闇の伯爵と黒き空の凶兆
ペルムズ王国。
“砂漠の国”と謳われる軍事大国。
その広大な南部に広がる、世界最大規模のバンホイテン砂漠では、現在、異常な紛争が巻き起こっていた。
ペルムズ王国の軍は事態を重く見て、急遽討伐部隊を結成。
総勢100名を超える精鋭が、旧ユドラ軍と謎の軍勢による小競り合いを沈静化すべく、灼熱の砂漠を巡回していた。
やがて、部隊長の男が、砂丘の陰にうずくまる一団を発見する。
三十余名の集団。
その顔ぶれは、くたびれ果て、疲労と絶望にまみれた者ばかりだった。
旧ユドラ軍の残党である。
「コラー!貴様らユドラ人だな!?他所の国で随分と好き勝手やってくれたもんだな!?神妙にしやがれ!!」
部隊長が怒鳴りながら号令をかけると、隊員たちが一斉に駆け出した。
だが意外なことに、旧ユドラ軍の者たちはむしろ安堵したような表情を浮かべ、砂の上から跳ね起き、討伐部隊の方へと駆け寄ってきた。
「た、助けてくれえ〜〜!!」
「あんたらペルムズ王国の軍人か!?頼む、俺たちを匿ってくれ!」
その様子に、討伐隊員たちは困惑し、立ち尽くした。
「待て!お前ら何を企んでいる?助けてくれとはどういう意味だ??」
部隊長の眉間には皺が寄り、疑念が走った。
「俺たち魔法族の奴らに狙われてるんだ…!」
「仲間もほとんどやられちまった!」
「あんたらも早く逃げたほうがいいぞ!」
旧ユドラ軍の者たちは声を震わせ、恐怖に取り乱していた。
「魔法族…だと…!?」
部隊の面々はざわめき出す。
その名を耳にした瞬間、空気がひやりと冷えたように感じられた。
「お前ら!旧ユドラ軍を1人残らず拘束しろ!」
部隊長が即座に指示を飛ばすと、隊員たちは機敏に動き、結束バンドで旧ユドラ軍の者たちの手足を縛っていく。
「おい!こんなことしてる場合じゃねえぞ!早く逃げろ!」
一人のユドラ人が叫ぶ。
「話は後で聞く。とりあえずお前たちは、大人しく投降しろ。」
部隊長は冷静に告げた。
だが、次の瞬間、空を見上げた隊員たちの声が凍りついた。
「おい…なんだこいつら…??」
それに釣られて部隊長も視線を空へ向けた。
そこには、黒煙のような蒸気を纏いながら、漆黒のマントを翻す無数の人型生命体が、乱雑に宙を漂っていた。
「う…うわあぁぁぁ!!」
旧ユドラ軍の者たちが、底知れぬ恐怖に突き動かされるように絶叫した。
「何だ…あれは…!?」
部隊長の口から漏れたのは、もはや軍人としての冷静さを失った言葉だった。
そう、それこそが、ペルムズ王国が“謎の軍勢”と称していたものの正体。
すなわち、魔法族だった。
「死ねぇーー!!」
「ぶっ殺してやるぜオラーーッ!」
魔族たちは下品な笑い声を響かせながら、黒い破壊光線を地上の兵たちに浴びせかけた。
その攻撃は凄まじく、ペルムズ王国の討伐部隊も、旧ユドラ軍も、ほとんど何の抵抗もできぬまま、瞬く間に壊滅した。
そして、血のように赤黒く染まった砂漠の上に、魔法族たちは降り立った。
その中のひとりが、死体の山を見下ろしながら声を上げた。
「伯爵!こいつらどうしますか??」
名を呼ばれたその男、セスタヌート伯爵は、上品な老紳士の姿をしていた。
首には黄色い花を模した刺青のようなものが、絡むように刻まれている。
「ほっほっ。生存者が数名いますね。些かツメが甘いのでは?」
その声に、他の魔法族たちはビクリと肩を震わせた。
「も、申し訳ございません!直ちにトドメをさします!」
「ほっほっ…待ちなさい。そう逸ってはいけませんよ。生存者は連れ帰り、闇の力を与えてこちらの手駒にしましょう。」
セスタヌート伯爵は優雅な所作で手を振りながら言った。
「承知致しました!そして伯爵、報告が御座います。どうやらこの旧ユドラ軍の頭目は、木の天星使、アズバールのようです!」
その名が出た瞬間、伯爵の眉がわずかに動いた。
「ほっほっ、それはまた予期せぬ幸運だ。行き場を失ったユドラ人を取り込み戦力増強を図った此度の遠征で、よもや天星使とあいまみえるとは!我輩にツキがまわってきているな!アズバールの首を献上すれば、御闇はさぞお喜びになるに違いない!」
セスタヌート伯爵の顔に、満足げな笑みが広がった。
その時、瀕死の状態で倒れていたペルムズ王国の部隊長が、立ち上がりざまにセスタヌート伯爵を睨みつけた。
「この国から…出て行け…。」
かすれた声だったが、その意志は鋼のように揺るがなかった。
「ほっほっ、勇ましいね。ペルムズ王国にもイキの良い戦士がいるんだね。君、我輩の仲間にならないか?歓迎するよ。」
セスタヌート伯爵が手を差し伸べる。
「ふざけるなぁーっ!!」
部隊長は剣を引き抜き、叫びながら斬りかかった。
だが、刃が届く前に、セスタヌート伯爵が放った死雨が、彼の肉体を呑み込み、跡形もなく消し去った。
その威力は、他の魔法族たちの放つ死雨を遥かに凌駕していた。
「ほっほっ、残念だ。弱き者は強き者に従う他生きる術が無いというのは自然の摂理であり普遍の原理であるというのに。それすら知らぬ愚か者には安らかなる死を与えよう。」
セスタヌート伯爵の声には、冷たく濁った狂気が滲んでいた。
「伯爵、これからどうしますか?もう骨のある奴は居なそうですが…。」
そう尋ねた魔法族の男は、言い終わるや否や、セスタヌート伯爵の死雨を受け、肉体ごと消し飛ばされた。
他の魔法族たちは、一様に蒼白となった。
「これからアズバールの首を持ち帰るという話をしていたばかりでしょう。我輩の話を聞き捨てる者は死あるのみ。さあ皆の衆!これよりアズバールの捜索に入るぞ!」
両手を打ち鳴らしながらそう言うと、魔法族たちは慌てて散開していった。
だがその時、上空から、甲高いエンジン音が響きわたった。
全員の動きがピタリと止まる。
その音は、ジェット機のものだった。
低空で旋回しながら、着陸態勢に入っていた。
その機体から、何者かが地上へと飛び降りた。
「おい、飛び降りやがったぞ!」
「何者だ!?」
魔法族たちはざわつき、視線をその一点に集中させる。
次の瞬間、着地したその者が、砂煙の中から姿を現した。
「よう。あんたら魔法族か?」
その人物、エンディは、勇ましい顔でそう言った。
「こ…こいつは…ウルメイト・エンディ…!!」
セスタヌート伯爵の顔色が、瞬時にして強張った。
その目に宿った動揺は、誤魔化しようもなく、露わだった。




