全滅戦線と殺意の目覚め
「実に素晴らしいものを見せて貰ったよ。かけがえのない絆を見つけることが出来て何よりだね。」
イヴァンカは冷笑を浮かべながら、エンディたちに向けて言い放った。
次の瞬間、空気が凍りつく。
背筋を貫くような、絶対的な“殺気”が一帯を支配した。
その威圧に、エンディたちは一瞬にして身体の自由を奪われた。
まるで意志を持った重圧が身体に絡みつき、地に縫いつけられたかのようだった。
さっきまでの和やかで温かな空気は、瞬く間に消え去った。
まるで“絆”という幻想を見せた直後に、それを踏みにじるためだけに生まれた神が降臨したかのようだった。
「カイン、君には落胆した。君には私が統べる素晴らしき世界の行く末を見せてあげたかったんだけどね。残念だ。」
イヴァンカがゆっくりと目を細めると、その視線だけでカインの心が震えた。
その刹那――エンディが肩にポンと手を置いた。
「カイン、お前はもう独りじゃないんだ。俺も一緒に戦う。2人であいつをぶっ飛ばそうぜ?」
エンディは微笑んでいた。
だがその瞳は、決して軽くはなかった。
友の覚悟を背に受け止める者の目だった。
「ああ。」
カインは恐怖を振り払い、決意に満ちた表情で頷いた。
そして、イヴァンカに向けて、一歩を踏み出した。
「2人でだと?バカ言ってんじゃねえよ。“俺たち全員で”…だろ?」
ロゼが肩をすくめながら、前へ出た。
その言葉に呼応するように、仲間たちが次々と戦列に加わる。
3将帥にエラルドとアベル、ラベスタとノヴァ、エスタとノストラ、アズバールまでもが前へ進み出た。
「みんな…。」
エンディは目を潤ませながら、仲間たちの頼もしき姿を見つめていた。
「エンディ、カイン。オメエらは今までよく頑張った。だけどな、こりゃあ大人の喧嘩だ。大人同士の喧嘩を、これ以上ガキだけに背負わせるわけにはいかねえ!」
ポナパルトは眉間に皺を寄せ、真剣な表情で言った。
「ポナパルトさん…でもあいつだけは、俺たちの手で…!」
エンディが食い下がろうとすると、ポナパルトはすぐさま言葉を重ねた。
「分かってる。あいつだけは絶対に許さねえよな?何も俺はよ、“後は俺達に任せてお前らは下がってろ。“なんて言うつもりはねえよ。あいつとの因縁は、お前らの手で終わらせろ。だから俺たちは…てめえら2人を全力で援護しながら戦うっつってんだよ!」
ポナパルトは拳を強く握り、闘志を燃やしていた。
イヴァンカは、いつの間にか完全に包囲されていた。
だが、その口元には愉悦のような笑みが浮かんでいた。
「ありがとう、みんな。」
エンディはその心遣いに、深く感謝し、静かに礼を述べた。
そしてイヴァンカが、ゆっくりと剣を抜いた――。
「フフフ…雷帝さん、ようやくやる気になったみたいだねえ。まずは俺が、先陣を切らせてもらうよ!」
バレンティノは軽やかな足取りで斬りかかっていく。
それを合図に、皆がそれぞれの位置に散らばり、隙を窺い始めた。
バレンティノは流麗な剣技で斬りかかったが、イヴァンカは一切の無駄なくそれを躱していた。
表情は微動だにせず、まるで遊んでいるかのようだった。
「フフフ…1発も当たらないとはねえ、自信無くしちゃうなあ。」
バレンティノは悔しさを噛み殺しながらも、目元を歪めて苦笑した。
「それは良い事だ。君は将帥になり、今日まで悉く敵を圧倒してきて、絶対的な自信を手に入れた。しかし自身の想像を遥かに上回る強敵と遭遇したことで、初心に帰ることが出来たんじゃないか?」
イヴァンカの言葉は、挑発というよりも分析だった。
その冷静さが、かえってバレンティノの自尊心を揺るがす。
「おどれだけは承知せんぞイヴァンカー!」
ノストラが怒声を上げ、背後から一閃、首を狙ったが、イヴァンカは動じることなくそれをかわした。
続いてノヴァが黒豹化し、閃光の如く周囲を回りながら爪を振るった。
分身のように見える残像が幾重にも重なる。
しかし――イヴァンカは一切被弾せず、すべてを見切っていた。
「何だよてめえ、逃げてばかりでつまらねえ野郎だな?」
