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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
110/180

花言葉は"夢の中"


ユドラ帝国が滅びてから、2年の歳月が流れた。

かつてその地に栄えていた威光も、今ではまるで幻だったかのように、荒廃の只中にあった。


ユドラ帝国の跡地は、現在ナカタム王国の名目上の管轄下に置かれている。


だが実際には、警備体制はほとんど機能しておらず、人間の姿はほとんど見当たらなかった。


それゆえに、この無法の荒野は、魔法族にとって理想的な潜伏場所と化していた。


旧ユドラ帝国の城下町。

今や完全にゴーストタウンと化したその町の一角に、異様な存在感を放つ巨大な館が、砂と静寂のなかにぽつりと佇んでいた。


館の外壁は薔薇に覆われていた。


そして今、その扉を押し開いて中へと入ったのは、ブロンドの長髪を風になびかせる一人の男だった。


名をベルッティ・ルキフェル。

中性的な顔立ちに反して、その眼光は鋼のように鋭く、冷酷な気配を孕んでいた。


驚くべきことに、その館の内部はすでに全ての壁が破壊されており、屋敷全体がまるで一つの巨大な部屋のような構造となっていた。


照明はなく、唯一の光源は、中央の暖炉にともるかすかな火のみ。


その陰影の中に、9体の魔法族たちが円卓を囲むように着席していた。


冥花軍ノワールアルメの皆さん、お忙しいところご足労頂きありがとうございます。」


ルキフェル閣下は淡々と告げ、静かに席に着いた。


彼を含めた10体全員の首には、異なる花の“刻紋”が浮かんでおり、それぞれが意味深い存在感を醸し出していた。


「閣下、本日はどの様な御用件で?」


低く、響くような声で大男が尋ねた。


“閣下”という呼称は、この場においてルキフェルに捧げられた敬称だった。


「先程ペルムズ王国にいる同志から入電がありました。現在同国でセスタヌート伯爵が、ウルメイト・エンディ氏とメルローズ・アベル氏と対峙している様です。」


その報告に、円卓を囲む者たちの間に波紋のような動揺が走る。


「エンディって…例の風の天星使か!!」


「閣下ぁ!俺たちもペルムズ王国に向かいましょう!」


「閣下、僕に行かせてください。エンディの首は僕がとります。」


冥花軍の面々は次々と名乗りを上げ、興奮と野心の熱を噴き上げていた。


だが次の瞬間、館内の暖炉の火が、突如として消え失せた。


闇が支配するその空間に、不気味な声がこだました。


「その必要は無い。」


空間が歪み、館の中心に黒い渦が現れ、それが空気そのものを浸食していくかのように拡がっていった。


「御闇…いらっしゃったのですか。」


ルキフェル閣下が恭しく頭を垂れた。

その声の主は、魔法族を統べる存在。

“御闇”と呼ばれる大いなる存在である。


その登場に、冥花軍(ノワールアルメ)のメンバーたちの反応は三者三様だった。


三人は恐れおののくようにカタカタと震え、視線を彷徨わせていた。


また三人はその声に陶酔しきりで、目を細めて恍惚の表情を浮かべていた。


そして残る四人、ルキフェル閣下を含む者たちは、一切の動揺を見せず、無言のまま静謐を保っていた。


「“子供達”よ、これよりナカタム王国へ侵攻を果たせ。天星使諸共ナカタムの民を皆殺しにし、徹底的に蹂躙しろ。」


御闇の命令は、闇の帳のように重く、確実な死を運命づけるものだった。


ルキフェル閣下はそれを受け、即座に冥花軍の出撃準備に取り掛かった。


──そして場面は再び、バンホイテン砂漠へと転じる。


エンディが機内から飛び降りて間もなく、ジェット機は砂煙を上げて着陸した。


アベルはすぐに降り立ち、機体の前に立って周囲を警戒していた。


その後を追うように、ラーミアが機内から降りようとしたが、彼女の腕をそっと制止したのはアベルだった。


「ごめんね、ラーミアは絶対に降ろすなってエンディから頼まれてるんだ。」


そう言われたラーミアは、しゅんと肩を落とし、諦めたように機内へと戻っていった。


その姿を見送ったアベルの横顔には、どこか申し訳なさの色がにじんでいた。


