開戦1分、死者2000人
冥花軍の10体の魔法族が王都バレラルクに侵攻してから、わずか一分。
死者数は既に2000人を超えていた。
その多くは軍人だけでなく、逃げ遅れた一般市民までもが犠牲になった。
建国より500余年。
ナカタム王国史上、最悪の惨劇が幕を開けた。
「うわあぁぁっ…!バ、バケモンだぁ!」
「に、逃げろぉ…!!」
多くの兵士たちは戦意を喪失し、武器を放り投げ、泣き叫びながら瓦礫の街を彷徨い逃げ惑った。
ごく少数、抗おうとした者たちは、容赦なく、例外なく、殺され続けた。
保安隊長・サイゾーも、逃げなかった。
だがその勇気は、魔法族の一撃によって右半身を焼かれ、地に伏すという代償を支払うこととなった。
「ぎゃーー!!怖いよぉーー!!」
副官のクマシスは、サイゾーを顧みることなく号泣しながら走り去っていった。
サイゾーは滲む視界の中、逃げるクマシスの背中を静かに、そして寂しげに見送っていた。
だが、黙って見ている者ばかりではなかった。
怒れる戦士たちが、ひとり、またひとりと立ち上がり始めていた。
ロゼは玉座の間から外の様子を睨みつけていた。
その両目には怒りが宿り、槍を掴んだ手は白くなるほどに握り締められていた。
「出る。お前らも着いてこい。」
その一声に、ジェシカとモエーネは少し声を震わせながらも、強く「はい!」と応えた。
「俺も行くぜ。」
エスタもまた、抑えきれぬ怒りを拳に込めていた。
しかしそこへ、バレンティノが入室してきた。
「フフフ…行かせませんよ、国王様。」
「退けよバレンティノ!」
ロゼが怒声を上げても、バレンティノの目は揺れず、冷静さに満ちていた。
「いやいや…退きませんよ。貴方は国王なんですよ?行かせるわけ無いでしょうが。」
その言葉と同時に、玉座の間に武装した30余名の兵が続々と入り込み、ロゼたちを包囲した。
「てめえら…何の真似だよ??」
ロゼが鋭く睨みを向ける。
「フフフ…無礼な真似をお許しください。俺たちの使命は王宮を護ること…そして国王様、何を引き換えにしてでも、貴方の命だけは絶対に死守する事です。こんな未曾有の事態に、国王である貴方をみすみす危険地帯へ行かせるわけには行かないですよねえ。申し訳ないですけど、今回ばかりは力づくでも聞き入れて貰いますよ?」
バレンティノは、いつになく強い眼差しを向けた。
「くそっ!国がこんなことになってるのに…俺はこんな所で命護られながら黙って見てろって言うのかよ…!」
ロゼは拳を握りしめ、膝をつきながら床を何度も何度も殴りつけた。
「バレンティノ、あんたは行かねえのかよ?」
エスタが低く問う。
「フフフ…俺は行かないよ。マルジェラ君、モスキーノ、ポナパルトの3名が今しがた前線へと発った。あの3人が居なくなった今…誰が王宮を守護するの?」
その言葉に、ジェシカたちは言い返せなかった。
暗に「君たちだけでは守りきれない」と言われているように感じたからだ。
バレンティノの静かな言葉は、彼自身の緊迫感の裏返しでもあった。
ロゼは歯噛みしながら、ただただ、仲間たちの無事を祈るしかなかった。
一方その頃――
城下町の中心では、ポナパルトが魔法族の大男・デルタ・トロールと激突していた。
二人は正面から殴り合い、拳と拳が火花を散らすようにぶつかっていた。
「てめえみてえな強え奴が他に9体もいんのかよ…参ったぜ。」
ポナパルトは血を吐き捨てながら、皮肉を込めて笑った。
「はははっ!この国にゃ天星使以外にも強え奴がいるって聞いてたけどよ、本当だったんだな!」
トロールは破顔し、拳を鳴らして喜んでいた。
だがポナパルトに、戦いを楽しむ余裕などない。
これは遊戯ではなく、国を護るための戦いだった。
「さあ…もっともっと…楽しもうぜぇ!」
トロールは地面を叩き割り、ひび割れから持ち上がった巨大な岩を軽々と掴んだ。
「おっと、でけえな…!」
ポナパルトが身構えた瞬間、岩は凄まじい速さで投げつけられた。
だが、ポナパルトはその一撃を拳で迎え撃ち、粉々に砕いた。
「次から次へと…!」
トロールは今度は建物を、家屋を、石畳までも投げ始めた。
ポナパルトは回避と迎撃を繰り返しながら距離を詰め、トロールの眼前に一瞬で躍り出た。
「おいてめえ!どうなってやがる!?何だよそのイカれたパワーは!?」
「俺の首の花を見ろ!この花の名は“グラジオラス”!花言葉は“強さ”だ!俺はこの世の何者にも劣らない圧倒的なパワーを誇ってんだよ!」
トロールは声高に誇示した。
だがその隙を突き、ポナパルトは彼の顔面を鷲掴みにし、思い切り地面へ叩きつけた。
「花言葉がどうとかよく分からねえけどよ、お前隙だらけだぜ?自慢のパワーばかりにかまけてるからだよ、馬鹿野郎が。慢心は身を滅ぼすぜ?」
「ぐっ…てめえっ…!」
トロールは身動きが取れず、慄いていた。
「安心しろよ、一撃で決めるからよ。頭かち割れば一瞬であの世だ。楽に死ねるぜ?」
