落語声劇「蔵前駕籠」短縮版
落語声劇「蔵前駕籠」短縮版
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約15分
必要演者数:4名
(0:0:4)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※忙しい人の為の蔵前駕籠です。
●登場人物
男:吉原目当てのお客さん。
馴染みの遊女に逢いたくて仕方ない。
親方:宿駕籠の主人。
世情が物騒であるため、男の吉原行きを止めようとするが、
結局押し切られる。
駕籠かき1:宿駕籠の駕籠かき。
威勢の良さが売り。
駕籠かき2:宿駕籠の駕籠かき。
相棒と威勢よく駕籠を担ぐ。
命より祝儀が大事らしい。
追い剥ぎ:幕末に横行した、幕府に味方する為軍用金を徴収するという
名目で夜の闇に乗じて身ぐるみ剥いでいく者達。
●配役
男:
親方・追い剥ぎ・枕:
駕籠かき1:
駕籠かき2:
枕:慶応の四年というのは不審な年で、正月の三日から鳥羽伏見の戦が
ございました。明治維新も近い幕末の頃になると、
ずいぶん世間は物騒になって参ります。
尊王攘夷だ、開国佐幕だってんで薩摩や長州が幕府としのぎを削り
あっている。
武士が故郷を無断で抜け出す事を脱藩て言うんですが、その一部が
徒党を組んで追い剝ぎや押し込み強盗を繰り返す。
明日はどうなるか分からないってなると、人は不安に囚われるもん
です。
いま持ってる金が使えなくなるかもしれないから使ってしまえ、
ってんで、吉原などで湯水のごとく派手に使ったんだそうです。
当然そこへ乗せていく駕籠屋も繁盛したわけで、宿駕籠は特に
蔵前茅町の江戸勘、日本橋本町の赤岩、そして芝の神明に初音屋
、いわゆる江戸の三駕籠屋があり、ここの提灯の下がっている駕籠で
吉原あたりに乗り込んでいくと、たいそう幅がきいたとか。
そういう連中の乗る駕籠も当然、追い剥ぎ集団の獲物になります。
どこに出没したかって言いますと、日本橋神田界隈から一度は通ら
なくちゃならない蔵前通り。
そこに覆面で顔を隠し、刀を引っさげて連日連夜出没したんだそう
です。
辻駕籠はもちろん、宿駕籠も暮れ六つになるとぴたっと吉原方面へ
の駕籠は止めてしまう。
そんなのが続くもんだから、当然客足は遠のいて吉原も暇になる。
にも関わらずそういう所へ行きゃモテるだろうってんで、命の危険
を顧みない輩がいたりするわけです。
男:おうッ、駕籠一丁頼むよ!
こちとら気分が浮いてんだ、二人ばかり威勢のいいのを頼むぜ!
祝儀ははずむからよ!
親方:へい、承知しやした。
それで、どちらまで行きやしょうか?
男:おいおい、どちらも何もねえだろ。
気分が浮いてるっつってんだろが!
行くところは吉原って分かりそうなもんだろ!
北へまっつぐ一本道行ってくれりゃあいいんだよ!
親方:はぁ…吉原でございますか。
男:何が吉原でございますか、だよ。
おめえどこで取れた大馬鹿野郎め。
胸ぇ叩いて、万事承知ッ!とやりゃそれでいいんだ、頼むよ!
親方:はぁ…。
いや…あの、いま、鐘が暮れ六つ打ちましたよね?
男:そうだよ、暮れると打つし明けると打つんだ。
明け六つ暮れ六つっつうんだ、暮れて打ったから来たんだよ。
親方:それがですね…暮れ六つ打つとね、
近頃は吉原行きの駕籠は出さねえことになってるんで。
うちだけじゃねえ、赤岩でも初音屋でも出さねえんです。
男:なんで?
親方:なんでって…知らねえんですかい?
男:知らねえな。
なんだよ、何かあんのか?
