四人での討論と、言葉がもたらす誤解
温室の中、課題の紙を囲んで、俺、ロイド、クラリッサ、アリシア――四人で向き合う羽目になっていた。
きっかけはただの偶然だった。
クラリッサの落とし物を届けに入ったら、なぜか「丁度よろしいですわ」と参加を促され、
課題が「四人で討論せよ」という形式だったものだから、流れでそのまま全員でやることになった。
課題:
「あなたが“間違っている”と確信した相手が、それでも自分の信じる道を貫こうとしている。
あなたはその人を止めるべきか、見守るべきか?」
まず口火を切ったのはクラリッサだった。
「私は“止めるべき”と考えますわ。
間違いであると明確に理解しているなら、黙って見過ごすのはむしろ不誠実。
それが及ぼす影響まで想像すればこそ、止めることが“正しさ”であると信じます」
凛とした論理の正論。そのまま女王の貫禄。
次にアリシアが、少し戸惑いながらも言葉を紡ぐ。
「私は……見守りたいです。
人って、自分で選んで、転んで、そこでしか得られないものがあると思うから……。
たとえそれが間違いだったとしても、誰かの人生を“止める”なんて、できないっていうか……」
その目は、過去を見ているようで、どこか切なかった。
ロイドは静かに手を挙げて、自分の意見を。
「……どちらかというより、“状況と相手による”と思います。
冒険者時代、間違って見えた行動が結果的に正しかったこともあるし……。
だから、答えは固定されない気がします」
そして、俺も口を開いた。
「俺なら……止める、でもなく、見守る、でもなく。
“信じて見ている”って立場でいたいかな。
止めたときに背負う責任も、見守るときに支える覚悟も、どっちも必要だって思うから」
空気が一瞬だけ、やわらかくなる――そのはずだった。
「あら、お二人は随分と、息が合っていらっしゃるのですね」
クラリッサの冷静な声に、場が再び凍りつく。
「意見のかみ合い方が見事で、まるで……長年のご友人のようですわ」
「え、いや……」
「アリシア嬢からお声をかけられたとき、最初から“ロイド男爵と組む予定だ”とお伝えいただけていれば……
私たちもこんな無駄に期待するようなことにはなりませんでしたのに」
クラリッサの声は静かだったが、言葉にはしっかりと“刺”があった。
アリシアも、そっと続ける。
「……ですよね。最初からそう言ってくれてたら、余計な気苦労もしなかったのに」
俺はうろたえて、言い訳が口をつく。
「え、でもアリシア嬢とは……そもそも初対面だったわけで……」
沈黙。
クラリッサの笑顔が消える。
「“初対面”、ですのね。……なるほど」
アリシアは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに――ぱあっと笑った。
「そっか、“初対面”か……でも、今日から関係が始まったってことだよね!
ってことは、ルート入り、全然ありうるってことだよね!」
(えっ!? 俺、今なんか言った!?)
空気は完全にズレたまま、俺は最後の一押しに、やらかす。
「でも、こうしてみんなで意見を出し合えてよかったよな。
クラリッサも、アリシア嬢も、自分の意見をしっかり持ってて……なんていうか、頼れる“仲間”って感じでさ!」
その瞬間。
クラリッサの瞳がすうっと冷える。
「……“仲間”、なのですね。
私は、殿下にとって、“その程度”ということ」
立ち上がり、静かに椅子を引く音が響く。
「アリシア嬢、参りましょう」
「はいっ!」
明るい表情のアリシアと、静かに沈むクラリッサ。
二人は正反対のテンションで、温室をあとにした。
俺はその場に残り、茫然と口を開いた。
「…………俺、いま何をした?」
隣のロイドが、そっと手を合わせ、静かに告げる。
「“希望を与え、絶望を植え付け、友情を得て、信頼を失う”という複合的な魔法を……詠唱なしで……」
「ロイド……それ、どうやったら解除できる?」
「……僕も知りたいです」
あの言葉が耳に届いたとき――
時間が、一瞬止まったように感じた。
「クラリッサも、アリシア嬢も、頼れる“仲間”って感じでさ」
仲間、ですって。
それはきっと、殿下なりに場を和ませようとしただけの言葉だったのでしょう。
皆が“同じテーブルに座った者同士”であるという、前向きな意味合いで――
でも。
(私は、ただの“仲間”……それが、私と殿下の距離)
笑顔を保ちながら、心の奥でその事実が、ひどく冷たく沈んでいくのを感じた。
私は、殿下の婚約者。
それは家の決めたことで、望んでなかったかもしれない。
でも、それでも、私はずっと――殿下の隣に立てるよう努力してきた。
自分を磨いて、礼儀も、学問も、剣術すら、完璧を目指した。
そのすべては――
ただ、“あなたに相応しい存在でありたかった”から。
なのに。
(……仲間、なのですね)
私は立ち上がった。
怒っているわけじゃない。ただ、これ以上ここにいても、冷静ではいられなかった。
アリシア嬢が「はいっ!」と元気よく返事をするのを聞きながら、
その明るさすら、眩しく感じた。
彼女は気づいていない。
その言葉が、どれだけ私を傷つけたか。
あるいは、気づいていても――それを超えて、得たいものがあるのかもしれない。
私は、殿下にとって“その程度”。
けれど、それでも、私は――
(……好き、なのですわ)
言葉にすれば、あまりにも脆く、惨めで、砕けそうな思い。
だから、私は口にしない。
その想いは、誰にも見せずに、
私は、殿下の“婚約者”としての姿勢だけを保って――温室を後にした。




