女神の裁き 神を夢見た者の末路
「イヴァンカ…お前はどうしてそこまでして力を欲する?その先で何を見ようとしているんだ?」
エンディが問うた声は、怒りではなく、静かな哀しみを帯びていた。
「私はね、不変の原理になりたいんだ。未来永劫この世界に君臨する絶対的な存在…この世の理にね。」
イヴァンカは一切の迷いを見せずにそう語った。
その目には信仰にも似た狂気が宿っていた。
エンディはその姿に憐れみを隠せず、眼差しを沈ませた。
「この世界に存在する”人の上に立つ者”の過半数は紛い物だ。彼らは自身を実力以上に魅せる術と話術に長け、それを駆使して大衆を翻弄しているに過ぎない。そして巧妙に自身に忠誠を誓わせているんだ。そうすると大衆の上に立った者は、自らを慕う者たちに自らの無能さが露見してしまうことを恐れるあまり、身の丈に合わない言動を繰り返すことで次第にボロを出し、それに気がついた大衆はまるで悪い夢から覚めた様に、掌を返してその者から離れていく。」
イヴァンカの語りは延々と続いた。
エンディはその論理を呆れながらも最後まで黙って聞いていた。
「しかし真に才覚ある稀有な存在たる者は、何も言わずとも崇拝され盲信者が集まってくる…神がそうである様に。私は今まで、ただの一度たりとも麾下の者達に”自らを崇拝し忠誠を誓え”などと強要をしたことはない。それは私が超越者たるゆえ、究極の生命体である私に本能的に従っていたに過ぎないのだ。」
語り終えたイヴァンカの身体がゆっくりと空中へと浮かんだ。
闇と雷の力が交錯し、彼の全身を覆う黒い雷が、空間そのものを歪ませていく。
その異様な光景に、エンディは体を震わせ、言い知れぬ恐怖を覚えていた。
しかし。
「大丈夫、私がそばにいるから。」
ラーミアがそっと彼の手を包み込んだ。
その言葉にエンディの身体の震えが止まり、瞳に再び力が宿る。
ラーミアの温もりが、戦意を再燃させたのだ。
「ラーミアだけじゃねえよ。俺たちも一緒に戦うぜ?」
カインが力強く言った。
エンディが振り返ると、傷だらけの仲間たちが次々と集い、その背中を守るように整列していた。
「イヴァンカ、エンディがどうしてこんなに強くなったか分かるか?エンディはな、人のために心から喜んだり怒ったり悲しんだり出来るんだよ。それこそがエンディの強さの源だ。」
カインの声には、仲間を思う熱がこもっていた。
「何を言い出すかと思えば…カイン、お前はもう少し賢い子だと思っていたがな。」
イヴァンカは冷笑し、侮蔑のまなざしを向けた。
「人と人との繋がりや絆、その尊さはお前には一生分からねえだろうな?人が人を強くして成長させていくんだ。そしてその強さに限界はない。自分1人の欲望の為に戦ってるお前なんかに、俺たちは絶対に負けねえぜ?」
カインは一歩も引かず、イヴァンカを真っ直ぐに睨みつけた。
「戯言だな。1人で戦うことも出来ない烏合の衆の言葉など、何の重みもない。そして良いことを教えてやろう…200万を超える我が配下の憲兵隊が、間もなくナカタム王国に侵攻を果たす。3将帥無きナカタム王国の軍事力など、無に等しい。バレラルクなど瞬く間に陥落してしまうだろうな。世界一の軍事大国ナカタムを落とせば、世界は必然的に我が手中に落ちる。お前たちなど、私の覇道に転がる砂粒に過ぎないと知れ!」
イヴァンカは雷帝としての威厳と狂気を込めて宣言した。
「残念ながらお前んとこの憲兵隊員は、誰一人ユドラ帝国の敷地外へ出ることが出来ねえぜ?俺の部下が今頃足止めしている筈だからな。」
ロゼが飄々とした口調で応じた。
「つまらない冗談だな。見苦しいぞロゼ王子、200万を超える兵力の侵攻を阻むことなど不可能だ。お前如きの部下では、時間稼ぎにすらならないよ。」
イヴァンカは余裕と侮辱を混合させた笑みで言った。
「冗談だと思うならよ、双眼鏡でも使っててめえの国の領海を見てみろよ。」
