並び立つ影と、生徒会長の視線
クラス分けが進む中、第一組──つまり俺たちのクラスは、着実に構成が固まりつつあった。
クラリッサ、アリシア。
この二人と同じクラスになったことだけでも、十分すぎるほどの“フラグ感”があったけれど、まだ終わっていなかった。
「ユリウス・グレンデル」
その名が呼ばれると、真面目そうな少年が迷いなく前へ進み出てきた。
きっちりと制服を着こなし、姿勢も無駄がない。俺の視線をとらえると、ぴたりと立ち止まり、頭を下げた。
「これより同級生として、どうぞよろしくお願いいたします、殿下」
……なんで、わざわざそんなに親切に……?
(俺が王族だからって、すり寄ってきた……とか?)
自然と眉がわずかに動く。けれど、目の前の彼の態度はあくまで真っ直ぐで、下心らしきものは見えない。
(……あ、いや、もしかして……)
ようやく記憶がつながった。
(そうか、従者……俺の。今朝、服の袖直してくれてたやつだ)
腑に落ちた瞬間、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
無意識に“貴族の目線”で相手を評価しようとしていた自分に。
続いて、もう一人。
「メイベル・アーデン」
女性の名前に、小さな反応が起こる。
クラリッサがわずかに顔を上げたのを、俺は見逃さなかった。
現れたのは、落ち着いた雰囲気の少女。クラリッサの隣に立ち、同じように丁寧に一礼する。
「クラリッサ様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
……うん、間違いなく、従者。
二人とも、言葉にしなくても態度で伝わってくる“仕え慣れている”空気感。俺の従者とクラリッサの従者が同じクラス……それってなんだか、妙に気まずくなる未来しか見えない。
そんなことを考えていると、担任教師の紹介が始まった。
「では、第一組の担任をご紹介します」
壇上に現れたのは、黒髪に細縁眼鏡の男。落ち着いた物腰、柔らかな笑顔。
第一印象からして“包容力ある先生”という空気を纏っていた。
「初めまして。私は本年度、第一組の担任を務めます、ユベール・ラッセルです。
学院生活の不安があれば、遠慮なく相談してくださいね」
その声を聞いた瞬間、脳内で赤信号が灯った。
(……ユベール=攻略対象=教師ルート)
この人、ゲーム内でも“落ち着いた大人の男性”として、かなり人気だったキャラだ。
年上好きルートの定番というか、優しい系王道というか……とにかく、ヒロインが最初に心を許すタイプだった気がする。
ふと、隣にいるアリシアを見る。
彼女の視線が、ユベールに向いていた。
無意識に、けれど吸い寄せられるように。その表情に言葉はないが、彼女の心が静かに動いたのを、俺は感じた。
(フラグ、一本立ちました)
思わず内心でため息をついた。
だが、まだ終わりじゃなかった。
空気がまた変わる。
重厚な足音。静かに近づいてくる気配。
周囲がざわつくこともなく、ただ自然と視線が引き寄せられていた。
ホールの奥、真紅のラインが入った制服を着た生徒が、まっすぐにこちらへと歩いてくる。
銀の徽章が、彼の身分を示していた。
生徒会長──エドガー・アルミナス。
整った顔立ち。貴族の威厳と、学び舎の理知を併せ持つような人物。
その歩き方一つ取っても、ただ者ではないとわかる。
そして、彼は俺の目の前に立つと、静かに膝を折り、礼をとった。
「レオンハルト殿下。改めまして、ご入学おめでとうございます。
学院を代表し、心より歓迎申し上げます。これよりの日々が実り多きものであることを、願っております」
完璧だった。まるで書き下ろしの台詞を読む俳優のような完成度。
(あー……こいつも攻略対象だった気がする。しかもたぶん……高難度枠)
言葉では礼儀を尽くしている。けれど、その目は俺を探っていた。
警戒とも違う。確認。評価。
いずれにせよ、彼は只者じゃない。
「ご丁寧にありがとうございます、会長。学院のこと、ご指導をよろしくお願いします」
王子としての顔が自然に出た。そういう演技は、だんだん慣れてきたのかもしれない。
クラリッサが隣で、ごくわずかに頷いた。
エドガーは立ち上がり、次に視線を巡らせる。
クラリッサ、そしてアリシア。
特にアリシアを見たときだけ、その目の奥がほんのわずかに揺れたのを、俺は見逃さなかった。
(もう……すでに始まってるんだな)
そして、ユベールの穏やかな声が響く。
「では皆さん、教室へ移動しましょうか」
新しい日常が始まる。その一歩手前で、何かが確かに動き出していた。