凛然と、けれど揺れる瞳
――クラリッサ・エルフォード
講義が始まり、静かな時間が流れている。
けれどクラリッサの筆は、ほんの僅かに――ごく、わずかにだけ、迷いを見せていた。
理由は、簡単だった。
(また……近い)
視界の端。レオンハルト殿下の隣に座るアリシア嬢。
肩が触れそうなほどの距離。二人の間には、自然な笑みと小さな会話が繰り返されている。
講義中のやり取りとしては、不自然なものではない。
だが――
(……あの方は、あんなに誰かと親しくする方だったかしら?)
過去を知っているクラリッサだからこそ、その変化が強く胸に残る。
(変わったのは、良いこと。そう、分かっている。
でも、私の知らない“変化”ばかりが増えていくのは……どうして、こんなに)
その“違和感”に、クラリッサは名前をつけられなかった。
だからこそ、顔には一切の感情を出さない。
――それが、クラリッサ・エルフォードであるための、たったひとつの盾だった。
――アリシア・レーン
(よし、近づいた)
講義中だというのに、アリシアの心の中は謎の勝利ファンファーレで賑やかだった。
(さっきから、会話も自然にできてる。距離もいい感じ)
もう一押し。そう思って、彼女はそっとノートの端を寄せた。
「殿下、ここ、前の授業と少し被ってますね。よかったら、私のノートと照らし合わせてみます?」
さらにノートを広げ、わざとページを寄せる。
自然な流れの中で“共有”を演出するのは、王道ルートの定石だ。
レオンハルトは一瞬たじろぎながらも、「あ、ありがとう」と苦笑交じりに受け入れてくれる。
(きた……! これはいよいよ“専用ルート突入”じゃない!?)
周囲の視線も増えてきている。
でも、それが“後押し”にすら感じる今のアリシアに、迷いはなかった。
(ヒロインって、行動するものなんだから!)
――ただ、彼女はまだ知らない。
クラリッサの目が、誰よりも深く、長く、そして静かに、その“光景”を見つめていたことを。




