表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破滅させる側だった俺が、悪役令嬢を守る話  作者: おにわさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/32

王子として、考えろ

 教室に張り詰めた空気が満ちる中――俺は立っていた。


 マリエットの証言と、クラリッサの取り巻きの自供。

 そして、クラリッサ本人の否定と責任の一部受容。


 アリシアは揺れていた。


「私は……クラリッサ様が命じたとは、思いたくありません。

 でも、言葉が誰かを動かしてしまったのなら、それは……」


 そのまっすぐな思いは、本物だ。

 だが、マリエットの言葉巧みな“誘導”に、無自覚に引き込まれている。


 そして、クラリッサ。


「私は……命じておりません。それでも、結果として周囲に誤解を与えたのであれば、

 それは……私の影響力への認識が甘かったということなのでしょう」


 凛として、正直に。

 それでも、彼女は自分の意志で戦おうとしていた。


 俺は――考えていた。


(ここで俺が“クラリッサを庇う”だけでは、彼女の名誉にはならない)


 そう、彼女は“王子に守られた令嬢”ではなく、

 “王子の隣に立つ覚悟を持つ者”だ。


(俺が言葉を間違えれば、すべてが茶番になる。守ったことになって、彼女の戦いは無に帰す)


 だから、考えろ。王子として、言葉を選べ。


 ここで俺が果たすべきは、“クラリッサを助けること”ではない。

 “クラリッサが自ら立っていたことを、誰の目にも証明すること”だ。


 俺はゆっくりと口を開いた。


「この件について、“誰かを悪者に仕立て上げるための議論”は、もう終わりにしよう」


 教室が静かになる。


「クラリッサ・エルフォード嬢は、事前に異変の兆しを察知していた。

 そして、自ら教師に報告し、アリシア嬢の名誉を守るために動いた。

 これは命令ではなく、“判断”だ。俺はその行動を尊重する」


 クラリッサの目がわずかに見開かれる。


「この場で“婚約者だから”と庇えば、彼女はただ“守られた”存在で終わる。

 だが、それは違う。彼女は自分の意志で動き、自分の言葉で責任を引き受けようとしている。

 ――だから俺は、クラリッサの行動に敬意を示す」


 言葉が教室を包んだ。


「生徒としても、一人の人間としても、彼女の選んだ行動は誇りに値する。

 だから、この件に関する軽々しい中傷や憶測は、これ以上許さない」


 誰も反論しなかった。

 そしてその沈黙の中、確かに空気が変わり始めていた。


(――俺は、王子である前に、“彼女の対等な存在”でいたいんだ)


 その想いを胸に、俺は場を静かに見つめ続けた。


 教室には沈黙が広がっていた。


 アリシアの教科書が切り刻まれていた事件。

 その実行犯であるクラリッサの取り巻きの少女たちは、マリエットに連れられて現れ、「クラリッサの言葉を受け取って動いた」と証言した。


 クラリッサはそれを静かに否定する。

 直接命じた事実はないと。


 その中で、マリエットは優雅な微笑みを浮かべながら、こう言った。


「……殿下の仰る通り、私の行動が出過ぎたものであったのなら、お詫び申し上げます。

 ただ、アリシア嬢の様子が気がかりで、早めに対応できるよう努めただけにございます」


 その姿勢に、場の空気が少し和らいだように見えた。


 だが――俺は違和感を拭えなかった。


「……にしては、出来すぎだな」


 俺は静かに言った。


 マリエットの微笑みが、ほんのわずかに固くなる。


「アリシア嬢。君がこの“教科書の切り刻まれた状態”に気づいたのは、いつ頃だった?」


 問いかけに、アリシアは戸惑いながら答える。


「け、今朝です。教室に来て、自分の机に近づいたときに……」


「マリエット嬢が接触してきたのは?」


「その直後、だったと思います」


 俺はうなずき、教室全体に聞こえるように言った。


「つまり、アリシア嬢が被害に気づいてから、マリエット嬢が声をかけ、

 その短い時間の中で“実行犯を特定し、証言を得て、ここに連れてきた”と――そうなるわけだ」


 生徒たちの視線がざわりと動く。


「ユリウス」


 俺の言葉に応じて、扉の近くに控えていた忠実な従者――ユリウス・シュタイナーが進み出た。


「この件について、即刻調査を行え。どれほどの時間を要するか?」


「……最短でも一時間ほど必要です。証言精査、監視記録の確認、担当教師への確認を含めて、

 正確な情報を揃えるにはその程度は要します」


 俺はうなずいて、再びマリエットに目を向ける。


「――私の右腕、ユリウスですら正確な情報を掴むのに一時間を要するという。

 それを、あなたは数分のうちに調べ上げ、証言を引き出し、当事者をこの場に連れてきた」


 皮肉を込めて、肩をすくめる。


「いや、これは賞賛に値する。まるで全てを予測していたかのような動きだ。

 情報戦の才能、実に見事だな」


 マリエットはわずかにまぶたを伏せ、静かに一礼した。


「……身に余るお言葉、恐縮です」


(完全に黒だな。だが、今は場を収める方が先だ)


