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破滅させる側だった俺が、悪役令嬢を守る話  作者: おにわさ


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25/32

スイーツと火花と冷や汗と

「クラリッサ。……話を、させてくれ」


そう言って、俺はまっすぐ彼女を見据えた。逃げずに、真剣に――


扉が、静かに開いた。そして目の前の光景に思わず固まった。


そこにいたのは、クラリッサと――


「殿下ぁっ♡」


両手を振って満面の笑顔を向けてきた、アリシアだった。


「……えっ」


俺の口から、素の声が漏れた。


(なんでアリシアが? テーブルに紅茶と菓子と花? お茶会!?)


「まあ、殿下。よろしければご一緒にいかがですか?」


クラリッサは凛とした口調で言ったが、その瞳が楽しんでいるように見えたのは気のせいではない。


「殿下、ちょうどいいところに! このケーキ、すっごく美味しいんですよっ!」


(違う、俺は“対話”に来たんだ!!)


――俺の「真剣な対話」は、完全に“甘い香り”に包まれて、出鼻をくじかれた。




「てか、なんで君らふたりでお茶会してるの?」


アリシアがにっこり笑って言った。

「殿下が入学初日に私たちをペアにしてくださったので、これも何かの縁かと思って、たまに誘っているんですよ」


クラリッサは紅茶を一口含みながら言った。

「たまにはお互いの意見を交わしておくのも、有意義かと思いまして」


(なんだこの空気……! 完全に戦場の真ん中でスイーツタイム始めたみたいになってない!?)


クラリッサがティーカップをそっと置き、少し体を前に傾けた。

その姿勢からは、明らかに何かを言おうとしているのが分かる。

場の空気がほんのわずかに張り詰め、俺も息を呑んだ。


「殿下、少し――」


そのタイミングを完全に無視して、明るく響く声が飛び込んできた。


「殿下っ!」


アリシアが勢いよく言葉を差し込んできたのだ。


俺もクラリッサも、一瞬固まる。


「え、えーと……その、殿下。さっきからちょっと思ってたんですけど」


アリシアは頬を赤く染め、少し恥ずかしそうに笑った。


「さっき、“アリシア嬢”じゃなくて、“アリシア”って呼んでくださって、それがすごく嬉しかったです!」


彼女の声は華やかで、室内に甘い風を通すようだった。


(今じゃなかったよね!? 完全にタイミング間違ってるよね!?)


クラリッサの表情は変わらないが、その瞳はほんのわずかに伏し目がちになる。

紅茶を持つ手の指先に、わずかな緊張が宿っているのがわかる。


(これ、火種に火をつけた瞬間じゃ……)


俺の心臓は静かに警鐘を鳴らしていた。


クラリッサは、再び俺に視線を向けて言った。


「殿下、少しだけ、お時間をいただけますか?」


「……ああ。もちろん」


ついに、“本題”にたどり着いた。


 部屋の空気が静まり返る中、クラリッサはゆっくりと言葉を紡いだ。


「……最近、殿下はお変になられましたね」


 その声音は穏やかだった。

 けれど、どこか刺すような響きがあった。


「え?」


 思わず、間の抜けた声が出る。


 クラリッサは紅茶に手を伸ばしながら、視線だけを俺に向けた。


「以前はもっと理知的で、距離を弁えたお方だったはず。

 ですが入学されてからというもの、……随分と、軽やかになられたと申しますか」


(軽やか……?)


 クラリッサの言葉は決して感情的ではない。

 ただ、事実を述べるように、淡々と語られていた。


「やはり、あのダリル男爵の影響なのでしょうか?」


 名指しで、ダリルの名が出た。


 その瞬間、俺の背筋に冷たい何かが走った。


(……あー、うん。たしかに、ダリルと話すと気は楽になるけど……

 もしかしてクラリッサ、あいつのこと“悪友”扱いしてない!?)


 苦笑しそうになるのを、必死で堪える。


「いや、ダリルは悪い奴じゃない。ただ、あいつの方が色々と経験が豊富というか……」


「……経験」


 その一言に、クラリッサの眉がわずかに動いた。

 静かな言葉の裏には、確かな“観察”と“疑念”が宿っていた。


(……やばい。俺の“変化”にちゃんと気づいてる。いや、そりゃそうか。婚約者だもんな……)


 このまま、誤魔化せるような雰囲気ではない。


(さて……ここからどう話すか、だな)