ポナパルトが怒鳴り、挑発的に拳を構える。
その瞬間、イヴァンカは剣を地面と水平に構え、静かに刃を持ち上げた。
「…何をする気だ?」
ロゼが緊張に喉を鳴らしながら、身構えた。
その瞬間、刀身がピュッと音を立て、唐突に血に染まった。
誰もが動きを見ていない。
にもかかわらず、ロゼ、ラベスタ、エスタの三人の身体に、深い斬撃が走り、鮮血が宙を舞った。
「お前…何をしやがった…?」
エラルドは凍りついたまま、呟いた。
「なるほど、この程度の動きも目で追えないのか。底が知れるな。」
イヴァンカは吐き捨てるように言った。
「てめえ…調子に乗るんじゃねえぞ?」
エラルドが怒りと屈辱に満ちた声で叫んだ。
「エラルド、随分と大きな口を叩く様になったね。以前は私の目すらまともに見れなかった君が、どういう心境の変化だい?まさか、集団の中に身を置いて、自身が強くなったと錯覚してしまっているのかな?」
イヴァンカが冷ややかに言葉を吐き終えると、再び剣が音もなく血に染まった。
今度は、エラルドが斬られていた。
――もはや“強い”という言葉では表現し得ない。
イヴァンカは、次元が違っていた。
すると、モスキーノがイヴァンカの前に立ちはだかった。
「勝負を投げたか、氷の天星使、モスキーノ。この私の前に立つなど、愚策が過ぎるぞ。」
イヴァンカは鼻で笑い、悠然と構えていた。
「ははっ、愚策かどうかその身を持って味わうがいいさ…俺の絶対零度をね。」
モスキーノは不敵に笑い、指を弾いた。
その瞬間、周囲の気温が急激に下がり、空気が凍りついた。
「また絶対零度か、芸のない男だ。そしてその技は、君の体にも相当な負担があるようだね。ウィンザーとハルディオスの相手は、君にはそれほど荷が重かったのかな?」
イヴァンカは軽く首を傾げて挑発した。
「ベラベラと喋ってる暇なんてないんじゃない?ほら、もうマイナス50度まで下がったよ。マフラーでも取ってきなよ、風邪引いちゃうよ〜?」
モスキーノは余裕の表情で言ったが――その時、異変に気づいた。
「え…何これ?異常気象?」
気温はそれ以上下がらず、逆に緩やかに上昇し始めていた。
「マイナス50度がなんだって?残念ながらこの程度の気温では、白熊が絶滅してしまうよ。君の冷気など、私の闘気で容易く無力化できる。」
イヴァンカはすでに冷気を無効化していた。
するとその時、不意に地面から一本の木が伸び上がり、イヴァンカの身体を絡め取った。
「ククク…油断したな。」
アズバールが満足げに笑い、罠が成功したことを誇示した。
エンディ、カイン、アベル、モスキーノの4人が一斉に動いた。
それぞれが四方に陣取り、イヴァンカに向けて必殺の術を解き放った。
カマイタチ、爆炎、水の塊、氷の刃――
あらゆる属性攻撃が、イヴァンカに集中した。
だが――イヴァンカはまたもや闘気のみで自身を拘束する木のツルを木っ端微塵にし、剣をひと振りしただけだった。
その一振りで、全ての攻撃が霧散した。
「……」
その瞬間、皆の心から“希望”という文字が消えた。
あまりにも強すぎる――勝てる未来が、一切見えなかった。
「こ…このバケモノがぁ!!」
ポナパルトが拳を振り上げ、渾身の力で殴りかかった。
だが、イヴァンカは人差し指一本で、その拳を止めた。
「……は?」
ポナパルトが呆気に取られた刹那、斬撃が走った。
彼は斬られて、地に崩れ落ちた。
続けざまに、黒豹化したノヴァが猛スピードで迫る。
鋭利な爪が喉元を狙うも、届かなかった。
ノヴァもまた斬られた。
アズバールもアベルも、恐怖に躊躇したその一瞬の隙を突かれ、斬られた。
モスキーノ、バレンティノ、カイン、ノストラの4人が同時に襲いかかるも、イヴァンカの放った雷撃によって、まとめて地に伏した。
ジェシカ、モエーネ、アマレットは戦意喪失。
ダルマインは物陰に隠れ、震えているだけだった。
気づけば、まともに動けるのはエンディただ一人。
「ああ…そんな…みんな…。」
エンディは膝が震え、息を呑みながら目の前の現実を信じられずにいた。
