最強王子、そして伝説へ
会話が一段落したあと、俺たちは“出られる手段”を探すことにした。
「とはいえ、出入り口らしいものは見当たりませんね……」
ロイドが石室の壁を一つずつなぞりながら、ぼそりと呟いた。
「さっきの魔法陣が、出るための装置ってわけでもなさそうだしな」
「この結界、魔力の流れがごく微細に歪んでいる部分がいくつかあります。
何かが“隠されている”可能性は高いです」
言いながら、ロイドは足元の床を叩く。
コン……コン……
乾いた音の中に、ひとつだけ――低く、詰まった音が混じった。
「……ここです」
その床石は他と違い、魔力の流れが僅かに乱れていた。
ロイドがしゃがみ込み、手のひらを押し当てる。
「解除式の魔力印……ですが、入力方式がちょっと特殊です。言語認証か、意志反応か……」
「じゃあ、“開けゴマ”とか言えばいいのか?」
冗談のつもりで言ったその瞬間。
――ギィィ……
微かに、石が擦れる音がした。
「……嘘だろ?」
「いや、嘘ですよね? それで反応するの、絶対設計ミスでしょ……」
その場の空気が一瞬、凍ったあと――
ロイドが咳払いしながら言った。
「どうやら、“ある種の言霊的要素”が反応条件だったようですね」
「え、俺、マジで“開けゴマ”で出られるの? これ、俺の威厳……」
「威厳なら最初からなかったです」
「言っていいことと悪いことがあるぞロイドぉぉぉ!!」
それでも。
動き始めた石床の一部が、静かにスライドして、奥へと続く通路をあらわにした。
風が吹いた。わずかに、外からの空気――そして、どこか懐かしい香りが漂った。
「……よし。行くか」
「はい。殿下、“ゴマ効果”で突破口が開けましたので」
「それ絶対後でネタにするだろ!!」
軽口を交わしながら、俺たちは新たな通路へと踏み出した。
隠された通路を抜けた先は、石造りの広い広間だった。
だが、その空間に足を踏み入れた瞬間――異様なぬめりと、魔力の匂いが鼻を刺した。
「……え?」
目の前には、ぐにゃりとした塊が、ぷるぷると揺れていた。
一体じゃない。
二体、三体――
「おいおいおい、なんかいる! なんかめっちゃいる!!」
「……スライムですね。しかもかなりの数。ざっと二十体以上は……」
「多すぎるだろ!? 道ふさいでるじゃん!!」
ロイドが目を細めて、真剣な声で言った。
「これ、“魔力吸収型”の変種です。
攻撃魔法を使用すると吸収して一時的に大型化、さらに分裂して増殖するタイプ」
「詰んだ!!!!」
スライムたちは、ぴちょん、ぴちょんとじわじわと迫ってくる。
そんな中、ロイドが真顔でぽつりと呟いた。
「……殿下、これはチャンスです」
「は?」
「今まで“ゴマ”しか活躍してなかった殿下に、ついに来ました――お色気シーンのチャンスが」
「この状況のどこに色気があるってんだよ!?」
「スライムに絡まれる王子の服。スライムまみれの姿で喘ぐ表情。
これはもう、間違いなく伝説になります」
「お前ほんとに王族に対する敬意どこやった!?」
「外に置いてきました」
「拾ってこい今すぐ!!」
ふざけながらも、スライムたちは確実に距離を詰めていた。
ロイドが剣を抜き、真剣な目で振り向く。
「僕が引きつけます。殿下は後方支援――物理で」
「……ほんとに王子の立場とは!?」
一瞬、ツッコんだ俺だったが、すぐに顔を引き締めて――
「OK、任せろ!」
……と、カッコつけた直後。
ふと、俺の頭に疑問がよぎった。
「……ん? 後方から“物理”って、俺……何ができるんだ?」
沈黙。ロイドがゆっくりと俺を振り返る。
「殿下、杖も剣も持ってないですよね」
「うん。素手でスライム殴るのはさすがに……ないよな」
「体当たりとか?」
「威厳死ぬ!!!」
「では、“お色気王子”として名を馳せるしか――」
「よし分かったもうやめろロイド!! 俺がんばるから黙ってくれ!!」
――こんなやりとりをしつつ、スライムたちは迫ってくる。
足元に、じわりと広がる粘液。背筋が冷たくなる感触。
「……もう逃げられないな」
「はい、覚悟を。殿下。王子の名に懸けて――泥まみれの名誉を!」
「やめろそのキャッチフレーズマジで!!」
俺たちは、スライム軍団に向かって突撃した。
スライムたちが一斉に動き出した。
ロイドは剣を抜いて前に立ち、俺はその背後で、なるべくスライムと距離を取りながら支援――というか見守っていた。
「左から三体! 一気に来る!」
「了解。回り込んで叩く!」
ロイドの動きは正確で速かった。
剣筋も無駄がなく、スライムの核を一突きするごとに、ぷしゅう、と体液が四方に飛び散る。
