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破滅させる側だった俺が、悪役令嬢を守る話  作者: おにわさ


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18/32

静かなる動き

 学園管理棟の一室では、夜も更けた頃、教師陣と王国の魔術調査官による非公式の緊急会議が行われていた。


「転移魔法陣の痕跡は、模擬試験区域の森林区画にて発見されました。

 殿下の報告では――“本来あの罠はアリシア嬢を狙ったもの”だったと証言されています」


「ですが、今回の課題ではアリシア嬢はクラリッサ嬢とペアを組んでいた。

 その状況で、彼女一人を狙う理由は乏しい」


 調査官が一つ息を吐く。


「つまりこの罠は、アリシア嬢とクラリッサ嬢、二人を同時に巻き込もうとした可能性が高い」


 沈黙。


 そして、教師の一人が慎重に手元の資料をめくりながら言葉を挟んだ。


「……ただし、発見された魔法陣について一点、報告があります。

 構築そのものは、はっきり言って粗雑でした。魔力制御も荒く、基礎的な陣形の組み合わせに過ぎません」


「では……中級以上の魔術師の仕業では?」


「構築者の技量から見て、罠としての設置は“見よう見まね”か、簡易なレシピを流用したものと思われます。

 しかし、問題は――転移先です」


「……転移先?」


「はい。地下の封鎖空間――あそこに転移座標をピンポイントで固定するには、内部の構造を正確に知る者の知識が必要です。

 ですから、我々はこう考えています」


 教員の指が図面の上をなぞる。


「罠を設置した者と、転移先を設計した者は“別人物”である可能性が高い」


 調査官の表情がわずかに強張る。


「つまり――単独犯ではないと?」


「少なくとも、“転移魔法の知識を持つ上級者”が背後にいる可能性があります。

 その人物が罠を仕掛けるための指示を出し、実働を任せた者が設置した、という構図です」


「……厄介な話だな」


 再び重苦しい沈黙。


「二人に対してあまり好意的でない者――そして、学園内外に“構造情報”を持つ者。

 この二つを軸に、調査対象を絞ってください」


「了解しました」


 そして――その報告書は、密かに王宮へと送られることとなった。


翌朝。


 目覚めてまず確認したのは、服。

 今日はきちんと制服。バスローブではない。スライムもいない。心も穏やか。よし、正常。


(昨日のことは……忘れたい……)


 気持ちを無理やり前向きにしてドアへ向かったそのとき――


 コンコン


「……殿下、失礼いたします。ユリウスです。お時間、よろしいでしょうか」


 柔らかくも礼儀正しい声。


 ドアを開けると、そこにはいつもの通りきちんと整った制服姿の青年――

 俺の従者、ユリウス・シュタイナーが立っていた。


「おはようございます、殿下。朝食のご案内にまいりましたが……その前に、ご報告がございます」


「報告?」


「はい。昨日、殿下が巻き込まれた“転移トラップ”について――犯人が特定されました」


「……誰だ」


「昨日、課題中にアリシア嬢を侮辱し、クラリッサ嬢に注意された貴族の生徒――二名です」


「……あいつらか」


「調査官の手によって証拠を提示された瞬間、自供は極めて素直だったそうです。

 曰く、“何者かに、アリシア嬢を困らせるよう唆された”と」


「何者かって……誰だよ」


「“名乗らなかった。顔も覚えていない”と供述しているようです。

 さらに、“あのような危険な場所が転移先になるとは知らなかった”、“ただの悪戯のつもりだった”とも」


「……ふざけんな。俺がどれだけ怖い思いしたと思ってんだ……」


 ユリウスは眉一つ動かさず、淡々と続けた。


「学園は現在、この事件の背後に指示者がいる可能性を前提に調査を進めております。

 とくに、“地下構造に精通している者”に関する情報は、王国側とも連携しているようです」


「つまり……終わってないってことだな」


「その通りです。

 また、殿下の安全確保のため、数日間は“目立たない護衛”が付きます。

 もちろん、私ユリウスも、これまで以上に身辺の監視と警戒を徹底いたします」


「……頼りにしてる。ほんとにな」


 ユリウスは静かに、けれど誇らしげに頭を下げた。


 その姿は、まさに“王族付き”にふさわしい所作だった。


 翌朝。


 目覚めた俺はまず、ベッドの上でしみじみと服を見下ろした。

 制服。無事。溶けてない。世界に感謝。


(よし。今日はちゃんと人として始められる)