親方:蔵前通りに追い剥ぎが出るんですよ。
男:出る?
…ウソだろ。
親方:いや、ほんとに出るんですよ。
男:出るったっておめぇ、毎晩は出ねえんだろ?
親方:毎晩出ますよ。
男:ゆんべは?
親方:出ました。
男:じゃあ一昨日は?
親方:出ました。伊勢屋の駕籠がやられたんです。
男:ならその前は?
親方:出ましたよ。
ずーっと出てんです。
男:じゃあ今日は?
親方:出ます。
男:…。
……。
…なに??
親方:出ますよ。
男:やけにはっきり言うじゃねえかよこの野郎。
さては一緒になってやってんのかい?
お二人様ご案内、とか、今日は三組ご案内、とか
分け前もらってやってるんじゃねえのか?
親方:馬鹿を言っちゃいけませんよ、ずーっと出てるんですから。
男:ずっと出てるんだったらよ、追い剥ぎの連中だって懐があったまって
るだろうさ。
今日みてえな寒空の下で人斬り包丁ぶら下げてふらふらしてるよりも
よ、柳橋かなんかの茶屋の二階に上がって一杯吞んで、
故郷の歌でも歌いながら、どんちゃん騒いで踊ったりしてるに違いね
えって。その隙にうかがわねえってのは愚の骨頂だ。
だから駕籠一丁出してくれよ。
親方:いやあ、皆さんそんなこと言って行くんですけどね、
みーんな獲られちまうんですよ。
悪いこたあ言いません、止した方がいいですよ。
襦袢一枚でくしゃみしながら帰ってくるなんて洒落になりませんよ
。それこそ襦袢にもならねえ。
別に吉原が今晩で無くなるわけじゃないんですから。
男:なに襦袢と自慢を掛けてやがんだ。
あたりまえじゃねえか。
吉原が無くなる時は、日本だって無くなってんだからよ。
親方:でしょう?
ですから、そんな剣呑な思いをしていらっしゃらなくたって、
明日昼遊びてことになすったらいかがです?
男:てやんでぃべらぼうめ、一丁前に説教垂れてるんじゃあねえよ!
昼遊びがあるなんてこたぁ百も承知、二百も合点なんだよ!
馴染みの女から文が来てんだ。目が開いてんなら読め!
その文中にいわく、「今晩、お前さんのお顔を是非見せてもらいたい、
、でないと虫が収まりんせん 。」と。
だから虫を抑えるこの顔を持って行くだろ。
馴染みの前でこの顔をぱっと出すだろ?
すると女がまぁ嬉し、わっちの為に体を張って来てくれたんでありん
すね、今夜は離しんせんよ、ってことで俺の首根っこに抱きついてな
。
二人でもってごろごろごろって転がって、
夜具の上で重なってまぁず目出度やなってぇ事になるんだよ!
そう思うと俺ァもう、身体がカッカしちまって疼いてくるね!
だからよ、人助けだと思って駕籠出してくれ。
親方:うぅぅん…人助けはいいんですがねえ…うまくいきますかねぇ…。
男:大丈夫だって言ってんだろ!
祝儀ははずむし、うまく吉原まで着いたらよ、一晩遊ばしてやるから
威勢のいい若ぇの見繕ってくれよ!
親方:はあ…はあはあはあ、なるほど…。
しかし…うーん…。
男:ええぃじれってぇなァおい!
そんなにウジウジしてんなら江戸勘の看板下ろしちまえ馬鹿野郎!!
田舎侍が怖くて駕籠屋がやってられねえだろうがよ、べらぼうめぃ!
追い剥ぎどもは駕籠屋じゃなくて俺が目当てなんだろうがよ!
駕籠なんざいらねえんだろ!?
親方:うーん、まぁ駕籠まではいらんでしょうな。
男:いざ追い剥ぎ共が出たら、駕籠おっぽり出して逃げりゃいいだろうが
!