そのタイミング。
――ぴしゃっ。
「うわっ、冷っ!? おい今、思いっきりこっち飛んできたぞ!」
「すみません、誤差です。跳ね返りは避けられません」
「今の角度、どう見ても直撃コースだったんだけど!?」
「お気のせいかと」
だが、それからも――
ぴしゃ。
ぴちゃっ。
べちょっ。
……なぜか、やたら俺のほうにだけ飛んでくる。
「なぁ、ロイド」
「はい?」
「……まさかとは思うけど、一応確認してみていいか?」
「どうぞ」
俺はスライムの残骸を見つめながら言った。
「スライムって、普通こんなに飛散しながらやられてくもん?」
ロイドは一瞬だけ沈黙し――にっこりと微笑んで言った。
「いえ、核を潰すだけなら、飛散なんて一切しません」
俺は絶句した。
「てめぇ、わざとだな!? 絶対狙ってるだろ!!」
「いえいえ、これは偶然です。
ただ、殿下が“お色気シーンの王子”として名を馳せるためには、多少の演出が必要かと」
「演出の名を借りた嫌がらせだろそれぇえええ!!」
ぴちゃっ。
さらにもう一発、冷たいスライムが背中にヒット。
「ぬぉおおお!? 冷たい! 服の中入った! おい誰かタオル持ってこい!!」
「お色気王子、爆誕ですね」
「やめろその称号マジで!!」
――でも、不思議と腹は立たなかった。
なんだかんだで、息は合っている。
笑っていられるということは、俺たちは――勝ってるってことだ。
ぬるり――と、広間の奥がうごめいた。
黒紫の粘液が地面を覆い尽くし、まるで影が這い寄るように巨大な塊が姿を現す。
スライム・キング。
だがその姿は、図鑑に載っているような“ぷるぷるしたかわいい敵”ではなかった。
どろり、と濁った体液が床を焼き、鈍い金属音を立てて石を腐食させていく。
空気はじっとりと重く、魔力が空間に貼りつくような感覚。
「“収束型”……核を守るためにスライム層を強化した個体です。
魔法も物理も、正確に核を狙わないと通じません」
ロイドの声が低くなった。
スライムの中心にかすかに浮かぶ銀色の核。
それを取り巻く、分厚い粘液の壁――ただの水飴ではない。砕こうとすれば、跳ね返すほどの粘性と密度を誇っていた。
「くっ……!」
ロイドが駆ける。剣が風を切る音が空間を裂く。
――シュン!
滑らかに振り下ろされた刃が、スライムの体に突き刺さる。
――ジュッ。
火花のように魔力の火点が弾け、ねばりつく粘液がロイドの剣を巻き込んでいく。
「……再生が速い。削っても削っても、追いつかない……!」
粘液を斬り裂くたびに、スライム層がぶわりと盛り上がる。
斬撃音に混じって聞こえるのは、じゅわ、じゅわ、と魔力を吸収して膨らむ音。
それはまるで、生きている盾。
「このままじゃロイドが……!」
俺は足元に転がる一本の剣に気づいた。
ぷるぷると半透明に揺れる、不思議な質感の刃――
「……スライムソード?」
「レアドロップですね。スライム特攻。見た目はアレですが効果は絶大です」
「今は見た目なんかどうでもいい!!」
剣を握る。手に吸いつくような感触。
けれど、違和感よりも――体が自然と前へ動いていた。
「ロイド、退け! 俺が行く!!」
「了解! 右側、核が浮いてます!」
粘液をかき分ける。ぬるりと足元にまとわりつく感触。
剣を振り上げ、スライムの体に踏み込み――
「うおおおおおおおおお!!!!」
――ズシャッ!
まるで粘液などなかったかのように、剣はするりと中を通り抜け、核を直撃した。
ぱりん――と、硬質な音が響いた。
直後、スライム・キングの体がぐずりと崩れ、動きを止めた。
「……やった……」
息を吐く。
(俺、今、めちゃくちゃカッコよくなかったか?)
そのとき、背後でロイドが静かに下がったのが見えた。
「……え? ロイド?」
聞き返すより早く、俺の足元が揺れた。
――ぶしゅっ!!!!
粘液の塊が、一気に爆ぜた。
全方位に飛び散るどろりとした粘液。
背中に、腕に、顔に――冷たい、ぬめる感触がべっとりと貼りつく。
「ぎゃああああああああああああああ!!!!」
ロイドが遠巻きに声をかける。
「殿下、遅ればせながらご報告を。あの粘液、衣服を分解する性質があります」
「なああああああああ!?!?!?」
「しかも体温で溶解速度が上がるため、もうすぐ下着まで――」
「やめろ!! もう言うな!! 誰かタオル持ってきてぇえええ!!」
スライムソードを持った俺の手だけが、むなしく勝利を証明していた。
そして俺は伝説となった。
“最強王子”として――
“服を溶かされたお色気王子”としても。




