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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
116/180

許しえぬ者達 咎人の背中


この男を知っている。


ルキフェル閣下の姿を視界に捉えた瞬間、エンディの胸に強烈な既視感が走った。


どこで見たのか、いつ出会ったのか、記憶は靄の中だったが、間違いなく「知っている」という確信だけが残った。


それは、魂の奥底を揺さぶられるような、途方もなく遠い過去からの呼びかけにも似た感覚だった。


「お前は…誰だ…?」


エンディは震える声でそう言った。

鳥肌が、全身を包んでいた。



「どうしましたか?もしかして、夢の中で私と会ったことでもおありですか?」


ルキフェル閣下は静かに、だが意味深く呟いた。


「貴方を見て悪夢にうなされてしまいそうなのは、私の方ですよ。現に今…貴方を目の前にしてから…この傷が疼いて仕方がないのですから。」


そう言ってルキフェル閣下は、漆黒のローブの襟元を指で引き、胸元をわずかに露出させた。


そこには、鋭利な刃物で刻まれたような巨大な傷痕が走っていた。


その痛ましい痕跡に、エンディは思わず息を飲んだ。


この傷はおそらく、500年前の風の天星使によって刻まれたもの。


そう直感的に理解し、エンディの脳裏に怒りと因縁の重みが浮かんだ。


そして、エンディは静かに、辺りをゆっくりと見渡した。


焼け焦げた王都の瓦礫、転がる無数の屍。


見るに堪えない光景が、かつての都市の面影を無惨に塗り潰していた。


怒りを抑えるのは不可能だった。


「これは…ひどいね。」


「ククク…こりゃまた、見るも無残な有様だな。」


アベルは呆然とした面持ちで呻き、アズバールは興味のなさそうな調子で嘲笑気味に言った。


「おい…これはお前らがやったのか?」


エンディは声を震わせ、まるで牙を剥く獣のような顔つきで問い詰めた。


ルキフェル閣下は、一切動じずに、静かに頷いた。


「はい。」


その一言に、エンディは全身から烈風の如き風を噴出させた。


地面が揺れ、砂塵が舞い上がる。


「絶対に許さないからな。覚悟は出来てるんだろうな?」


怒りが眉間に刻みを生み、風がその怒気に呼応して唸りを上げた。


すると、冥花軍(ノワール・アルメ)の面々が次々と姿を現し、ルキフェル閣下の傍らに集結していく。


いつの間にか、エンディ・アベル・アズバールの三人は、完全に包囲されていた。


「エンディちゃ〜ん!何をそんな怖え顔してんだあ?」


「殺してやるぜテメェらあ!!」


ジェイドとトロールが嘲笑を交えながら吠えた。


血に飢えた獣のような声色だった。


エンディは臨戦態勢に入るより先に、まずモスキーノの救出を選んだ。


血に塗れ、白目を剥いて動かないモスキーノを両手で抱え、高速でジェット機の元まで運んでいく。


冥花軍(ノワールアルメ)の誰一人として、その行動を妨げなかった。


皆、まるで何かを見届けるような沈黙の中にいた。


「ラーミア…モスキーノさんの治療を頼む。まだ死んじゃいないはずだ。」


機内にいるラーミアへ、エンディが呼びかけた。


「うん…わかった。」


ラーミアは表情を強張らせながらも、すぐに動いた。


彼女もまた、眼下に広がる破壊された都市と無惨な遺体を見て、言葉にならない痛みを感じていた。


しかし、静かに機体から降りたラーミアの姿を見て、冥花軍(ノワール)の空気が一変した。


「おい…ありゃあ…ラーミアじゃねえのか…!?」


「あれが…最重要厳重警戒対象…ラーミア…。」


ラーミアの名が響くたびに、魔法族たちの顔が引き攣っていく。


普段威勢のよい連中でさえ、足元を震わせた。


ルキフェル閣下ですら、目を見開いてラーミアの姿を凝視していた。


「どいつもこいつも、セスタヌート伯爵と同じ反応をしているね。やっぱりラーミアの能力には相当なトラウマが植え付けられているんだね。」


アベルは冷静に観察しながら、静かに呟いた。


ラーミアはモスキーノの体に両手を翳し、神々しい光を放出させる。


すると、傷がゆっくりと癒えていった。


それはエンディたちにとっては見慣れた光景だった。


しかし、冥花軍(ノワールアルメ)にとっては地獄の再来のような恐怖だった。


「う、うおぉ!?」


トロールが情けない震え声を上げ、感情の無さそうなイル・ピケや、ポナパルトを殺した男も、冷や汗を流して顔を背けていた。


ルキフェル閣下でさえ、額に一筋の汗を流し、剣の柄に手をかけたまま身構えた。


「お前ら、ラーミアが怖いんだな。でもな、お前らに殺された人達は…もっともっと怖かったはずだ!お前達の感じているちっぽけな恐怖感なんか、ある日突然幸せな日常を奪われた人々の無念や悲しみには到底及ばないと知れ!」