親方:でもその、何かあったらうちの看板に傷がーー
駕籠かき1:【↑の語尾に被せて】
親方、あっしらが行きやしょう。
親方:おいっ、止しな。
駕籠かき2:いやいや、大丈夫です。行きますよ、えぇ。
旦那のおっしゃる通りだ。
それで、祝儀をはずむってのは本当でござんすか?
男:おう、本当だ。
うまく吉原まで着いたら、おめえらにも女抱かしてやるよ。
どうでい?
駕籠かき1:うほほ、そいつぁありがてぇ。
親方、大丈夫ですって。駕籠はどうってこたねぇんですから。
こっちは命より祝儀が大事なもんでね。なぁ相棒!
駕籠かき2:おうよ!
旦那、約束ですからね、くれぐれも頼んますよ!
ぐずぐず言っちゃあいけませんからね。
もし出たら、そこまでですぜ!
男:わかってるよ!
何もおめえらにチャンチャンバラバラ渡りあってくれたぁ言わねえ!
駕籠かき1:ようし相棒、さっそく支度にかかるか!
駕籠かき2:合点だ!
男:【↑の語尾に被せ気味に】
おぅ待ちな待ちな、後の喧嘩が先ってこともあるからよ。
駕籠賃と…ほれ、酒手の祝儀、二分ずつだ。
親方:へい、ありがとうございやす。
男:おぉいおい、親方が取ってはじくのかい?
親方:えっ?へへ、いや、そんな事は…
おうおめぇら、行って来い行って来いっ。
駕籠かき1:へっ。
旦那、それじゃああっしら支度をーー。
男:おう、支度なら俺もするからちょいと待ってくれ。
どれ…。
駕籠かき2:えっ、だ、旦那?!
この人着ているもんをふんどし一丁以外、全部脱いで綺麗に
本畳みにたたんじまったよ…。
駕籠かき1:しかもそいつを煙草入れや紙入れと一緒に、
駕籠の座布団の下に隠しちまったぞ…。
男:よぅしこれでいい。
おうっ、支度はできたぜ!
やってくんな!
駕籠かき2:だ、旦那、やってくんな、とは言いますけどね、裸ですぜ?
男:ああ、裸だよ、それがどうしたってんだい。
駕籠かき1:旦那、風を切っていきますんで冷えますよ?
男:いいんだよ冷えたって。
向こう行きゃ温め手がいるんだからよ!
寒かったでありんしょう、わっちが温めてあげんす…ってよう!
かーっ、こらぁのろけちまったなあ!
駕籠かき1:いやぁ、こらぁどうも、あっしは感動しちまったね!
あ、親方、ちょいとご覧なすって下さいよ!
駕籠かき2:胸ぇ打たれて涙が出て来ちまうよ!
旦那のこの出で立ちなるものを見ちまうと、ね!
親方:どれどれどれ…
! はぁぁいやぁ、これはえらいねぇぇ。
女郎買いの決死隊だ。
こう行きてぇもんだな!
よしおめえら、粗末のねえように行ってこい!
駕籠かき1:あいよッ!
行くぜ相棒ッ!
駕籠かき2:よしきた合点だ!!
えッ! ほい駕籠ッ! えッ! ほい駕籠ッ!
はッ! はッ! はッ! はッ!
男:おう、威勢がいいねェ!
こうでなくっちゃあな!
駕籠かき1:ええそらぁもう! 酒手が入ってやすからね!
鳴きも入ろうってもんですよ!
えッ! ほい駕籠ッ! えッ! ほい駕籠ッ!
はッ! はッ! はッ! はッ!
どうだい相棒! うまく行きてえなあ!
駕籠かき2:はッ! はッ! はッ! はッ!
まったくだ!
天子様だか将軍様だか知らねえけどよ、
吉原が繁盛してなきゃ駄目だってなぁ!
客が来なくなっちゃア、たまらねえやな!
駕籠かき1:はッ! はッ! はッ! はッ!