 俺は少し間を取り、落ち着いた声で告げた。


「……まあ、今回は本人たちが非を認めている。

 それ以上、ことを大きくするのは控えよう」


 教室に、安堵の息が流れる。


「処分については、学園と連携して改めて検討する。

 そしてアリシア嬢――」


 アリシアがこちらを見る。


「破損した教科書については、昼までに新しいものを手配させる。

 それまでの間は、ロイド男爵にでも見せてもらうといい」


「えっ、俺!?」


 ロイドが目を丸くするが、俺は平然と続けた。


「彼のノートは案外きれいだぞ。ツッコミは多すぎるが、そこは目をつぶってくれ」


 くすっとした笑いが教室に広がった。


 それでいい。

 空気は変えられる。力でねじ伏せるのではなく、言葉と判断で。


「――では、本件はここまで。授業に集中してくれ」


 俺はそう言って、自席へと戻った。


 教室の空気は、ようやく静かに、しかし確かに落ち着きを取り戻していた。



 ――クラリッサ・エルフォード


 教室の空気が緩やかに戻っていく中で、クラリッサは静かに自席へと戻っていた。

 背筋は伸ばし、表情も凛と保ったまま。けれどその胸の内には、微かな震えが残っていた。


(守られた……のかしら?)


 いいえ、違う。殿下は、私の行動を見ていてくださった。

 私が気づき、報告し、正しく動こうとしたことを“評価”してくださった。


 それがどれほど救いになったか――本人に言えるはずもない。


(でも……同時に、悔しい)


 クラリッサ・エルフォードは、誰の手も借りず、自らの力で立つべき存在。

 婚約者に守られるような弱さは、彼女の誇りが許さなかった。


 けれど――


(……ほんの少しだけ。心が、あたたかかった)


 その事実が、どうしようもなく自分を揺さぶる。


(殿下。私は、貴方の隣に立つ者として……恥じない存在で在りたい)


 


 ――アリシア・レーン


(ふふっ、助けてくれた……)


 レオンハルトの言葉を思い返すたび、アリシアの心はくすぐったくて仕方がなかった。

 あの王子が、わたしのために、はっきりと場を収めてくれた。


(教科書のこと? そんなの、起こるってわかってたし。傷つきようがないよ)


 むしろ、そうなる未来を知っていて、それでも彼が庇ってくれたという事実に酔っていた。


 ……だけど。


(原作では――クラリッサをあの場で責めてたはずなのに)


 彼女を貶めることで、自分が“ヒロイン”になるルート。

 だけど今回は違った。彼は、クラリッサを守った。しかも、“彼女の行動”を認める形で。


(……そっか。今回は、ルートが違うんだ)


 でも、それだけじゃなかった。もう一つ、許せない違和感が胸を刺していた。


(あのマリエット。私、好きだったのに……)


 地味で目立たないけど、優しくて、陰で支えてくれる“いい子”。

 でも今日見た彼女は――違った。


(黒幕……なの? しかも、クラリッサを落とすために……?)


 裏切られたような気持ちと、ルートを壊された焦り。

 でも、それでもアリシアの中には、まだ微かな希望があった。


(ルートが違うなら、私にだってチャンスがある。……この世界、もっと自由にできるかもしれない)


 


 ――マリエット・フロレンティーナ


 「失礼いたします」


 教室から出て、人気のない回廊を歩きながら、マリエットはゆっくりと微笑んだ。


(……あの方は、あんな風に“正しいこと”を言える人ではなかったはず)


 レオンハルト殿下。

 あの冷たくて無関心で、決して他人に深入りしなかった、彼が。


(昨日までは、ただの浮かれたご入学殿下かと思っていたのに)


 だが今日――彼は、あの空気をたった一人で切り裂いた。

 冷静に、的確に、そして――まっすぐに“クラリッサ”を立てた。


(……何かが、変わった)


 彼は、確実に“何かを知っている”。

 いや、変化したのだ。この短い時間の中で。


(何があったのですか、殿下。……でも、構いませんわ)


 目を細め、唇に指先を添える。


(貴方の視線を私に戻すためなら、私は何だってする。

 “あの令嬢”を落とすための策は、まだいくつも用意してあるのですから)


 その瞳に宿るのは、狂気を秘めた執着――狂愛だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