その余裕のある笑みに、イヴァンカはついにロゼの言葉が虚勢でないことを悟った。
「ナカタム王国はな、世界中に点在する27カ国もの大国と軍事同盟を結んでんだよ。そしてその同盟の主導権は、俺たちウィルアート家が握っている。今ユドラ帝国の周りには、ウチを含めた28カ国の精鋭達により結成された連合軍が包囲している。その数はざっと…3000万くらいだぜ?」
ロゼは勝ち誇った様に言った。
「3000万だと…?そんなバカな。」
動揺を隠しきれず、イヴァンカは言葉を失った。
「バカはてめえだよ。この俺を誰だと思ってんだ?ナカタム王国第84代国王、ウィルアート・ロゼ様だぜ?」
ロゼの名乗りが場を震わせた。
「おお!ついに国王の座を継承する決意がかたまりましたか!帰国したら、盛大に戴冠式を執り行いましょうね!」
モスキーノは飛び跳ねそうな勢いで歓喜していた。
その間も、連合軍はユドラ帝国を包囲し、憲兵隊を蹴散らしていた。
総指揮官はサイゾー、副指揮官はクマシス。
「いけー!てめえらー!ぶちかませー!」
クマシスは剣も抜かず、豪快に叫んでいた。
「俺は狐…虎の威を借り、巧妙に世渡りをする賢くて頭脳明晰な狐。自分より強い奴らを顎で使うのは最高に気持ちがいいぜー!!」
その姿はどこか滑稽で、同時に痛快だった。
連合軍の戦士たちは、偉そうなクマシスに対する憤りを、ユドラ帝国の憲兵隊員を打ちのめす事で晴らしていた。
「クマシス、初めてお前の心の声に共感したよ。今日は俺たちの人生最高の日だ。この快感、存分に噛み締めて生涯忘れるなよ?」
サイゾーもまた誇らしげに笑った。
イヴァンカは、覇道の行く先を塞がれ、唇を噛んで悔しさに震えていた。
そんな彼に、ロゼが決定的な一撃を放った。
「てめえだけは絶対に逃がさねえぜ?これで…てめえの下らねえ野望が成就する前に、てめえをぶっ潰す準備は全て整った。なあ雷帝、あんま俺たちを甘く見んなよ?」
ロゼは両目を見開き、ペロッと舌を出し、イヴァンカを見下ろす様に言った。
最大の敵を前に勝利を宣言したも同然の一撃を放った事で、その心は快感に満ち溢れていた。
「それで…それで私に勝ったつもりか!思い上がるなよ!貴様らもその連合軍とやらも、全て私の黒い雷で葬り去ってくれる!」
イヴァンカは怒声をあげた。
「フフフ…万策尽きて万事休す…四面楚歌で孤立無縁…雷帝さん、随分と御乱心だねえ。心に余裕が無くなってきた証拠だね。」
バレンティノが薄笑いを浮かべながら、ボソボソと嘲った。
すると、イヴァンカが怒りに身を任せて振り上げた剣から、黒い雷の球体が放たれた。
その直径は100メートルを超え、まさに世界を滅ぼす暗黒の核だった。
「いくぞーーー!!」
エンディが叫び、右手に風の全てを集中させた。
「隔世憑依 太陽の化身」
カインもまた隔世憑依の形態に入り、並び立って放つ最大火力の炎を黒球へ叩きつけた。
しかし、イヴァンカの力はそれすらも凌駕していた。
2人は徐々に押されていく。
「カイン…この戦い、絶対に勝つぞ!そしたらさ、また一緒に遊ぼうぜ?」
「はっ、当たり前だろ親友!」
カインは若干小っ恥ずかしそうに応えた。
崩れそうな力を、言葉で支え合う。
2人の心はひとつになった。
その時、エンディの耳にかすかな声が届いた。
「挫けそうになったら空を見上げろと言っただろ?」
「良かった、カイン君と仲直り出来たんだね。」
空を仰ぐと、そこには両親の幻影が笑っていた。
すぐに消えたその姿は、確かにエンディを見守っていた。
「見守ってくれてたんだ…ありがとう!」
その言葉と共に、信じられないほどの力がエンディの中から解き放たれた。
「馬鹿な‥なんだこの力は!?」
イヴァンカは恐怖に染まり、黒球は消滅した。
彼の身体は風に切り裂かれ、炎に灼かれた。
しかし、それでもイヴァンカは生きていた。
