続的な呼吸を繰り返しながら、血と痛みに満ちた現実を、それでも生きようとする意志で噛み締めていた。


それを確認したカインは、拳を握りしめたまま、ホッと目を細めた。

喉の奥の叫びが安堵に変わる瞬間だった。


そして、次の瞬間──


天井の穴から、ヴェルヴァルト冥府卿の異形の顔が、ぬうっと姿を現した。


その忌まわしく悍ましい表情を見た瞬間、イヴァンカ・カイン・モスキーノの三人を除く全員の背筋に冷気が走った。


言葉にならない戦慄が全身を支配した。


「お前達、よくぞここまで辿り着いたな。よくぞ我が自慢の子供達、冥花軍を打ち破った!当初は10万を超えていた我が兵力を、たったの4000人弱で半数近くまで減らしたお前達の戦いぶりには恐れ入った…褒めて遣わす!だが…そろそろ限界だろう?」


ヴェルヴァルト冥府卿は醜悪な顔をニヤァと歪め、朗々と語った。嘲笑と侮蔑がたっぷりと混じっていた。


「何が言いてえんだ?」


カインが睨み上げながら吐き捨てた。

その瞳は確かな殺意を灯していた。


「お前達、余の子供になれ!これより冥花軍は一新する!お前達には余の力を与えてやる!そして、新設冥花軍として、余の最強の矛となれ!」


誰も言葉を発せず、ただ天井を見上げたまま沈黙した。


「命を乞え!さすれば救いの道を与えよう!強者は武力を差し出し、弱者は人権を差し出せ!さあ、哀れなる迷える子羊達よ…家族になろう!」


その声は城全体を震わせ、言葉というよりも呪詛だった。


耳に残る音の一つ一つが、心臓を締めつけるような錯覚すら与えた。


そして──静寂。


時間すら凍りついたかのような、沈黙の中で、ラーミアが静かに立ち上がった。


その表情には迷いも恐れもなく、目には確かな意思が宿っていた。


「断るわ。そんな話に載る様な臆病者は、ここには一人もいない!」


声は鋭く、しかし清らかだった。

ラーミアはヴェルヴァルト冥府卿をまっすぐに見据えた。


「フハハハハっ!面白いことを言うなあ、女!1人もいないだと!?そんなことを貴様が勝手に決めてもいいのか?死ぬくらいならば敗けを認めて余に従おうと決めた者の方が多いはずだ!貴様の身勝手な一言で、大勢の者が死ぬことになるぞ!それでもいいのか?」


ヴェルヴァルト冥府卿は鬼のような顔で吠えた。

声に込められた圧は、地面を揺らすほどだった。


それでも、ラーミアは一歩も退かず、彼の目を見据えたまま続けた。


「確かにあなたの言う通りかもしれないわね…戦力差は歴然だったし、あなたは想像を遥かに超えて強いし…でも、みんなそんなことわかった上でここに来たのよ!あなたを倒すために!世界に光を取り戻すために!そんなみんなの覚悟を甘く見ないで!あなた如きが、そんな気高い戦士の人達を侮辱しないで!どんなに恐ろしくても…例えあなたに殺されることになっても…それでも尊厳を失いたくないから私たちは決して悪には屈しない!生きてる限り命の限り戦い続ける!」


