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なんで予定通りにならないのよ

 クラリッサ様と二人きりで学院の中庭を歩く――って、なにこの展開。

 私が望んだのはこれじゃない。


 歩きながらも、心の中ではずっとぶつぶつ文句を言っていた。


 クラリッサ様は相変わらず、まっすぐ前を向いて、完璧な歩調で歩いている。

 背筋も視線もピクリとも揺れない。まさに“理想的な公爵令嬢”。


 ……知ってる、そういうキャラだったってことは。

 でも、でもさ――!


(あの王子、なんで選ばないの!?)


 断られるとは、マジで、これっぽっちも思ってなかった。

 だって私、ちゃんとタイミング合わせて声かけたんだよ!?

 シナリオ的にも、ここは王子と組む流れなんだよ!? 


(私、ヒロインだよ!?)


 っていうかさ、あの人だって婚約者いるくせに、そのクラリッサ様すら選ばずに、私を……なんていうの? “回す”?

 間接的に“組ませる”? なんなの、あの対応。


(意味わかんないんだけど)


 予定通りにいかないのが、もうほんっとうに面白くない。

 こっちは前世から散々シナリオ読み込んで、推しとのベストルートをちゃんと予習してきたっていうのに、

 蓋を開けたら王子が“なに考えてるのかよくわからないタイプ”になってるとかどういうこと?


 しかもクラリッサ様は、そんな状況にも微塵も動揺を見せないで、私とペアを組むことをさらりと了承した。


 どうしてそんなに完璧でいられるの?

 あんた悪役令嬢じゃなかったの!? もっと刺々しくてもいいじゃん!


 ……って、心の中では思ってるくせに、私は口に出せずに歩いてる。

 小さくため息をつくと、ふいにクラリッサ様が口を開いた。


「……お困りのことがあれば、申し出なさいな」


 冷たいわけじゃない。でも、決して親しいトーンでもない。

 ただ、“立場として言うべきことを言っている”という声だった。


「本来、私が殿下の傍に控えるべき場面で、このような形をとったのは殿下のご判断。

 ですから、私はあなたに敵意を抱いているわけではございません」


 ……はあ、はいはい。わかってますよ、そういう人なんでしょ。

 貴族として、婚約者として、完璧で、凛としてて、誰にも負けない自信と誇りを持ってて……。


「……ありがとうございます。クラリッサ様も、望まれてこうなったわけではないのに」


 とりあえず、言うべきことを返す。

 でも心の中では、なんかもう全部思い通りにいかなくてイライラしてきた。


(この世界、マジでこっちの知ってる通りに動いてくれない……)


 そのくせ、風は春みたいにやわらかく吹いて、学院の景色はやたら美しくて、みんなは私の知らない顔をしていて。


(だからって、投げ出すのはもっとムカつく)


 だったら、こうなったら、見届けてやる。

 私の知ってる物語がどれだけ“使えない”か、逆に試してやる。


(いいわよ。予定通りにならないなら、自分で予定変えてやるんだから)


 二人が並んで教室を出ていく姿を見送りながら、俺は椅子に座ったまま、遠い目をしていた。


(……しまったかもしれない)


 アリシアに直接手を差し伸べるのは得策じゃない。

 クラリッサにも無暗に圧をかけたくない。

 だからこそ、あの二人を組ませる――それが最も角が立たない選択だと思っていた。


 ……思っていたんだよ、確かに、そのときまでは。


 でも。


(……俺、誰と組むんだ?)


 ふと我に返った瞬間、寒気が走った。

 周囲ではもう、生徒たちが次々にペアを作り、課題の紙を持って教室を出ていっている。


 貴族同士、家同士、あるいは顔見知りの付き人たち。

 そう――付き人。


 俺の従者、ユリウスと、クラリッサの従者、メイベル。


 あの二人も、すでにペアを組んでいた。


(……え? 俺の付き人、使用人と組んでるの?)


 思わず立ち上がって、ユリウスに声をかける。


「ユリウス、俺と……いや、ペアを……」


「申し訳ございません、殿下。クラリッサ様の従者と事前に話し合いまして、万一殿下方がペアを組まれる際には私たちも行動しやすいようにと、組むことを決めておりました。すでに提出済みです」


 笑顔で、完璧な説明。

 まるで、“王子と令嬢が組むのが当然”であるという前提で、動いていたかのような。


 いや、それはまあ……そうだよね。

 一般的に考えて、俺とクラリッサが組むと思うよね。


(うん、わかる。うん……でもさ……)


「……組み直してもらうわけには……」


「恐れながら、課題提出は任意の初動順であり、申請後の再構成には教員許可が必要です。かつ、複数組のペア移動が発生した場合には授業進行の妨げになる可能性が――」


 ああ、もうダメだ。

 この話、完全に“社会人の稟議ルート”入ってる。


(これ、俺が王子って立場で強引に組み直させたら……)


 “あのときの上司”の記憶が蘇る。

 部下を気分で振り回したあげく、パワハラ認定されて飛ばされた、某営業部長。


(……無理! 無理無理無理! そんな責任とれない!)


 俺の中のサラリーマン精神が、全力でブレーキをかけた。


 というわけで、現在の状況――


 レオンハルト・フォン・シュタインベルグ王子。

 課題ペア、なし。フリー枠。


(……あれ? 俺、ぼっちじゃない?)



「……では、殿下。お一人で向かわれるのも結構ですが、ソロでの課題を希望していた生徒と組んでみては?」


 教室を出ようとしたところで、ユベール先生がそう声をかけてきた。


「ソロ希望……?」


 思わず振り返る。


「はい。本人が“ペアを組むくらいなら最初からソロでやる”と強く主張しておりまして。ですが、もし殿下が望まれるのであれば、本人も断る理由はないでしょう」


「……どんな生徒なんですか?」


「彼は、ロイド・バルニエ男爵。バルニエ伯爵家の五男でして、家柄的には問題ございません」


「五男……ってことは家を継げない立場ですよね? なのに、なぜソロでやるって?」


 先生は、少し目を細め、まるで物語の一節でも語るように言葉を紡いだ。


「彼は十四の頃、家を離れて冒険者になりました。家では“貴族婦人の後添えか、愛人候補”のような扱いをされていたようで、将来を嘆いたそうです」


「……なかなか重たい過去ですね」


「ええ。そして、大手柄を立てた結果、王から個人で男爵位を授かりました。爵位付きの冒険者として、戻ってきたというわけです」


「男爵まで……それだけの実力があるなら、確かに学院の課題なんて一人でやった方が早い、か」


「本人もそう申しておりました。“人と合わせる方が面倒だ”と」


(……あー……なんか、わかる気がする)


「断る理由は特にないですし、この学院は個人の選択を尊重します。ですから一人行動も認めましたが……」


 先生はふっと笑って、少し声を低くする。


「正直、楽じゃない方が課題っぽいと私は思っております。……殿下と組むとか、地獄――いえ、なんでもありません」


「……今、絶対言いましたよね?」


「いいえ、気のせいです」


 優雅に笑ってすっと視線を逸らす先生に、俺はため息をひとつついた。


(まあ、地獄ってのは否定しないけど……)


「……紹介していただけますか」

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