死の森と空っぽの家
エンディが漂着した名もなき孤島は、まるで神が呪いを刻んだ密林の迷宮だった。
獰猛な獣が闇に潜み、毒を宿す爬虫類や植物が牙を剥く。
空気は重く、湿った腐臭が漂い、人間が踏み入ることを拒む四面楚歌の死の森。
その中心に、大木の頂に築かれた木造の家屋が、まるで天空の孤舟のように浮かんでいた。
六畳ほどのその部屋には、物一つなく、まるで魂の抜け殻のような静寂に満ちていた。
まるで、家主の心を映す鏡の様に。
金髪の少年は部屋の隅に座り込み、エンディの眠る姿を注視していた。
彼の瞳は、まるで深海の底に沈む光のように、冷たくもどこか哀しみを湛える。
エンディの寝息が、密林のざわめきと共鳴する中、カインの心は過去と現在を行き来していた。
「うおっ!!」
エンディが突然叫び、飛び起きた。
その声は、まるで雷が密林を切り裂くようだった。
金髪の少年は一瞬、恐怖に凍りついた。
「ん?ここはどこだ?」
「ようエンディ。久しぶりだな。」
金髪の少年の声は低く、まるで古い傷をそっと撫でるようだった。
エンディは目を瞬かせ、困惑の表情を浮かべる。
「え?」
「俺を殺しにきたんだろ?いつかこんな日が来る事は分かっていたよ。覚悟はできてる。煮るなり焼くなり好きにしろよ。」
金髪の少年は神妙に構えるが、エンディは即座に彼に詰め寄り、屈託のない笑顔で右手を差し出した。
「お前が助けてくれたのか?ありがとう!」
「…は?」
金髪の少年は予想外の展開に動揺し、思わず言葉を失った。
エンディの笑顔は、まるで朝陽が森の闇を裂くように純粋だった。
「なんで礼なんか言うんだよ?俺は…お前に…」
「何言ってんださっきから?それよりどうして俺の名前を知ってるんだよ?」
金髪の少年の鋭い瞳がエンディを捉えた。
こいつ、記憶を失っているのか?
彼の洞察は、まるで暗闇を貫く矢のように正確だった。
「いや、寝言で言ってたぞ。俺はエンディだーってな。」
「なんだよそれ、恥ずかしいなおい!俺エンディ、よろしくな!お前、名前は?」
「…カインだ。」
カインは俯き、小さく呟く。
ゆっくりと右手を差し出し、二人は握手を交わした。その瞬間、まるで時間が一瞬だけ止まったかのようだった。
エンディはカインを見つめた。
サラサラの金髪は陽光を浴びて輝き、ラーミアすら凌ぐ白い肌、長いまつ毛、整った顔立ち。
まるで神話の美少年が現世に降り立ったかのようだ。
だが、その瞳の奥には、孤独の影と、底知れぬ「何か」が潜んでいた。
エンディは感じた。
カインの魂は、自分と同じ匂いを放つ。
傷つき、彷徨う魂の香り。
似て非なる者同士だと。
「ありがとうなカイン!何か礼をしたいけど、俺もう行かなきゃ!」
エンディは外へ飛び出した。
大木の頂にいることに気づき、足を滑らせそうになる。
下を見ると、巨大なアナコンダが牛を絞め殺し、丸呑みする光景が広がっていた。
密林の残酷な息吹が、彼の背筋を凍らせた。
「おい、行くってどこに?」
カインの声が追いかける。
エンディは振り返り、簡潔に事の経緯を語った。
ラーミアとの出会い、インダス艦の襲撃、そして彼女を助けたいという衝動。
「…なぜ、昨日今日会った女のためにそこまで?」
カインの声は、まるで深い湖の底から響く疑問だった。心底不思議そうに、エンディを見つめる。
「自分でもよくわからないんだ…でも、どうしても助けたい。助けなきゃいけない気がするんだ。」
エンディの言葉は、まるで誓いの炎のように揺るぎなかった。
カインは心の中で呟く。
こいつ、相変わらずお人好しだな…と。
鼻で笑い、しかしその笑みにはどこか懐かしさが滲んでいた。
「助けるって、どうやって?」
「それは…これから考える!」
エンディの自信満々な答えに、カインは呆れたようにため息をついた。
まるで子供の無謀な夢を見る親のように。
「何か手がかりはないのか?」
「うーん、確かあの黒船、インダス艦とか言われてたんだよな。旧ドアル軍とか…。」
「…なるほどな。亡霊どもが動き出したか。」
「亡霊??」
カインの瞳が鋭く光る。
「この島に人間は俺しか住んでいないが、たまに大陸のマフィアどもが密猟目的で来るんだよ。奴らはたしか、旧ドアル軍と武器の取引をしている。そいつらの船に忍び込めば、その女のもとにたどり着けるんじゃねえか?」
「なるほど、それは名案だな!ところで密猟って?」
「野生動物のキバやツノ、特に毛皮は高く売れるからな。肉は獣臭くて食えたもんじゃないが、貧民層には人気らしいぜ?」
「なんだよそれ…ひでえな。」
エンディの顔が曇る。
まるで純粋な心に汚泥が投げつけられたかのようだ。
「ひどい?お前だって肉くらい食うだろ?」
カインの嘲笑は、まるで刃のように鋭かった。
エンディは言葉を失い、ただ黙り込む。
「なあ、お前こんなとこでずっと1人で、寂しくないのか?」
エンディの問いは、まるで密林の静寂を破る一石のようだった。
カインの瞳が一瞬揺れた。
「…別に?快適だし気に入ってるよ。それより見ろよ、噂をすればなんとやらだぜ?」
大木の上から遠くを見ると、夕焼けに染まる海面に一隻の船が停泊していた。
その姿は、まるで冥府の使者が密かに忍び寄るよう。
「奴らだ。島に入ってこないってことは、今日は魚介類の密猟だな。あれに乗ればラーミアってのに会えるかもしれねえぜ?」
「え、あれが!?じゃあ急がなきゃ!こうしちゃいられねえ!色々教えてくれてありがとなカイン!また今度遊びくるよ!」
「ああ…気をつけてな。」
カインの声には、ほのかな寂しさが滲む。
彼が物のない部屋に戻る後ろ姿は、まるで孤独の影を背負った亡魂のようだった。
エンディの心に、後ろ髪を引かれる思いが刺さる。
「孤独って、痛いよなあ。」
「は?」
カインが振り返る。
エンディの言葉は、まるで密林にそよぐ風のように柔らかかった。
「お前も一緒に来いよ、カイン。」
「…え?」
「俺たちもう、友達だろ?」
エンディの笑顔は、まるで夕陽の光が森を照らすように温かかった。
カインの心には、懐かしい風が吹き抜けた。
「まあ…暇だしな。付き合ってやるか。」
カインは後頭部を掻き、照れ隠しに笑った。
その表情は、まるで凍てついた湖に春が訪れたようだった。
二人は大木を降り、密林を駆け抜けた。
夕焼けの赤が彼らの背を追い、まるで新たな運命の幕が開く予兆のようだった。