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輪廻の風  作者: 夢氷 城
序章
1/50

プロローグ

その夜、エンディは血と涙の荒野に立った。

彼の身体は動かず、魂は知らぬ記憶に囚われていた。


太陽が無慈悲に光を投げかけ、青空が無情に広がる中、彼の心は、まるで別の人生の傷をなぞるように震えた。


夢だった。


だが、なぜその夢は、彼の存在そのものを揺さぶるのか?


---


エンディは闇から引き裂かれるように目覚めた。

血の匂いがする。否、そんな筈はない。



心臓が肋骨を叩き、額には冷や汗が滲む。


息は乱れ、まるで溺れる者が水面を求めるように空気を貪った。


宿の薄暗い部屋は、埃と古木の匂いに満ち、窓の隙間から差し込む朝の光が、粗末なベッドの輪郭を浮かび上がらせていた。


軋むスプリングの音が、静寂を切り裂く。エンディは身を起こし、震える手で髪をかき上げた。


あの夢があまりにも鮮烈で、まるで彼の魂に刻まれた別の物語の断片のようだった。


急いで身支度を整え、彼は宿を後にした。


ボロい部屋だったが、雨風を凌げる屋根の下で一夜を過ごせたことに、かすかな安堵を覚えた。


外へ出ると、潮の香りを孕んだ風が頬を撫で、陽光が眩しく目を細めさせた。


昼を過ぎた空は、どこまでも清らかで、夢の重苦しさを嘲笑うようだった。


「なんだったんだろう…まあいいや」

エンディは呟き、気持ちを切り替えて歩を進めた。


ここは、ナカタム王国の辺境にひっそりと佇む港町。世界最大の軍事国家の片隅にありながら、都市部特有の輝きよりも、土と海の息吹が色濃い場所だ。


農夫の鍬が大地を穿ち、漁師の網が波を切り、市場では果実や魚の香りが風に舞う。


エンディはすぐにこの町を好きになった。


いや、正確には、知らぬ土地を歩くことそのものが好きなのだ。


見知らぬ街角、風に揺れる木々の囁き、石壁に刻まれた時の傷跡。


それらが彼の心に問いを投げかけ、答えを求めずとも魂を満たした。

だが、今日、足取りはどこか重い。

夢の残響が、彼の心に影を落としていたからだ。


市場の喧騒が耳に飛び込む。


商人たちの呼び声、魚の鱗が光る音、子供たちの笑い声。


その中で、ふと、刺すような会話がエンディの足を止めた。


「王室の給仕が攫われたんだって。物騒な世の中だねぇ」


「怖いわねえ…」


買い物籠を提げた婦人たちの声には、恐怖と好奇心が混じる。


エンディは一瞬振り返ったが、すぐに視線を外し、歩みを再開した。


だが、その言葉は胸に小さな棘を残した。

なぜか、知らぬはずの不安が心を掠めたのだ。


それよりも、彼を苛むのはあの夢だった。



夢の中で、彼は荒涼とした大地に横たわっていた。身体は血に塗れ、大の字に投げ出され、まるで命が大地に吸い取られているかのようだった。


痛みはなかった。夢なのだから当然だ。


だが、血の生温かさと、鉄の匂いはあまりにも鮮明で、五感を締め付けた。


視界には、果てしなく澄んだ青空と、まるで神の目のような黄金の太陽。


そして、すぐ隣に、もう一つの影。


同じく血にまみれ、動かぬ誰かだった。



その顔を見ようと、エンディは夢の中で必死に首を動かそうとした。


知りたい。知らねばならない。

この者が誰なのかを。


なぜここに倒れているのか。


だが、身体は石のように硬直し、わずかな動きすら許さなかった。


そして、涙。



頬を伝い、滝のように流れ落ちる大粒の涙。


理由はわからない。


だが、心の奥底から湧き上がる、名もなき悔恨が彼を押し潰していた。


まるで、失われた何かを取り戻そうと、魂が叫んでいるかのようだった。


涙が枯れる寸前、彼は目覚めた。


現実の光の中で、エンディは息を整えながら思う。


あの夢は、ただの幻だったのか。


それとも、彼の知らぬ過去が、魂の裂け目から溢れ出しているのだろうか。


考えるほどに、謎は深まるばかりだった。


記憶の断片は、彼を嘲笑うように霧の彼方に消えた。


だが、一つだけ確かなことがある。

あの夢は、終わりではない。始まりだった。


ここから、物語は動き出す。

エンディの足音が、知らぬ運命の扉を叩くように、静かに、しかし確かに響き始める。


輪廻の星が、その悠久の輝きを世界に投げかける瞬間が、今、訪れようとしていた。

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