その声は、雷鳴のように響いた。

言霊となって場の空気を打ち破り、戦士たちの胸を打った。


ラーミアは再びしゃがみ込み、治療の光をエンディに注いだ。


「エンディ…エンディは敗けてないよ。私がついてるから…私も最期まで戦い続けるからね。」


その言葉は確かに届いた。

エンディの唇がわずかに吊り上がり、苦しみの中で笑みを浮かべた。


それはラーミアを安心させるための、精一杯の意志の証だった。


「“私も”…だと?“私達”だろ?俺も戦うぜ…命の限りな!んでもって、最後に笑うのも俺たちだ!そうだろ!みんな!?」


カインが拳を高く掲げ、叫んだ。

火がついた戦士たちの心に、再び勇気の炎が灯った。


「フフフ…当たり前だよねえ。」

「いうまでもないでしょー!」


バレンティノとモスキーノが満面の笑みを浮かべ、気炎を吐いた。


「ククク…てめえらと共闘なんざ死んでも御免だが…こんな気持ち悪いバケモノの傘下に入るよりは幾らもマシだな。」


アズバールは皮肉を交えつつも、確かな闘志を滲ませた。


「やるっきゃないね!」

「うん。」

「おう!!」


アベル、ラベスタ、エスタの声が重なった。

彼らの目に、迷いはもうなかった。


──ヴェルヴァルト冥府卿の眼が、氷のような冷たさで戦士たちを見下ろした。


そして、唸るように言った。


「それがお前達の答えか…つまらぬ人生だったな、虫ケラどもよ。だがお前たち如き烏合の衆、余が自ら手を下すのも面倒だ。行け、ベルゼブ!」


ヴェルヴァルト冥府卿の声が響き終わると、城内の空間がわずかに歪んだ。


その歪みの中心に、突如として現れたのは、半径およそ10メートルの、禍々しくも不気味な球体──まるで卵のような漆黒の物体だった。


「何あれ…気持ち悪っ…!」


「なんかゾワゾワするんだけど…!」


ジェシカとモエーネが同時に声を上げ、目を逸らしたくなるような吐き気を覚えていた。


黒球から漂う異様な気配が、精神の奥底にまで染み込んでくるようだった。


「虫ケラ共を駆逐する役目は、“蟲の王”こそ誂え向きだろう?」


ヴェルヴァルト冥府卿が悠然と告げた瞬間──球体の表面にピシャッと一筋の亀裂が走った。


不気味な音と共に、その亀裂は次第に全体へと拡がっていく。

やはりそれは、卵だった。

やがて卵の殻がぱっくりと割れ、蠢く肉塊が姿を現した。


それは──醜悪極まりない怪物だった。


孵化したのは、体長10メートルを超える巨大な蠅。

名をベルゼブと冠されたその化け物は、顔の半分を真紅の複眼が覆い、透明な羽をブンブンと震わせながら、プロペラのような轟音を発していた。


長く垂れ下がる二本の触覚。

鎌のように鋭く湾曲した2本の触手と、昆虫特有の異様な節足を持つ4本の脚。


皮膚は黒曜石のように硬質で、まるで天翔ける龍の鱗のように光を反射していた。


その姿は、見ただけで嘔吐を催すほどのグロテスクさを孕んでいた。


実際──


「オエェェェッ!」


ダルマインとクマシスが揃って嗚咽し、胃の内容物をこらえながらしゃがみ込んだ。


ラーミア、アマレット、ジェシカ、モエーネもまた、視界が揺れるような眩暈に襲われていた。


美醜の問題ではない。

“本能的に”近づいてはならないと告げてくる、圧倒的な生理的嫌悪がそこにはあった。


「なんなんだよこいつ…今はこんなもんに構ってる暇はねえぞ…!」


カインは舌打ちしながら背後のエンディに視線を戻し、焦燥を滲ませた。


「全く、目に毒だな。よくもこの私にこんな醜悪な下等生物を見せてくれたものだ。」


イヴァンカは眉をひそめ、剣を構えながら冷ややかに言い放った。


「ベルゼブ、全員喰い尽くしてしまえ。」


ヴェルヴァルト冥府卿が静かに命じた。


ベルゼブは喜悦のように、口を大きく開いた。

その中には、粘度の高い唾液がニチャアと糸を引き、咀嚼を待ち望む肉塊のようにぬらぬらと蠢いていた。


「シューーーーーーッ!!」


突如として放たれた超音波。


金属を爪で引っ掻いたような甲高い振動音が場内に木霊し、誰もが耳を塞ぎたくなるような嫌悪感に襲われた。


天井や壁はその音波に砕かれ、無数の亀裂が走っていた。


「うわあ…これは厄介そうだ…。」


「チッ…こんなのと戦ってたらヴェルヴァルト戦まで身が持たないぞ!」


モスキーノとマルジェラが顔をしかめ、眉間にしわを寄せた。


目の前の障害が、想像以上の厄介さを孕んでいることを瞬時に察していた。


だが──


「ふっ、どうやらその心配はなさそうだぜ?見てみろよ…神出鬼没のスーパーヒーローのお出ましだぜ?」


カインが口元をゆるめ、ニヤリと笑った。


その視線の先──


二つの影がベルゼブへと飛びかかっていくのが見えた。


「オラオラオラァ!寝起きの俺の強さは次元違えぞぉ!暴れまくってやるぜぇ!!」


「ハエ退治なら任せておけ。」


突撃するその二人の正体は──エラルドとノヴァ。


ラーミアの治療により、ヴェルヴァルト冥府卿との死闘で負った重傷は癒え、完全に戦線復帰していたのだ。


「ノヴァ!!」


ラベスタが叫んだ。

普段は冷静な彼の声が、歓喜と驚きに震えていた。


「お前ら、上へ行け!ここは俺たちに任せろ!」


ノヴァが振り返り、まっすぐな瞳で皆に告げた。

その声音には、揺るぎない信頼と覚悟が宿っていた。


「ノヴァ!頼んだぜ?」


カインが軽く顎をしゃくりながら、信頼を込めた声で応じた。


「ノヴァ…良かった…!」


ジェシカの目には涙が浮かんでいた。

彼の無事が、それだけで何よりの光だった。


「ジェシカ、俺の側を離れるんじゃねえぞ?何人たりとも…お前に指一本触れさせねえ!」


ノヴァは熱を帯びた瞳で言い切った。

照れの影は微塵もない。

そこには守る者としての、純粋な決意だけがあった。


ジェシカは瞬時に顔を真っ赤にし、恥じらいに手で顔を隠した。


「ちょっと2人とも!こんな時にお熱すぎ〜!」


モエーネがちゃかすように言ったが、その声もどこか安堵に満ちていた。


「おいてめぇらぁ!上行ってヴェルヴァルトぶっ殺すのもいいけどよ、何人か下にも加勢に行ってやれよな!?」


エラルドがベルゼブの触手を振り払いながら叫んだ。


下の階には、なおも5万を超える魔法族の戦闘員たちが犇めいている。


一方でナカタム側の一般兵は、ついに1000人を切ろうとしていた。


常識的に考えれば──もはや陥落は時間の問題だった。


だが、その“常識”は、次の瞬間で覆されることとなる。


カインがふと目を細め、城の外へと視線を向けた。

そして、ぽかんと口を開いたまま、固まった。


「いや…二手にバラける必要はなさそうだ…。俺たち全員で、ヴェルヴァルトぶっ倒しに上へ行こう。」


鳥肌が立つような衝撃とともに、カインが静かに言い放つ。


「何言ってんだよ兄さん!下で戦ってる人達を見捨てる気!?」


アベルが目を見開き、鋭く詰め寄る。


だが、カインはにやりと笑って、親指で外を指した。


「アベル、みんな…外を見てみろよ。世の中まだまだ捨てたもんじゃねえぜ?」


全員がその手に導かれるように、崩れた壁の隙間から外を覗き込んだ。


そこにあったのは──


視界を覆い尽くすほどの、大軍勢。


幾万もの兵が、旗を掲げ、武器を構え、魔界城へと雪崩のように進軍していた。


それはまさに──絶望を覆す奇跡の光景だった。



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