だよなぁ、命がけだ!
それにしたって、命かけても、女郎買いに行きたいかねぇ!
駕籠かき2:はッ! はッ! はッ! はッ!
あぁ、助平だからなぁ!
男:るせぇこの野郎ォ!
駕籠かき1:あああいけねぇ聞こえてた。
内緒話だな、相棒!
駕籠かき2:ああ、内緒話だぁ!
男:けっ、内緒話もあるかぃ。
駕籠かき1:いやぁははは…旦那!
うまくいったら一つ、お願いしますよォ!
男:わかってるよ!
駕籠かき2:頼んますぜェ!
おうい、うまくいくよう祈ろう!
駕籠かき1:ああ、祈ろう!
妙法蓮華経、南無妙法蓮華経…
男:【↑の語尾に喰い気味に】
よせやぃ!
大丈夫だって言ってんだろぃ!
駕籠かき2:大丈夫だってよ!
気を付けろー!
駕籠かき1:ああ!
…!あ、旦那、やっぱりいますよ。
店出してますわ。
あれ、あのちらちら見えますぜ。
引き返しましょう。
男:いいよ、そのまま行けよ。
駕籠かき2:いや、だってそこにいますよ。
男:だから、音のしねえようにそっと行って、するりと。
駕籠かき1:するりと、って言ったって…
男:いいから、スーッと! スーッと行けって!
ほれ、祝儀だ、女だ!
駕籠かき2:~~んんじゃあ相棒、行くか。
駕籠かき1:旦那、いざとなったら駕籠放り出しますからね。
駕籠かき2:なんか喋っちゃいけませんよ。
口結んで、舌噛むといけませんからね。
男:おう、頼んだぜ。
駕籠かき1:よ、ようし…行くぜ、相棒。
ふッ、ふッ、ふッ、ふッ。
駕籠かき2:あいよ。
ふッ、ふッ、ふッ、ふッ。
追い剥ぎ:おいッ、待て! 待てェッ!!
駕籠かき1:やべぇおいでなすった!
駕籠かき2:逃げろ、逃げろッ!
ううぅいぃぃしょぉぉあぁぁーーーッッッ!
駕籠かき1:こんなのにッ、捕まってたまるかいぃッッ!
駕籠かき2:あんな田舎侍にぃぃ!
ふッ、ふッ、ふッ、ふッ!
旦那、いなくなったみてえですぜ!
駕籠かき1:ふッ、ふッ、ふッ、ふッ!
このぶんなら、うまく行きますよッ!
追い剥ぎ:そこな駕籠、停まれィ!
駕籠かき2:やべえ、まだいやがった!
駕籠かき1:見ろッ、あっちからも来やがった!
駕籠かき2:ちきしょう、後ろからもだ!
旦那、すまねえ、ここらが潮時ですわ!
男:おう、命あっての物種だ!
早く逃げな!
あとは任しとけ!
駕籠かき1:旦那、ご武運を!
駕籠かき2:相棒、こっちだ!
男:【つぶやく】
12、3人はいるな…けっ、浪士くずれが…来やがれってんだ。
追い剥ぎ:これッ、駕籠の中の仁に物申す。
我ら由緒あって徳川家に味方いたす浪士の一隊。
されど軍用金に事欠いておる。
身ぐるみ脱いで置いて行け。
命までは取ろうとは言わぬ。
なまじ生半に腕立て致すと、貴様の為にならぬぞ。
中におるのは武家か町人か、これへ出いッ、…出いッ!
…近藤、龕灯を駕籠へ向けろ。
武士の情けだ、襦袢だけは許してつかわす。
身ぐるみ脱い…ッ!?
男:へ、へっ、へーーーーーーーーーっくしょい!!!
追い剥ぎ:!おお、もう済んだか。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様(敬称略)
古今亭志ん朝(三代目)
三遊亭圓楽(五代目)
立川談志(七代目)