第一章 EX 『語られなかった理由』
「それでは、私たちは先に失礼します」
「失礼します」
「ふふ、リオットはまた明日ね〜」
「はい。また、明日」
クラリスとリオットが扉の向こうへ姿を消し、部屋にはアゼル、ミレイユ、アレクシオンの三人だけが残った。
太陽の光が届かないエルグラムの地下。
太い木の根が壁を這い、蔦が絡まるこの場所では、照明球の淡い灯りだけが頼りだった。
その輝きがちらついたのに気づいたアゼルは、軽く指を振る。火のエーテルをいくつか発生させ、それを照明球に送り込むと、光は再び安定を取り戻す。
「……『離反者』ライラ・ライカ・ラグローグに、気に入られた者と言えばいいのですかね」
部屋の中が、先ほどよりもほのかに明るみが広がった。
そのなかで、アレクシオンは穏やかな表情のまま、さも他愛のない話でもするかのように言葉を紡いだ。
重さを感じさせず、それでいて確実に核心へと届く声色で。
「アレクシオン。君はリオットを知っていたんだな」
「殿下は、『離反者』の行方を今も気に留めておられます。そのため、彼の動向を見守るよう命じられていました」
その言葉に、アゼルの胸にふたつの感情が浮かぶ。
動きが早い。さすがは王国の中枢。
同時に、もう一つ。かの一族――代々エルグラムと深く関わってきた家系なら、そう判断するのも当然か。
腕を組み、顎に手を添える。思考の先にあるのは、つい先ほど対面したばかりの青年。
リオット・カーロイ。
外見だけ見れば、どこにでもいる若者だ。群青の髪に気の抜けた笑み。少し人懐っこく、少し抜けていて、それでも礼儀をわきまえており、記紡者としての基本的な素養も持ち合わせていた。
ああいうタイプは、ある日突然、劇的に化ける。アゼルの直感がそう囁いていた。
「あなたたちは何処で知り合ったの〜?」
「シャリエの杯ですよ」
「……ということは、イツキも彼と何かしら交流があるってことか?」
「そうですね。イツキさんも、リオットのことは注目している様子です」
あの人も、何かを感じ取っているのか。
アゼルは、リオットという存在が、予想以上に厄介なものかもしれないと気を引き締める。
記憶の破棄――世界樹に記録された情報を、意図的に消し去った記紡者。それはこの世界で、決して許されることのない禁忌だった。
その罪を犯し、姿を消したのが“離反者”ライラ・ライカ・ラグローグ。
そしてもう一人。十年前に厄災を討ち滅ぼしながら、世界樹に記録されることのない“例外者”――トオノ・イツキ。
世界樹が中心であるこの世界から、はみ出したものたち。そんな彼らに、リオット・カーロイは期待されている。
あるいは、何らかの変化の兆しになることを求められているのか。
「……あの人が彼と接触した形跡は、何か出てきたかしら〜?」
ミレイユの声には、遠慮がちでありながら、それでも期待を捨てきれない響きがあった。
「いえ、1度もございませんでした」
「ふふ、まあ……そうよね」
その口元に浮かんだのは、諦めにも似た、柔らかな寂しさ。
アレクシオンはそれを見て、少し声色を整えるように言葉を続けた。
「離反者が地下迷宮を共にしたというエルフとの接触は、これまでに何度か試みています。ただ、かなり個性的な人物だという噂もありまして……」
「魔法部門長が、そのエルフと縁があるのだけどね〜」
「そうなのですか?」
驚きを滲ませたアレクシオンの横で、アゼルが小さく肩をすくめた。
「ああ。だから何度か、その人にも説得に加わってもらうよう要請はしているんだけどね……彼は彼で筋金入りの頑固者だからな。そのエルフとはまだ会うわけにはいかない、の一点張りだよ」
「だからあの人の件は、なかなか進まなかったのだけど……リオットが記紡者になってくれたおかげで、少し進展がありそうなの。私も嬉しいわ〜」
その声は、さきほどとは打って変わって、抑えきれない喜びにあふれていた。
けれど、その明るさの裏には、憧憬と未練が複雑に溶け込んでいる。
「ですが、『離反者』のことを彼にどう伝えるつもりですか? この件は、ごく一部の者しか知らない機密です」
「しばらくは伏せておくつもりだ。今それを明かせば、彼は旅立つどころか、立場を投げ出しかねない。……あくまで推測だが、リオットが離反者に抱いている感情は、相当強いはずだ」
「いいえ、あの子が記紡者を辞めることはないと思うのよ〜」
ミレイユの語り口は柔らかいままだったが、その奥には確信めいた力が潜んでいた。組んでいた腕をそっと解き、両の手を重ねながら、やわらかく微笑んでいる。
「……それは、何故だミレイユ?」
ミレイユは答えず、目を細めて笑う。その笑みに、揺るぎない何かがにじんでいた。
「ふふ、あの人にもう一度会いたいのなら……記紡者でいるのが一番の近道なのよ」
「根拠は?」
問いはあくまで冷静に、ただ事実を求めるように。
それに答えるように、アレクシオンが口を開く。
「女性の勘、というわけですね。ミレイユさん。……あなたも離反者に、強い想いを抱いているように見えます」
ミレイユは何も言葉を返さず、ただ指先をきゅっと組み直した。
しかしその沈黙は、何よりも多くを語っていた。
アレクシオンもまた「そうですか」と深く頷く。
交わされる言葉は少ない。
それなのに、互いの意図がひそやかに交差していく様子が、まるで目の前で不可視の綱が張り巡らされていくようだった。
沈黙の探り合い。笑みに含まれた確信。頷きの奥に潜む牽制。
――性質が合わないな、この二人。
アゼルは、たまらずうんざりしたように、そっと瞼を閉じた。
お読みいただき、ありがとうございました。
これにて、第一章が終わりました。
明日からは第二章に入って行きます。
引き続き、リオットの旅をよろしくお願いします。
また、もし気に入っていただけましたら、ページ下のブックマーク登録や、広告下の☆評価ボタンをポチッと押していただけると励みになります!