ラーミアは窓の向こうから、心配そうな眼差しをエンディに注ぎ続けていた。


一方、エンディとセスタヌート伯爵は、砂漠の中心で向き合っていた。


セスタヌート伯爵はわずかに震えていた。

だがその震えは恐怖によるものではなく、いわゆる武者震いだった。


「あんた、どうして俺のことを知ってるんだよ?」


エンディは訝しげに問いかけた。


「ほっほっ、それは当然でしょう。なぜなら君は、閣下が指定した5人の要警戒人物の1人だからねえ!」


エンディは眉をしかめた。


「閣下?要警戒人物?」


彼にはまだ話の全容が掴めていなかった。


「君のことも知っているよ!水の天星使、メルローズ・アベル!因みに君の実兄のカインも、要警戒人物の1人に換算されているよ!」


セスタヌート伯爵は横目でアベルを見やり、楽しげに笑った。


「きもい爺さんだね。僕たちのこと色々言う前にさ、まず自分の氏素性を明かしなよ。」


アベルの口調は露骨に嫌悪を滲ませていた。

兄と比較されるような発言は、未だに彼の地雷らしい。



「我輩は冥花軍ノワールアルメの1人、セスタヌート伯爵!君達の首をとり、御闇に献上する者だ!さあ君達、やっておしまい!」


その号令に応じ、33体の魔法族が一斉に襲いかかってきた。


しかし次の瞬間。


エンディは、風の力を一切使わぬまま、わずか数十秒で33体全てを、素手で撃破した。


一体一体に的確な打撃を叩き込み、魔法族たちは昏倒して砂に沈んだ。


「ふっ、トドメさしてないじゃん。相変わらず甘いねえ。」


アベルは鼻で笑い、淡々とそう言い放った。


その様子を目の当たりにしたセスタヌート伯爵は、逆に不敵な笑みを浮かべた。


「ほっほっ、トレビアーン!これくらいはやってもらわないとね!それでこそ…殺し甲斐があるってものだ!!」


セスタヌート伯爵は剣を抜き放ち、閃光のような動きでエンディの背後を取った。


だが、斬撃は空を切った。


エンディはそれをひらりと躱していたのだ。


さらに、セスタヌート伯爵が再度剣を振り下ろそうとした瞬間、刀身がパキンと折れ、空中を舞った。


「探し物はこれか?」


エンディはその折れた刀身を片手にぶらぶらと揺らしながら言った。


「舐めるなよ!!小僧がぁ!!」


怒声と共に、セスタヌート伯爵は強烈な死雨を放った。


しかし、それさえも、エンディの人差し指から生じたわずかな風の一閃で、呆気なく打ち消された。


「おい、お前がさっき言ってた冥花軍ノワールアルメってのは何だ?」


エンディは警戒を解かぬまま問いかけた。


「ほっほっ…冥花軍ノワールアルメ…それは偉大なる我らが御闇から血肉を分け与えられた、選ばれし魔法族の総称…。魔法族の中で最も名誉ある称号だ…。そして我輩もその内の1人!」


セスタヌート伯爵は誇らしげに胸を張った。


「そうか…。御闇ってのが誰なのか知らねえが、お前程度の奴が他に何人いようが全く怖くねえな。」


「なーんだ、筆頭戦力の1人がこの程度って…魔法族って思ってたより全然大したことないんだね?とんだ肩透かしだよ。」


エンディとアベルは、息を合わせたように吐き捨てた。


「ほっほっ…君達、知らないのか?500年前…天星使オンジュソルダ共が、どれほど我らに苦戦を強いられていたのかを…。」

セスタヌート伯爵は不敵に笑った。


「何が言いたい?」


エンディの目が鋭く細められる。


セスタヌート伯爵の口ぶりには、まだ切り札があることを予感させるものがあったからだ。


「我輩はまだ微塵も力の底を出していない。ほら、我輩の首に刻まれた花をご覧。」


セスタヌート伯爵は、自身の首元に彫られた黄色い花をゆっくりと晒して見せた。


「ずっと思ってたけど…随分と悪趣味な彫り物だね。タトゥー自慢なら他所でやれば?」


アベルはあざけるように言った。

だがセスタヌート伯爵は、まるで称賛でも受けたかのように上機嫌だった。


そして、不気味な声色で言い放った。


「ほっほっ…これはタトゥーじゃないよ。“刻紋”だ。我輩の司る花は“エンジェルトランペット”。花言葉は…“夢の中”だ。」

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