自己犠牲的な密航者
エンディとアベルは、急ぎ足でジェット機へと飛び乗った。
もちろんそれは、ロゼが所有する王室御用達のプライベートジェット機。
例の、毎度おなじみのやつだった。
「よーし!さっさとペルムズ王国に行こうぜ!」
エンディは浮かれ気味に声を上げた。
「エンディ、そんなはしゃがないでよ。旅行じゃないんだから。」
アベルは隣で冷静にたしなめた。
昂揚するエンディの様子に対し、彼は妙に落ち着いていた。
「おいちょっと待てえ!どうしてオレ様がオメェらと同行しなきゃならねえんだ!」
突然、コックピットから怒鳴り声が響いた。
声の主はもちろん、操縦席に座るダルマインだった。
どうやら、彼は無理やりエンディとアベルに連れ出されたらしい。
「だって俺たち操縦できねえもん。頼めるのお前しかいないし。」
エンディは悪びれる様子もなく、当然のような口ぶりで答えた。
「文句言ってないでさっさと離陸してよ。君はこういう時にしか役に立たないんだからさ、黙って言うこと聞いてればいいんだよ。」
アベルが淡々と突き放すように言い放つと、ダルマインは肩を落とし、諦めたように操縦桿を握った。
「はぁ〜〜…分かったよ、やりゃあいいんだろ!?めんどくせえなぁ。その代わりオメエら、何を引き換えにしてでもオレ様の命だけは死んでも守れよ!?」
半ばヤケクソ気味にそう叫びながら、ダルマインはエンジンを始動させた。
ジェット機が唸りを上げ、滑走路を駆け抜け、やがて空へと舞い上がっていく。
「うほー!やっぱ楽しいなあ!」
エンディはシートに身を沈めながら歓声を上げた。
まるで遊園地のアトラクションに乗った子どものような笑顔だった。
目的地は、魔法族と旧ユドラ軍が激突しているペルムズ王国の砂漠地帯。
到着までの所要時間は約2時間。
空の旅が静かに始まった。
そして、ジェット機が高度一万メートルに達し、安定飛行に入ったその時だった。
「わあっ!」
不意に背後から声が飛び、エンディの背中を軽く叩く者がいた。
「うわあぁっ!」
驚いたエンディが大声を上げた。
その声にアベルとダルマインも思わず身を震わせる。
エンディが振り返ると、そこにはラーミアがいた。
なんと彼女は、出発前にこっそりジェット機へ忍び込み、離陸までの間、機内の食品庫に身を潜めていたのだ。
「えぇ!?ラーミア!?何で居るんだよ!?」
エンディは驚愕した。
「えへっ、来ちゃった。」
お茶目に笑うラーミア。
「来ちゃったって…。」
アベルは呆れ顔でため息をついた。
すると、エンディは血相を変えてコックピットへ走り出した。
「おいダルマイン!一旦戻れ!」
「はぁ!?なんでだよ!?」
「ラーミアを連れて行くわけにはいかない!」
エンディは、これから向かう地が危険な紛争地帯であることから、彼女を同行させることがどうしても許せなかった。
「一旦戻ってラーミアを降ろす!ペルムズ王国にはその後に向かおう!」
「ふざけんなよめんどくせぇ!ここまで来て何でまた戻らねえといけねえんだ!オレ様をコキ使うんじゃねえよクソガキ!」
エンディとダルマインの口論が機内で白熱する。
その様子を見守っていたアベルは、無言のまま額に手を当て、明らかに苛立ちを募らせていた。
そんな中、ラーミアがゆっくりと歩み寄り、エンディの隣に立った。
「エンディ、私も一緒に連れてって?」
彼女はまっすぐにエンディの瞳を見つめ、優しい笑みを浮かべながら言った。
「だめだ!今から行く場所は紛争地帯なんだぞ?そんな危険な場所にお前を連れていくわけにはいかない!」
エンディは真剣な声で言い放ったが、ラーミアは怯むことなく、静かに言葉を返した。
「そんなこと言ったら、バレラルクに居たって同じでしょ?いつ魔法族の人達が襲撃に来るか分からないんだから。どちらに居ても危険な事に変わりはない。だったら私は、エンディのそばに居たいの。」
その落ち着き払った言葉に、エンディは反論の糸口を失った。
「ラーミア…。」
「大丈夫、エンディが怪我をしたら私が絶対に治すから。ね?」
ラーミアの笑顔は、春風のように柔らかく、しかし内には決して揺るがぬ強い意志が宿っていた。
エンディの胸には、嬉しさと共にある種の不安が広がっていた。
彼の心を重くさせていたのは、ラーミアがこれまで何度も見せてきた、自己犠牲の精神だった。
2年前、彼女は、旧ドアル軍がインドラなる円盤でバレラルクに侵攻した時、真っ先に人々を守ろうと前に出た。
エンディが旧ドアル軍の兵士たちから集団暴行を受けた時も、その場で彼の盾となろうとした。
そして何より、あの忌まわしい闇の力を取り込んだイヴァンカを、命懸けで封印したあの時。
あれは、ラーミアが持つ退魔の力を使った禁忌の術だった。
術者自身の命をも蝕むそれは、過去に同様の力を持つ天星使が命を落としてまで使った危険な技法。
実際、500年前の血戦では、術者が魔法族の筆頭格を封じるために命を落としていた。
2年前は、イヴァンカが吸収した闇の量が少なかったため、ラーミアは九死に一生を得た。
だが、エンディにとっては心臓が凍りつくほどの恐怖だった。
だからこそ、また彼女が命を投げ出すのではないかという懸念が、今も彼の胸を離れなかった。
「分かったよ、好きにしろ。その代わり、絶対に俺の側を離れるなよ!」
とうとうエンディは折れた。
その瞳には、ラーミアの強さに屈した悔しさではなく、彼女を見守り続ける覚悟が宿っていた。
「はーい!聞き入れてくれてありがとう!」
ラーミアは明るく笑った。
その無邪気な笑みが、少しだけエンディの不安を和らげた。
一方、アベルは窓の外を眺めながら、静かに溜め息をついた。
先が思いやられる。
その胸の内には、そんな感情が確かに芽生えていた。




