表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルの庭  作者: 空乃 みづい
第1章『記憶を紡ぐ者』
9/26

第一章 EX 『語られなかった理由』

「それでは、私たちは先に失礼します」


「失礼します」


「ふふ、リオットはまた明日ね〜」


「はい。また、明日」


 クラリスとリオットが扉の向こうへ姿を消し、部屋にはアゼル、ミレイユ、アレクシオンの三人だけが残った。


 太陽の光が届かないエルグラムの地下。


 太い木の根が壁を這い、蔦が絡まるこの場所では、照明球の淡い灯りだけが頼りだった。


 その輝きがちらついたのに気づいたアゼルは、軽く指を振る。火のエーテルをいくつか発生させ、それを照明球に送り込むと、光は再び安定を取り戻す。


「……『離反者』ライラ・ライカ・ラグローグに、気に入られた者と言えばいいのですかね」


 部屋の中が、先ほどよりもほのかに明るみが広がった。


 そのなかで、アレクシオンは穏やかな表情のまま、さも他愛のない話でもするかのように言葉を紡いだ。

 重さを感じさせず、それでいて確実に核心へと届く声色で。


「アレクシオン。君はリオットを知っていたんだな」


「殿下は、『離反者』の行方を今も気に留めておられます。そのため、彼の動向を見守るよう命じられていました」


 その言葉に、アゼルの胸にふたつの感情が浮かぶ。


 動きが早い。さすがは王国の中枢。


 同時に、もう一つ。かの一族――代々エルグラムと深く関わってきた家系なら、そう判断するのも当然か。


 腕を組み、顎に手を添える。思考の先にあるのは、つい先ほど対面したばかりの青年。

 リオット・カーロイ。

 

 外見だけ見れば、どこにでもいる若者だ。群青の髪に気の抜けた笑み。少し人懐っこく、少し抜けていて、それでも礼儀をわきまえており、記紡者としての基本的な素養も持ち合わせていた。


 ああいうタイプは、ある日突然、劇的に化ける。アゼルの直感がそう囁いていた。


「あなたたちは何処で知り合ったの〜?」


「シャリエの杯ですよ」


「……ということは、イツキも彼と何かしら交流があるってことか?」


「そうですね。イツキさんも、リオットのことは注目している様子です」


 あの人も、何かを感じ取っているのか。


 アゼルは、リオットという存在が、予想以上に厄介なものかもしれないと気を引き締める。

 

 記憶の破棄――世界樹に記録された情報を、意図的に消し去った記紡者。それはこの世界で、決して許されることのない禁忌だった。


 その罪を犯し、姿を消したのが“離反者”ライラ・ライカ・ラグローグ。


 そしてもう一人。十年前に厄災を討ち滅ぼしながら、世界樹に記録されることのない“例外者”――トオノ・イツキ。

 

 世界樹が中心であるこの世界から、はみ出したものたち。そんな彼らに、リオット・カーロイは期待されている。


 あるいは、何らかの変化の兆しになることを求められているのか。


「……あの人が彼と接触した形跡は、何か出てきたかしら〜?」


 ミレイユの声には、遠慮がちでありながら、それでも期待を捨てきれない響きがあった。


「いえ、1度もございませんでした」


「ふふ、まあ……そうよね」


 その口元に浮かんだのは、諦めにも似た、柔らかな寂しさ。

 

 アレクシオンはそれを見て、少し声色を整えるように言葉を続けた。


「離反者が地下迷宮を共にしたというエルフとの接触は、これまでに何度か試みています。ただ、かなり個性的な人物だという噂もありまして……」


「魔法部門長が、そのエルフと縁があるのだけどね〜」


「そうなのですか?」


 驚きを滲ませたアレクシオンの横で、アゼルが小さく肩をすくめた。


「ああ。だから何度か、その人にも説得に加わってもらうよう要請はしているんだけどね……彼は彼で筋金入りの頑固者だからな。そのエルフとはまだ会うわけにはいかない、の一点張りだよ」


「だからあの人の件は、なかなか進まなかったのだけど……リオットが記紡者になってくれたおかげで、少し進展がありそうなの。私も嬉しいわ〜」


 その声は、さきほどとは打って変わって、抑えきれない喜びにあふれていた。

 けれど、その明るさの裏には、憧憬と未練が複雑に溶け込んでいる。


「ですが、『離反者』のことを彼にどう伝えるつもりですか? この件は、ごく一部の者しか知らない機密です」


「しばらくは伏せておくつもりだ。今それを明かせば、彼は旅立つどころか、立場を投げ出しかねない。……あくまで推測だが、リオットが離反者に抱いている感情は、相当強いはずだ」


「いいえ、あの子が記紡者を辞めることはないと思うのよ〜」


 ミレイユの語り口は柔らかいままだったが、その奥には確信めいた力が潜んでいた。組んでいた腕をそっと解き、両の手を重ねながら、やわらかく微笑んでいる。

 

「……それは、何故だミレイユ?」


 ミレイユは答えず、目を細めて笑う。その笑みに、揺るぎない何かがにじんでいた。


「ふふ、あの人にもう一度会いたいのなら……記紡者でいるのが一番の近道なのよ」


「根拠は?」


 問いはあくまで冷静に、ただ事実を求めるように。


 それに答えるように、アレクシオンが口を開く。


「女性の勘、というわけですね。ミレイユさん。……あなたも離反者に、強い想いを抱いているように見えます」


 ミレイユは何も言葉を返さず、ただ指先をきゅっと組み直した。


 しかしその沈黙は、何よりも多くを語っていた。

 アレクシオンもまた「そうですか」と深く頷く。


 交わされる言葉は少ない。

 それなのに、互いの意図がひそやかに交差していく様子が、まるで目の前で不可視の綱が張り巡らされていくようだった。


 沈黙の探り合い。笑みに含まれた確信。頷きの奥に潜む牽制。


 ――性質が合わないな、この二人。


 アゼルは、たまらずうんざりしたように、そっと瞼を閉じた。

お読みいただき、ありがとうございました。


これにて、第一章が終わりました。

明日からは第二章に入って行きます。

引き続き、リオットの旅をよろしくお願いします。


また、もし気に入っていただけましたら、ページ下のブックマーク登録や、広告下の☆評価ボタンをポチッと押していただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
壮大な雰囲気が感じられる世界観に、ワクワクしながら読ませていただきました。 主人公のリオットも親しみやすく、記紡者という存在についても、アゼルたちとの自然な会話のおかげでとてもわかりやすかったです。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