 気を取り直して立ち上がろうとしたそのとき――


 コンコン


「……殿下。ユリウスです。起きておられますか?」


 扉の向こうから聞こえるのは、丁寧で落ち着いた声――

 だが、俺はもう知っている。その中に鋭く刺さる棘があることを。


「開いてる、入れ」


 ドアが開き、制服も姿勢も完璧な俺の従者、ユリウス・シュタイナーが入ってきた。


 その手には、きっちりまとめられた報告書と、紅茶入りのポット。


「おはようございます、殿下。……服がきちんとしていて安心しました。

 まさか今日もバスローブでお出ましになられるのではと、若干の覚悟はしておりましたが」


「いきなり刺してくんな」


「ご安心ください。今日は“毒は薄め”にしてあります」


「毒だって自覚してるんだな!?」


 俺がソファに座ると、ユリウスは紅茶を注ぎながら、淡々と口を開いた。


「さて、本題です。昨日、殿下が巻き込まれた“転移トラップ”について、犯人が判明しました」


「マジで?」


「はい。昨日の課題でアリシア嬢を侮辱し、クラリッサ嬢に叱責された貴族の生徒、例の二人組です」


「……あいつらか」


「ええ。証拠を提示された瞬間、非常にスムーズに口を割ったそうです。まるで用意していたかのように」


「……で、何て言ったんだ?」


「“誰かにアリシア嬢を転移させれば面白いと言われた。困らせてやるだけのつもりだった”と。

 “転移先があんな危険な場所だとは思っていなかった”、と、繰り返していたそうです」


「……あの空間知らなかったのか。ほんとに?」


「少なくとも彼らの魔力水準では、座標をあそこに固定することは不可能。

 背後に“本命”がいると見て間違いないでしょうね。あの二人、知識よりは勢いで生きてますから」


「……にしても、俺を巻き込んだんだぞ? 普通に怒るだろ、これ」


「“王族を巻き込んだ”という自覚が薄いのが、今の貴族子息の“残念ポイント”です。

 見せしめに王家の紋章を刻んだ特大の説教でも贈られてはいかがでしょうか?」


「怖ッ!? お前の口調、やっぱり今日も毒だわ!」


 俺が頭を抱えると、ユリウスは紅茶を差し出してきた。


「それと、殿下。護衛が本日よりつきます。目立たぬよう、自然な形で。

 ……とはいえ、殿下の行動次第では“目立たない”など幻想に等しいことも学園側は理解しております」


「なんでちょっと含み笑いしてんの!? 俺だって目立ちたくてスライム爆発したわけじゃねぇよ!!」


 朝からぐったり。


 だが、ユリウスの報告には、緊張と警戒の色もにじんでいた。


(そそのかした奴……それが“本当の犯人”だ)


 俺はそっと、冷めかけた紅茶を見つめる。


「ユリウス、しばらく、警戒頼むな」


「もちろん。……毒舌も、護衛の一環ですから」


「いやそこは別でいいから!!」



 事件の翌朝。

 学園は、一見いつも通りの静けさに包まれていた。


 だが、空気はわずかに重い。

 上級生たちは何かを察したように声を潜め、下級生たちは“噂”を求めてそわそわしていた。


「ねえ、昨日のあれ……本当に殿下が?」


「バスローブって……いやいや、まさかね……」


「でも、スライムまみれで戻ってきたって聞いたよ?」


 廊下のあちこちで交わされる小声。

 教師たちは笑顔を絶やさずに監視の目を光らせる。


 そんな中――


 


 * * *


 


 クラリッサは、今朝も変わらず美しく、整った立ち姿で学園の正門前に立っていた。


 表情には乱れ一つない。だが、胸の内は穏やかではなかった。


(……あのような危険なことを、“いたずら”で仕掛ける者がいるなんて)


 名指しされた生徒の顔を思い出す。


 昨日、アリシアを侮辱し、自分に注意された者たち――

 彼らが転移魔法を仕掛けたなど、浅ましく、幼稚で、愚かしい。


(殿下は……巻き込まれてしまった)


 口に出さずとも、胸の奥では怒りが渦巻いていた。


(どうして、もっと早く気づかなかったのか)


 王族としての彼。

 そして、婚約者としての彼。


 そのどちらも、自分にとって“かけがえのない存在”だと、痛感させられた出来事だった。


(私は……もっと、しっかりしなくては)


 クラリッサは小さく息を吸い、また静かに吐いた。


 感情を飲み込む――それが、クラリッサ・エルフォードの誇りだった。


 


 * * *


 


 一方のアリシアは、いつもの笑顔を浮かべながら登校していた。


 けれど、その目元はわずかに揺れていた。


(あれが、本当にいたずらのつもりだったって言うの……?)


 情報通の彼女には、すでに“犯人が誰だったのか”も伝わっていた。


 だが、それ以上に胸に引っかかっているのは――


(私じゃなくて、殿下が巻き込まれた)


 本来、あの魔法陣は“アリシア=自分”が踏むはずだった。

 彼女は知っている。この世界が、ただの偶然で動いていないことを。


(ルートが……変わった)


 そう思ったとき、彼女は不思議と――嬉しかった。


 自分が“護られた”。

 そして、殿下が“自分のために苦労してくれた”。


(それって、特別なイベント……だよね)


 どこか嬉しそうに笑って、アリシアはポケットの中の飴玉をぎゅっと握った。


 


 * * *


 


 事件の影はまだ完全には晴れていない。

 けれど、それぞれがその影の中で、何かを考え、何かを変えようとしていた。


 学園は今日も始まる。

 静かな、けれど確かに揺れる“日常”の中で――。



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