神を倒した英雄、麦を育てる
イヴァンカとの戦いから、すでに二年の歳月が流れていた。
終戦後まもなく、エンディたちはナカタム王国へと帰還し、王都バレラルクでは盛大な戴冠式が挙行された。
その場でロゼが正式に国王として即位した。
新たな王として彼がまず取り組んだのは、ユドラ人の選別だった。
滅亡したユドラ帝国の民間人や戦闘員は、終戦直後に連合軍によって拘束された。
だが多くの者はイヴァンカへの恐怖ゆえに従っていたにすぎず、強い信念を持った狂信者は少数だった。
思想矯正の余地があると見なされた者たちは、ナカタム王国あるいは同盟国に国籍を移し、現在は各地で市民として生活している。
一方で、過激な思想を捨てられなかった者たちは、各国の監獄や収容施設に移送されたまま消息を絶っていた。
中には逃亡し、行方をくらませている者たちも多い。
彼らの一部は徒党を組み、武装集団として活動を始めているという報告も世界各地で散見されていた。
ただし、現時点では目立った事件は起こっていない。
元・聖衛使徒隊の戦闘員たちは、今は王都バレラルクでそれぞれ穏やかな暮らしを送っていた。
マルジェラは、全員一致の推薦を受けて、再び将帥の座へと返り咲いた。
イヴァンカに斬られ隻腕となったが、なおその身体には将帥としてふさわしい気迫と戦闘力が漲っていた。
エラルドは保育園で保父として働いている。
それは奇しくも、亡き戦友バスクがかつて口にしていた願いを無意識に引き継ぐ形となっていた。
アベルはナカタム兵団に入団し、今では統括官。
組織内でも第三位にあたる高官として活躍していた。
アマレットは王宮でラーミアとともに給仕の仕事をしていたが、今は出産を控えて産休中。
母となる準備に心身を注いでいた。
カインは無職。
そして、エンディはというと、小さな農場で個人農家としての人生を送っていた。
終戦後、ロゼが贈った40坪の土地を農地にし、エンディはそこで麦を育てている。
贅沢とは無縁の暮らしだが、土にまみれながら働く日々に、彼は静かな幸福と充実を感じていた。
その日も、エンディは額に汗を光らせ、泥にまみれながら懸命に土を耕していた。
すると、近くを巡回していたサイゾーとクマシスが、のどかな声をかけてきた。
「お〜いエンディ、頑張ってるかあ?」
サイゾーの明るい声に、エンディは手を止め、土まみれの顔でぱっと笑みを浮かべた。
「あ!サイゾーさんにクマシスさん!お疲れ様です!」
土の匂いと汗に包まれた笑顔だった。
「ご苦労さん、商売繁盛かい?」
クマシスが帽子のつばを押さえながら尋ねた。
「いやあ、まだまだ全然です。農業は競争が激しいですからね、俺みたいな個人農家が生き残るのは本当に厳しいですよ。」
少し偉そうな口ぶりで言うエンディを、サイゾーとクマシスはしげしげと見つめた。
「しかし…世界を救った男が今は農家だなんて…ギャップがすごいな。」
サイゾーが小さく笑いながら呟くと、エンディは照れ臭そうに、しかしまっすぐな声で答えた。
「はははっ、確かにそうですね。でもね…俺、毎日泥だらけになって働いてる今の自分が、結構好きなんですよ。世界中の人間が武器を捨てて、土を触って自然の恩恵に感謝をする…そしてほんの少しのご飯と綺麗な水と、心から分かり合える人達…これさえあれば、世の中から争いなんて無くなると思うんですよねえ…。」
言いながら、エンディは麦畑の向こうに広がる青空を仰ぎ見た。
その目には、どこか悟りのような静謐な光が宿っていた。
「悟りでも開いたんか?」
クマシスが肩をすくめて茶化すように言った。
「エンディ、変わったなあ。今のお前、すごく良いよ。」
サイゾーが心から感心したように頷いた。
二年前。
記憶喪失で、自信も誇りも失っていたあの少年はもういない。
戦いの果てに自分を取り戻し、そして何よりこの平和な二年間が、彼を静かに、しかし確かに成長させたのだ。
「あ、そうだ。そういえばダルマインのやつ、最近やけに羽振りが良さそうなんだけど、何か知らないか?」
サイゾーがふと思い出したように訊いた。
「ああ、あいつは恐喝した金を軍資金にして海運会社を立ち上げて大成功したらしいですよ。金銀財宝身につけて毎晩飲み歩いてますね。」
エンディがさらりと告げると、サイゾーとクマシスの顔がみるみるうちに曇った。
「ムカつくぜあの成金ブタ野郎!超法規的措置をとってぶっ殺しに行ってやる!!」
クマシスが怒りに身を震わせ、腰の銃に手をかける。
「よせクマシス、気持ちは分かるが。」
サイゾーがやれやれとため息をつきながら、彼の腕を押さえた。
だがその時、麦畑の向こうから、誰かが息を切らせて駆けてくるのが見えた。
ラーミアだった。
「エンディー!」
声を張り上げながら駆け寄ってくる彼女の表情は、喜びとも不安ともつかぬ複雑なものだった。
だがエンディの姿を目にすると、ラーミアはその場で立ち止まり、肩で大きく息をしていた。
「おうラーミア、どうしたんだよそんなに慌てて?」
サイゾーが尋ねた。
ラーミアは顔面蒼白で、隣に立っているサイゾーとクマシスに気づくことすらできないほど、頭が真っ白になっていた。
「ラーミア、落ち着け。一体何があったんだ?」
ただならぬ気配を察したエンディが眉をひそめながら尋ねると、ラーミアはようやく声を絞り出した。
「産まれたの…アマレットが…アマレットの子供が産まれたの!!女の子だって!!」
その言葉とともに、ラーミアの瞳からは感極まった涙が溢れていた。
「えぇ〜〜!?!?」
予想より早い出産報告に、エンディ、サイゾー、クマシスの三人は声を揃えて大声を張り上げ、農道に響き渡った。