拳を振り上げ、トロールの頭を砕こうとしたその時。
「な…なんだこりゃ…!?」
突如、ポナパルトの全身を激痛が貫いた。
「おいおいトロール、何遊んでんだ?天星使でも何でもねえこんな奴相手によ、チマチマしてんじゃねえよ。」
膝をつくポナパルトの前に、口髭を生やした渋い男がゆっくりと現れた。
首には黒い花が刻まれている。
「なんだてめえ…?」
ポナパルトは、男を睨みつけながら言った。
突如全身を襲ったこの痛みはこの男によるものだと、ポナパルトは瞬時に悟った。
「気も失わねえで喋る元気まであるとはな、大した男だ。」
その男は黒い気体を右手に集めると、それを細く尖った剣へと変化させた。
「悪く思うなよ…あんた強そうだからよ、一気に殺るわ。アディオス、せめて安らかに眠ってくれ。」
そして闇の剣は、ポナパルトの心臓を貫いた。
ポナパルトは、静かに崩れ落ちた。
「おいコラ!てめえどういう了見だ!?俺の獲物を横取りしやがって!」
トロールは激昂した。
「はっ。やられそうだったくせによく言うぜ。危ねえところ助けてやったんだ、礼の一つくらいあってもいいんじゃねえの?」
二人は口論を続けながら、ポナパルトの亡骸を放置し、その場を後にした。
同じ頃――
エラルドは保育園の庭園で、魔法族・ジェイドに敗北していた。
頬を踵で踏みつけられ、顔を歪めながら地面に伏していた。
「アヒャヒャヒャ!弱っ!弱すぎんだろエラルドちゃんよぉ!?そんなもんなのか!?ああ!?」
ジェイドは長髪を後ろで束ね、女のような顔をした男。
首には、白と紫が入り混じった花が刻まれている。
しかし、その内面は獣そのもの。
狂気に満ち、残忍だった。
「クソォ…何だよこいつ、こんなことがあるかよ…。」
鉄化の能力も通じず、エラルドは絶望の底にいた。
「エラルドせんせ!」
「大丈夫!?先生!」
保育園の中から園児たちの叫び声が響いた。
泣きじゃくる声に、保母たちが懸命に対応している。
「おめえら!出てくんじゃねえよ!」
エラルドが必死に叫ぶ。
「はは〜ん、なるほどな?そりゃ背中に護るもん抱えてちゃ、思う存分戦えねえよなぁ?じゃああのガキどもぶっ殺したらよお!ちったあマシな戦い方もできるのかぁ!?」
ジェイドが右手を保育園に向けた瞬間、エラルドは叫んだ。
「やめろぉ!!頼む!それだけはやめてくれ!!」
しかし、ジェイドの放った闇の破壊光線は、保育園に届く直前、突風のごとき風によって相殺された。
「おっとお!?この風はもしや…エンディかぁ!?」
ジェイドが期待に目を輝かせる。
だが、現れたのはノヴァとラベスタだった。
「へえ…お前、エンディのことを知ってんのか。だが、残念なことにあいつは今留守だ。俺で悪かったな?」
ノヴァは余裕の笑みで言った。
ナカタム兵団の精鋭たちが周囲を囲み、ラベスタが命じた。
「保母さん達と子供達を保護して、安全な場所に避難させて。」
「はっ!」
兵団の者たちはすぐさま園内に突入し、避難活動を開始した。
エラルドは、こみ上げる安堵に息を詰まらせた。
「おいおい、てめえは確か…黒豹の天星使、ノヴァだな!?今何をしやがった?」
ジェイドが問い詰める。
「へえ、俺のことも知ってるんだな。何をしやがったって…見て分かんねえのか?お前の攻撃を相殺したんだよ。」
ノヴァは涼しい顔で余裕を持って応えた。
「だからよお、どうやって相殺したんだって聞いてんだよ!今のは風だったよな!?なんでてめえが風を操れるんだ!?そんなデータは無かったぜ?」
ジェイドは苛立った様子で尋ねた。
「今のは俺の蹴りで巻き起こした“風圧”だ。魔法族の闇の力ってのもたかが知れてるな。寝起きの運動にもならなかったぜ?」
ノヴァの煽りに、ジェイドの瞳が怒りで染まった。
「てめえっ!」
だが、その一歩は空を踏んだ。
ノヴァは恐るべき速度で、既にジェイドの背後に回り込んでいた。
「次は準備体操がてら、お前の首をへし折ってやるよ。」
ノヴァは、そのままジェイドの後頭部に渾身の蹴りを叩き込んだ。
ジェイドは吹き飛び、土煙の中に埋もれた。
「ようエラルド、災難だったな?ガキどもを護りながらとはいえ、こんな雑魚相手に随分とボロボロじゃねえかよ?」
ノヴァはニヤケ顔で言った。
「うるせえっ!」
エラルドは立ち上がり、吠え返した。
「おいおい、なんだよこの腑抜けた蹴りはよぉ?」
するとジェイドが起き上がり、首をゴキリと鳴らした。
まるで、何事もなかったかのように。
敵を倒したと思って気を抜いていたノヴァとエラルドは、信じられないという目つきでジェイドを見ていた。
「実は俺、ほぼ寝起きの状態でここに来たんだけどよぉ、てめえ如きの蹴りじゃあ眠気覚ましにもならねえんだよぉ!なあ、ノーヴァちゃんっ?」
エラルドの獣じみた笑顔に、ノヴァ・ラベスタ・エラルドの三人は、再び構えを取った。
次なる死闘の幕が、上がった。