「どうしたエンディ。ここに辿り着いた時に私を殺すと言っていなかったか?あの時の意気込みは、一体どこにいってしまったのかな?」
イヴァンカが淡々と歩み寄ってきた。
エンディは一歩も動けず、立ち尽くしていた。
すると、その間に入るように、ラーミアが立ちはだかった。
「ラーミア!?何やってんだ!危ないから下がれ!」
エンディは叫んだが、ラーミアの瞳は一歩も引かない強さを宿していた。
「血迷ったか、ラーミア。戦士でもない君が私の前に立ちはだかるなど、とても正気の沙汰とは思えないな。」
イヴァンカは冷ややかにラーミアを見下ろした。
「もうやめて。これ以上みんなを傷つけないで。もしエンディに手を出したら…私はあなたを絶対に許さない。」
ラーミアはその場に不釣り合いなほど、まっすぐな声で言った。
その姿、恐怖に屈せず、自らを盾にするその意思。
イヴァンカの中に、ほんの一瞬だけ“苛立ち”が生まれた。
そして、斬られた。
ラーミアの身体が、ゆっくりと地に倒れていく。
エンディはただ、呆然とそれを見ていた。
一歩も動けなかった。
だがその傷は致命傷ではなかった。
「安心し給え、お灸を据えただけだ。君には私を不老不死にしてくれるまでは、生きててもらわないと困るからね。」
イヴァンカはあくまで冷静に、そして支配者としての口ぶりで告げた。
血を流しながら倒れているラーミアを見下ろしながらも尚、エンディは動かなかった。
言葉すら発さなかった。
ただ、自分の中で何かが崩れる音だけが、確かに聞こえていた。
その異変に、イヴァンカはまだ気づいていなかった。
恐怖で凍りついているのだろう。
そう高を括っていた。
「もう少し楽しませてくれると思ったけどね、残念だよ…本当に。エンディ、君は本当にあの愚かな両親によく似ているね…おそらく、死にゆく姿すらも。」
イヴァンカは嘲るように言った。
だがその時、大空を羽ばたきながら、何者かが現れた。
マルジェラだった。
隻腕のその身体で、なおも剣を握りしめ、イヴァンカに斬りかかった。
だがその一撃すらも、指一本で受け止められた。
「マルジェラ君…?」
モスキーノは薄れゆく意識の隙間から、驚きの声を絞り出した。
「マルジェラ、生きていたのか。翼無きひな鳥風情が私に刃を向けるなど、死すべき驕傲だよ。」
イヴァンカはそう言って、マルジェラの頭上に手をかざした。
雷撃が迸る。
マルジェラの身体が痙攣し、地に崩れ落ちた。
だが、意識はまだあった。声もまだ届く。
「エンディ…聞け…。」
ボロボロになったマルジェラが、それでも声を振り絞って言った。
「まだ生きているのか。その恐るべき生への執着心、敬服するよ。」
イヴァンカは皮肉を込めて言った。
「エンディ…お前はこんな奴相手にも、非情になれないのか…?世の中にはな、救いようのない…壊れてしまっている人間がいるんだ。こちらがどれだけ優しく接しても…誠意を持って歩み寄っても意味のない…道徳心や倫理観が欠如してしまっている…可哀想で…死ぬべき人間がな。…だからエンディ、こんな奴に遠慮をする必要なんてない…思う存分、戦え。今抱いてる怒りと憎しみと一緒に…こいつに殺されてしまった人々の怨念を背負って…全てをぶつけてやれ!」
マルジェラの目は、燃え尽きるように輝いていた。
イヴァンカは、そんな彼を斬りつけた。
嘲笑うように鼻を鳴らしながら。
その時だった。
プツリ、と。
エンディは、自分の中で何かが切れる音をはっきりと聞いた。
「お前は、殺すしか脳が無いのか?」
低く、地の底から這い出るような声で、エンディがようやく口を開いた。
彼の姿は、いつの間にか隔世憑依の形態へと変貌していた。
イヴァンカが初めて、エンディに異変を感じた。
「何だ…その力は?」
イヴァンカの顔に、かすかな緊張の色が差す。
これまで見た2回の隔世憑依とは、明らかに異質だった。
“何か”が宿っていた。得体の知れない“怒り”の核が。
「お前だけは絶対に許さない。殺してやる。」
エンディは静かに、そして確実に、殺意に支配されていた。