剣を握りしめ、エンディとカインの前へ舞い降りる。
狂気と恐るべき執念を孕んだ表情で、2人を目掛けて一直線に下降した。
もう何も残っていないはずだった。
だが、エンディは最後の最後の、それこそ火事場の馬鹿力を振り絞り、風を纏った拳を、イヴァンカの腹部へ叩き込んだ。
イヴァンカの身体は空高く吹き飛ばされた。
まるでロケットやミサイルの類の物が発射されたかの様なとてつもない速度で、目視出来ない程の遥か彼方へと飛んで行った。
エンディは力尽きて崩れ落ちそうになった。
その身体を支えたのは、カインだった。
「よくやったぞ!おめえら!」
ポナパルトが笑顔で駆け寄ってきた。
「勝ったぜ、あの雷帝によ!」
ロゼは堂々と、誇り高く言った。
しかしその刹那。
イヴァンカが再び目の前に立っていた。
見えなくなる程遠くへ飛ばされた筈の彼が何故、いつの間に、一体どの様にして戻ってきたのか。
瞬間移動をした、としか説明の出来ない出来事だった。
勝利を確信し、一瞬の愉悦に浸っていたエンディたちであったが、流石に度肝を抜かれ震撼した。
「褒めてあげるよ…この私をここまで追い詰めたことはね。しかし君達の行いはあまりにも罪深い。相応の天罰を受けてもらうよ。」
イヴァンカは再び黒い雷の球体を生成した。
今度は先ほどと比べると随分と矮小だったが、それでも、満身創痍の彼らに絶望と死を与えるには充分過ぎた。
全員が死をの覚悟を決め、諦めていた、その時だった。
なんと、イヴァンカの体が突然光り出したのだ。
眩く神聖な光に包まれたイヴァンカは、未だかつてないほど困惑し、激しく動揺していた。
「な…なんだ…これは!?」
「これは封印術よ…500年前、私と同じ能力をもった天星使が、魔王を封印するときに使ったのと同じね。闇の力を吸収したあなたは、この封印術の対象物となってしまったの。」
ラーミアが両手を翳しながら語った。
「バカな!貴様…なぜその術を使えるんだ!?」
発光したイヴァンカの顔は、神秘的な眩い光に似つかわしくないほど、絶望に歪められていた。
「私がこの国に連れてこられて幽閉されているとき、マルジェラさんが古い文献を持ってきてくれたの。あまり詳しくは記載されていなかったけど、そこには私と同じ力を持った天星使が、魔王を封印するときに放った術の名前が書いてあったわ。私を甘く見て、私に時間を与えすぎたことがあなたの敗因ね。」
「ラーミア、知っているのか?その術は不老不死と同じ禁忌の術…発動すれば術者も絶命するんだぞ?」
イヴァンカは静かに脅迫する様に言ったが、ラーミアは一切動じておらず、凛とした強い眼を崩さなかった。
「もちろん知っているわ。だけどそれは、500年前に世界を蹂躙した魔王と、その配下の魔法族全員の…夥しく多量な闇の力を封印したからよ。あなたが吸収した闇の力はほんの微量…その程度の力、私は些少の寿命も削ることなく封印できるわ?」
「微量だと…?これほどの力の奔流が…?そんなバカな…。」
イヴァンカは、ラーミアの発言が信じられなかった。
「あなたは仮にも、500年前に世界を護るために命を賭して戦った、雷の戦士の転生者…それなのに闇の力なんかに手を出した、その報いよ。あなたは永劫、日の光を浴びることなく孤独に生きるのよ。」
ラーミアは、イヴァンカのこれから辿る行く末を想像して深く同情していた。
「永劫だと?頓狂な台詞だな。いつか私の意志を継承する者は必ず現れる。その者の手により、私は必ず復活する。よく覚えておけ…その日こそ…貴様ら愚かな人間どもの人生最期の日だ!」
それが、イヴァンカの最後の言葉だった。
最後の最後で、いつもの勝ち気で不遜な態度に戻っていた。
「トイフェル・パンドラ」
ラーミアが術を唱えると、イヴァンカの肉体は収縮し、小さな水晶玉へと変貌した。
神を目指した者の終焉はあまりにも、静かで、儚かった。




