表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

息をするように君の隣で笑っていたい

作者: 金石みずき

「私、結婚するの」


 会社帰りの電車の中、長椅子で隣り合って座っていた真咲が唐突に言った。

 彼女は勤めて三年目の、会社の同期。そして僕の密かな想い人でもある。


「え、あ、そうなんだ」

「うん、そうなの。まだ会社の人には言ってないんだけど」


 突然の告白に驚いてぎこちない返事になってしまった。

 遠距離の彼氏がいるとは聞いていたけれど、まさかそんなにも話が進んでいたなんて。

 なんとなく返す言葉が思いつかず、「そっか」と返すと、真咲は「うん」と軽く頷いて黙ってしまう。

 気まずい沈黙が流れる。聞こえるのは電車が線路をガタゴトと叩く音だけで、あとはしんと静まり返っている。

 所在なく視線を彷徨わせてみれば、通路を挟んで反対側の窓に反射する真咲の顔が、暗く落ち込んでいた。


「何か、心配事?」

「……うん」


 真咲は滔滔と語りだす。

 結婚への不安、葛藤。ままならない理想と現実のギャップ。

 所謂、マリッジブルーというやつだろうか、と漠然と思いながら聞く。


「彼の会社、今繁忙期みたいであんまり連絡がとれないの。ほとんど会社に寝泊まりしているみたいな感じで、お休みなんて月に何度もないんだと思う」

「それは……仕方がないのかもしれないけど、寂しいね」

「うん」


 その後も真咲は話を続けていく。僕はそれを聞いているだけだ。

 古くは初期研修から。最近では会社の大きなプロジェクトなんかのときにも、よくこうして話を聞き、彼女が溜飲を下げるまで付き合ったものだ。


「だからね、悩んでるの。本当に結婚してもいいのかなぁって」

「それは……」


 何か言おうとして、そこではたと気が付く。これ、いつものやつと同じだ。

 会社ではしっかり者を演じているけれど、本当は小心者で、いつも不安がって。

 気の許せる間柄の人間にだけはこうやって内心を吐露する。

 そしてたくさん話して、語り合って、次の日から前を向くための糧にする。


 そんな繊細そうでありながら、本当は強い彼女の生き方を僕は美しいと思った。


 だからこれはきっと、マリッジブルーなんて大それた名前は必要ない。

 彼女は自分で解答にたどり着く。僕は適切に相槌を打ちながら、話を聞いてやるだけでいい。


 だけどもし僕が何か話せば、彼女は真剣に聞いてくれるだろう。ある程度、考えを誘導することもきっと出来る。そのくらいの信頼関係を作ってきた自負はある。


 心の奥底で黒い欲望が渦巻く。


 この不安につけ込んで、自分のものにしてしまいたい。

 僕なら不安にさせない、そう言ってしまいたい。


 でもそれは過ぎた願い。叶わない願い。例えそんなことで自分のものにしても、いつの日か絶対に終わりがくる。そう、わかっている。


 本当は、息をするように君の隣で笑っていたい。 

 それくらい自然に、君のそばにいたい。でもそれは僕の役目じゃないから。


 だからせめて


 ――君の隣で今、いつもと同じように笑おうと思う。

いかがだったでしょうか。

もし気に入っていただけたなら、他の小説も読んでみてください。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