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破滅させる側だった俺が、悪役令嬢を守る話  作者: おにわさ


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あれ、俺……攻略され始めてね?

 講義が半ばを過ぎても、ノートの内容はまるで頭に入ってこなかった。


 隣ではアリシア嬢が丁寧な字で板書をまとめつつ、たまに俺のノートを覗き込んでくる。

 距離が近い。声が柔らかい。目が合うたびに笑う。


(……あれ? 俺、攻略され始めてね?)


 ふと、そんな思考が脳内に浮かんだ。


(この話ってさ、主人公こんなガツガツくるの? いや、俺乙女ゲーとかその手のジャンルに詳しくないからあんま分かんないけど)


 でも、転生者だから分かってしまう。


(物語の世界だと知ってるせいで、「あ、これ攻略始まったなー」って客観的に思えちゃうんだよ……)


 そのくせ、内心はわりと浮ついている。


(え、どうしよ……好みで言えば断然クラリッサなんだが、

 このまま流されてしまう方が楽だし、何なら楽しいのでは?)


 講義内容は右から左へ抜け、頭の中はフル回転していた。


(この手の作品ってなんで婚約者がいるのにコロッと恋に落ちるのか、ずっと疑問だったけど……)


 気づいてしまった。


(男ってやっぱバカだわ。ソースは俺)


 