エンディの瞳には涙が滲み、その声は悲鳴のようだった。


だが、魔法族たちはその声を、恐怖のあまり聞き取ってもいなかった。



たとえ聞こえていたとしても、心には届いていなかっただろう。


「おいおい!冗談やめろよてめぇら!こんな小娘一匹によぉ!ビビってんじゃねえよ!俺がサクッと殺してやるよ!!」


ジェイドが吼えながらラーミアに詰め寄ろうとした、その刹那。


「ジェイドォ!不用意に近づくなぁ!」


常時冷静沈着で、誰に対しても丁寧な言葉遣いを心がけているルキフェル閣下が、怒声を上げた。


その声にジェイドは思わず背筋を正す。


「貴方一人の愚行によって、我等の存続が危ぶまれることもあり得るんですよ。浅慮な行動は謹んで下さい。」

呼吸を整えたルキフェル閣下は、いつもの冷静且つ丁寧な口調に戻っていた。


「す、すみません…閣下…。」


ジェイドが従順に従ったことで、場に再び静寂が戻る。


ルキフェル閣下は深く息を吸い、そして抜いた剣を構えた。


「ラーミアさん、貴女は我等にとって、存在そのものが危険すぎる。よって、私が直々に手を下します。どうかお許しを。」

口調は穏やかだったが、その眼には、冷たい凄みが宿っていた。



ラーミアは恐怖で体が固まってしまった。


が、その前に立ちはだかったのはエンディだった。


「そうはさせねえよ。俺が相手になってやる。」


続いてアベルとアズバールも前へと進み出る。


「僕も加勢するよ。」


「ククク…久しぶりにおもしれえ戦いができそうだぜ。」


「アズバールさん、確か貴方はエンディさん達とは過去に敵対関係にあったとお聞きしましたが…共闘とは意外ですね。」

ルキフェル閣下は、本当に意外そうな顔で言った。



「ククク…共闘だと?気色悪いこと抜かしてんじゃねえよ。天星使である俺は、てめえらの標的なんだろ?だからこっちから出向いてやってるだけだ。こんな国が滅びようが、どこのどいつが死のうが興味は無えよ。」


アズバールは相変わらず冷酷だった。

むしろその残虐で独特な凄みは増しているようにも見えた。


「そうですか…あくまで私的な理由で我等と戦うという訳ですね。いいでしょう…4人まとめて、私が殺して差し上げますよ。どうか…御覚悟を。」


ルキフェル閣下の闘気が一気に炸裂し、大気が震えた。


その圧倒的な気迫に、エンディはモスキーノの敗北も頷けると痛感した。


戦端が今にも開かれようとしたその瞬間、突如として、空間に濃密な漆黒の濃霧が現れた。


まるで意志を持つ生き物のように蠢くその黒霧は、空気ごと空間を呑み込んでいく。


「なんだ…これは!?」


エンディが背筋を伸ばして周囲を警戒する。


冥花軍(ノワールアルメ)の面々も一斉に動きを止め、ヴァンパイアたちはその場で震えながら膝を折っていた。


「子供達よ…一時撤退しろ。」


その不気味で身の毛もよだつ声は、空間を通して耳元に届いた。


エンディは、まるで本当に耳元で何者かに囁かれているような錯覚に陥り、思わず、恐る恐る背後を振り返ってみたが、無論、誰もいなかった。


「承知致しました、御闇みくら。同志の皆さん、帰還しますよ。」


ルキフェル閣下が頭を垂れた。


「待てお前ら!逃げんのか!?」

エンディは、ルキフェル閣下を追おうとする姿勢を見せながら言った。


「あぁ!?誰が逃げるって!?」


ジェイドが怒鳴るが、ルキフェル閣下は静かに告げた。


「どう捉えてもらっても構いません。御闇(みくら)の命令は絶対ですので。そう焦らずとも、いずれ近いうちに再び参りますよ。」


黒い霧は冥花軍(ノワールアルメ)の面々を包み込むと、龍の如く勢いよく空へと昇り、驚くほどあっさりと、跡形もなく消えた。


その場には、冥花軍(ノワールアルメ)も、ヴァンパイアたちも、ただの一人として残されてはいなかった。


エンディは、ただ呆然と立ち尽くす。

怒りも、悔しさも、全てが届かずに終わった現実に、拳を握りしめるしかなかった。

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