 クラリッサは一拍置いてから、ふっと息を吐いた。


「……余計なことを言ってしまいましたね」


 そう前置きし、少しだけ視線を下げる。

 けれどその声は、相変わらず冷静で――どこか意志がこもっていた。


「ダリル男爵のことを悪く思っているわけではありません。

 共に危険を潜った戦友とあらば、仲が深くなるのは当然ですわ」


 俺が何か言う前に、彼女はゆっくりと紅茶を置き、顔を上げた。


「ですが……私はまったく気にしていませんが、最近、学園内で少々、気になる噂が広がっているようですの。

 “殿下とダリル男爵の距離が、些か近すぎるのではないか”と」


 その言い方は、本当に“私は気にしてませんけど”の典型だった。

 そして――追い打ちをかけるように、アリシアがそっと手を挙げた。


「あ、あの……殿下、私も……失礼だとは思うんですけど……」


「?」


「その、噂って……私、ちょっと関係してるかもしれなくて」


「どういう……」


「バ、バスローブのときです!」


「…………は?」


「私がバスローブを殿下に渡して、それで……お2人が部屋に二人きりだったっていうのが……その……」


 アリシアがしどろもどろに言いながら、顔を真っ赤にする。


 一方クラリッサは、まったく表情を崩さぬまま――

 しかし、その沈黙が逆に凄まじい圧を生んでいた。


(あああああ……その話題、ここで出す!?

 ていうかバスローブ!バスローブって何度も言わないで!?)


 言葉を失う俺。

 ケーキは溶けるように甘く、胃は冷たく締めつけられる。


(なにこれ……俺、今“浮気疑惑の釈明会見”みたいになってない!?)


 ――そして、これから“何を釈明すべきか”が、何一つ分かっていなかった。


「ち、ちがうちがうちがうっ!」


 思わず俺は立ち上がっていた。

 イスが少しきしむ。ふたりの視線が一斉に集まる。俺の心臓は今、100メートル走状態。


「その、あいつ――ダリルは本当に“ただの友達”で!」


 大事なことなので二回言った。


「それにな! 俺の恋愛対象は、ちゃんと! 女性だっ!!」


 なんかもう自分で言ってて泣きそう。


「そ、それにダリルは既婚者なんだ! 

 つまり噂は完全に噂であって、俺は何もしてない! 本当にただの誤解なんだ!」


 俺の声がどんどん早口になるのが自分でも分かる。

 でも止まれない。止まったら死ぬ気がする。


「君たちだって、例の“事件”のことはちゃんと知ってるだろ!?

 あの時、俺が“狙って転移した”わけじゃないし!  バスローブも俺が頼んだわけじゃないし!!」


 言い終えた瞬間、俺は深く息を吸い込んで、手で顔を覆った。


(もう、だめだ……。これが、転生王子の末路か……)


 と、その時。


 アリシアがぽかんと口を開けて――次の瞬間、ぷっと吹き出した。


「……え、そんなに必死になる殿下、かわい――いや、失礼しました!」


 一方クラリッサは、変わらぬ表情のまま、ただ静かに言った。


「……随分と熱のこもったご説明、ありがとうございますわ」


 その言い方が、“納得”なのか、“呆れ”なのか、“照れ隠し”なのか――俺には、まだ判別できなかった。


 俺の必死の弁明が、ようやくひと段落したころ。


 静寂の中で、クラリッサがゆっくりと口を開いた。


「……それで殿下。私に“話があって”ここに来たのではありませんの?」


 その声音は、静かで澄んでいて――けれど、どこか“本心を試す”ような強さを帯びていた。


 アリシアも、一瞬で表情を引き締める。


(……そうだ。俺は“話をする”ために、ここに来たんだ)


 弁明や噂の否定じゃない。

 本当に話したかったのは――


「……ああ。そうだった」


 イスに腰を下ろし、俺は改めてクラリッサの目を見つめた。


「俺は――クラリッサ、君に話したいことがある。ずっと、ちゃんと向き合いたかった」


 静まり返る空間。

 今度こそ、紅茶の香りすら遠ざかっていた。


 クラリッサの表情は変わらない。

 ただ、その瞳だけが、ほんの少し揺れた気がした。


 


(――ここからが、本当の“対話”だ)


 俺は一度、深く息を吸った。


 横にはアリシア。

 だが、もう引き下がるつもりはなかった。


「……アリシアもいるけど、構わないか?」


 そう言ってクラリッサを見る。


 彼女はほんのわずかに目を伏せ、そして頷いた。


「ええ。隠し事など、いたしませんわ」


 その返答に、アリシアの肩がぴくりと動いた。

 でも何も言わず、黙って俺たちを見ている。


 ……よし。


「クラリッサ。俺は――正直、君の気持ちが分からなかった」


 言いながら、自分の言葉が震えないように心を整える。


「婚約者として、君は常に完璧だった。礼儀正しく、凛として、どんな場でも堂々としている。

 でも、それが“本当に君の幸せなのか”って考え始めてから……俺は、ずっと迷ってた」


 クラリッサは何も言わない。ただじっと、俺を見つめている。


「入学して、少しずつ……君の“表に出さない部分”が気になり始めた。

 笑っていても、無表情でも――その奥にあるものを、知りたいと思うようになったんだ」


 アリシアが小さく息を飲むのが聞こえた。


 でも、今だけは、まっすぐに。


「君の本音が聞きたい。

 君は、本当に俺との婚約を……望んでるのか?」


 沈黙が落ちる。


 それは、どこまでも深く、どこまでも長い沈黙だった。

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