 講義終了後、教室を出たところで、つい口が滑った。


「てな感じなんだけど、どうしよっか?」


 声をかけた相手はダリル――初めての授業でペアを組んでからというもの、妙に話が合って、今や心許せる“友だち”になった奴だ。


 ダリルは、俺の顔をまじまじと見て言った。


「……何その“回想シーン全部聞いてましたよね”みたいな雑な相談の振り。

 そもそも私、聞いてないんで。状況、ちゃんと教えてください」


「えっ、わかんない?」


「理解不能なのは殿下の内面だけです」


「厳しくない!?」


 深いため息のあと、レオンハルトはぼそりと呟いた。


「てかさ……そもそも俺、王子なんだよな?」


「そうですね」


「だったらさ……側室の一人や二人、いてもよくね? なんかもう、全部受け入れちまえば楽なんじゃ……って」


 ダリルの手が止まった。


 沈黙が流れる。


 数秒後、彼は非常にゆっくりとこちらを向き、レオンハルトをまじまじと見つめた。


「……殿下」


「ん?」


「……ご自分の国の法律、ちゃんと覚えてらっしゃらないんですか?」


「えっ、なに?」


 ダリルは完璧な無表情で答える。


「この国の王族は、“正妻を迎えてから五年間は、側室を迎えることを禁じられています”。

 それ、王位継承に関する法定項目の第七条です。試験にも出ましたよね?」


「うっ……」


「つまり、結婚前に“本命じゃないけどいっか”で他の女性を囲うような真似は、

 完全にルール違反であり、しかも“婚約破棄”の正当な理由になります」


「えっ、俺……めっちゃ不誠実王子ルート一直線じゃん……?」


「ようやく自覚されましたか」


「違うんだよ!? その、俺としては全体的に“事故”だったんだけど!」


「世の中、“事故”で逃げ切れるのは最初の一回までです」


「厳しい!!」


 思わず頭を抱えるレオンハルトを横目に、ダリルはさらりと続けた。


「結論を申し上げますと、殿下には“誠意ある判断”が求められています。

 そしてその“誠意”が今、一番不足していると、私の分析は示しております」


「分析、的確すぎて辛い……」


「はあ……誰か、女心を教えてくれる先生いないかな……」


 ぼそりと漏らす俺の隣で、ダリルが淡々と返す。


「まあ、女心なんて考えなくても、アリシア嬢は明らかに好意寄せてきてますけど」


「いや、そうじゃない。知りたいのはクラリッサの方だよ……」


 俺の口調がつい真剣になる。

 政略で決められた婚約関係。それが本当に彼女にとって幸せなのか――自信がない。


「……俺、けっこう重症かもしれん」


「はい。真面目に心配するレベルです。本当に“女心の先生”を探した方がいいかと。」


「だろ? お前は婚約者がいないからって――」


「……あれ、言ってませんでしたっけ。僕、結婚してますよ」


「はあ!?」


 思わず壁を叩きそうになった。


 相手を聞けば伯爵令嬢だというではないか


「……お前、男爵じゃなかったか? なんで伯爵令嬢と政略結婚とかそんな展開になってんだよ……!」


 レオンハルトの問いに、ダリルはわずかに目を細めて――懐かしそうに、けれどやっぱり淡々と語り始めた。


「……ちょうど、一年前の話です」


 その口調はまるで昨日のことのようだった。


「ギルドの依頼で、地方の山岳地帯に魔獣掃討のクエストに向かっていたんです。

 帰り道、麓の森を通った時に、やけに不自然な煙が上がってまして」


「え、煙?」


「ええ。で、嫌な予感がして、足を向けたら――案の定、古い山小屋。

 で、中から聞こえるんです。女の子の泣き声が」


「……お前、それ普通なら通報するだけで終わるやつだぞ?」


「ええ。でもその時、もう足が勝手に動いてたんです。

 扉を蹴破った瞬間、二人組の盗賊が振り返りまして。……まあ、そこからはドンパチです」


 さらっと“ドンパチ”とか言うな。


「運良く相手が素人ばかりで、戦闘はすぐ終わりました。

 でも、その子――今の妻ですね――ロープを解いたら、いきなり泣きながら抱きついてきて」


「……惚れられた?」


「はい。“命の恩人です。婚約を白紙にされるくらいなら、あなたと結婚します”って。

 その場で言われまして。後日、正式に家の方から話が来ました」


 レオンハルトは口を開けてぽかんとしていた。


「ちなみに、壊滅させた盗賊団は国から指名手配されてた組織でした。

 叙勲されたのはそのためです。……偶然が重なっただけですよ」


「偶然ってレベルじゃねぇよ……」


 思わず呟いた声に、ダリルは肩をすくめる。


「まあ、その後はいろいろありましたが。

 ……意外と、政略からでも絆は生まれるもんですよ」


 その言葉は、どこか遠くを見つめるようで、そして、少しだけ――優しかった。




「……意外と、政略からでも絆は生まれるもんですよ」


 ダリルのその一言は、静かに、けれど確かに胸に刺さった。


(政略からでも――絆、か)


 俺とクラリッサの婚約もまた、家同士が決めたものだった。

 俺自身、彼女の気持ちを正面から問うことすら避けてきた。

 “物語だから仕方ない”とか、“勝手に始まった関係だ”とか――


(でも俺、避けてただけなんだよな)


 彼女はずっと、凛としていた。

 冷静で、優雅で、感情を表に出さない。

 でもその奥には、きっと――


「よし、ダリル」


「はい」


「クラリッサに話をする。……今から」


「今から?」


「今から」


 俺はその場を飛び出すようにして、寮の方へ向かって駆け出した。


「……決意した瞬間だけ、すごく王子っぽいなこの人」


 ダリルの呟きは、風に消えた。


 


 * * *


 


 クラリッサの部屋の前に立ったとき、心臓がひどくうるさかった。

 何を話すかは、正直まだまとまっていない。

 でも、言わなきゃいけないことがある。それだけははっきりしていた。


(ずっと避けてきた。……でも、もう逃げない)


 俺は、拳を握って、扉を叩いた。


 コンコン――


 少し間があって、内側から声が返ってくる。


「どなたですの?」


「……レオンハルト・フォン・リヒトクラウンです。少し、お時間をいただけませんか」


 それだけ伝えた時点で、扉の向こうに気配が変わったのが分かった。

 静かに、しかし確かに近づいてくる足音。

 そして――


 カチャ。


 扉が、ゆっくりと開いた。


「……何か、御用でしょうか。殿下」


 相変わらずの凛とした佇まい。

 でもその瞳は、どこか試すように俺を見ていた。


(……そうだ。まず、俺の気持ちを)


 俺は、一歩前に出て、真っすぐに彼女を見据えた。


「クラリッサ。……話を、させてください」



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