自己紹介って難しい。
春・・・今日僕は高校に入学した。そのとき、学校の玄関前に立つ一人の女の子に目がとまった。サラサラと風になびく長い髪。ひらひら揺れるスカート。玄関前の桜も相まってか、それはとても綺麗に見えた。
そうか、これが「一目惚れ」ってヤツなのか・・・。
入学式の後、自分のクラスの教室に向かった僕は、まず座席表で自分の席の位置を確認する。前から二列目の位置だったことを悔やみながら教室の中に入ると、さっきの女の子が居ることに気付いた。全く関係のない知らない相手にもかかわらず、盛大に心の中で喜んだ。さらに、僕の左隣の席だということにまた喜んだ。二列目だったことの悔しさなんてその頃にはすっかり忘れてしまった。その子に話かけようとしたけれど、すぐに先生が入ってきて間も無くHRを始めてしまった。
このHRの時間は、クラスのみんなが一人ずつ前に立って自己紹介をする時間だそうだ。僕は、一年間を共にするどんな人たちよりも、今はあの子にしか興味がなかった。
出席番号順に自己紹介していくのもあって、苗字の頭文字が「さ」の僕はかなり早く順番が来た。
自己紹介をしろと言われても、何も考えてなかった僕は急に文章が出てこない。前へ移動する間も使って何か良い感じの話すことはないかと必死に記憶を掘り起こすけれど、こういうのは考えれば考えるほど浮かばなくなる。前に立ってから考える訳にもいかず、僕はこんな自己紹介をした。
「はじめまして、江潮中学校から来ました、佐竹 圭汰と申します。えーっと、同じ中学の人が少ないのでぜひ仲良くしてもらえると助かります。よろしくお願いします。」
という感じで、とりあえず何の面白みもない普通のあいさつを済ませたところで、僕は自分の席へと戻る。このとき次の発表者の女子とすれ違ったのだが、そのすれ違いざまに・・・
「私にまかせとけ。君の失敗の仇は私がとってあげよう。」
と、笑顔で言われた。勝手に人の自己紹介を失敗にするな。
前へ向かう彼女は終始笑顔であった。さぞ自信があるのだろう。
「えーと、はじめまして!江潮中学校から来ました、塩崎 結香です!さっきのビミョーな自己紹介してた圭汰とは幼馴染です。よろしくお願いします!」
結香が自己紹介を終えると、皆が「ハハハハ!」と笑っている
おいおい、マジか。初対面の相手でもこんなことでクラス中が爆笑するのか・・・。
やっぱり、自己紹介ってどんな風にすればよいか全然わからないから難しいし、僕みたいな陰の者にとっては前で話すことすらプチ地獄だ・・・。
さっきの紹介の中にもあったように、結香と僕は幼馴染だ。しかも彼女はかなり可愛い部類だと思う。それもあってか、手前の僕の自己紹介をイジったのはかなりウケた。・・・とても恥ずかしい。
その後、五人くらい自己紹介した後に僕の気になっている女の子の番が回ってきた。彼女はサッと立ち上がると、トットットットッと華麗に歩いていく。きっと落ち着いて自己紹介のできる人なんだろうと思った。しかし、前に立って話し始めたとき僕は思わず驚いてしまった。
「は・・・はじめまして・・・。私の名前は田島 陽香里です。南中学校から来ました。よろしくお願いします・・・。」
んっ・・・?あれ?声が小さい・・・?
きっと彼女の声の小ささに驚いたのは僕だけではなかったと思う。今にも消え入りそうな声で話していた彼女はサササッと速足で自分の席へと戻ってしまった。恐らくかなり緊張していたのだろう。
それ以降、田島さんは俯いてしまい、最後の人の自己紹介が終わるまで顔をあげることはなかった。それを見て、あらためて自己紹介の難しさを痛感した。
その日は自己紹介と学校に関するルール等の軽い説明程度で放課となった。
僕の幼馴染である結香は、放課になった瞬間に目を輝かせながら
「よし圭汰、遊びに行くぞ!」
などと言ってきた。
「おいおい。待てよ、今日入学式だったんだぞ?」
「・・・それがどうかしたの?」
「遊びに行っていいものなのか?」
「知らないけどいいでしょ。どうせ怒られないよ。」
いや、確かに怒られはしないだろうけど・・・。仕方ない、結香に付き合ってどこか遊びに行ってやるとするか。
「しょうがないな。分かったよ、遊びに行こうか」
「さすが圭汰!話の分かる男!」
「褒めても何もでねぇぞ。」
「ちぇ~・・・。」
そういえば、結香と二人だけで遊びに行くの、意外と久しぶりだな。いつぶりだろうか、中二の時以来か?
なんて考えながら結香の方へ目をやると彼女は、
「ねぇ、田島さんも一緒に遊ばない?もし、この後用事とかなければだけど。」
マジか。こいつのコミュ力どうなってんだ?初対面の相手を入学式そうそう遊びに誘うやつがどこにいるんだ?
「おい、結香。いきなり遊びに誘うのは良くないって。田島さん困ってんじゃん。」
「だって田島さん綺麗だし可愛いし気にならない?」
「だからって結香、やっぱりいきなりは良くないよ。」
そうは言ったものの、僕も田島さんが気になっているし、正直一緒に遊べたら良いなとは思ったが、多分それは今じゃないと思う。
それを分かってくれたのか結香も
「それもそっか・・・。ごめん田島さん、無理にとは言わないよ。」
と、言ったので、田島さんも断るだろうと、そう思ったが、
「えと・・・その、いいの?私なんかが二人の間に入っても。」
「もちろん!田島さん綺麗だから、ぜひ友達になりたいんだ。ねぇ、圭汰もいいよね?」
「まぁ、田島さんが迷惑じゃないなら・・・。」
「あ・・・ありがとう。」
「よっしゃ!遊びに行くぞー!」
そうして、僕たち三人は遊びに行くことになった。