おうちに帰るまでがデート。
「お嬢さんがた、ちょっとここでイチャイチャしてないでくださいよ~」
店員さんの呼び声に、ふっと我に返った。
ここはロリータ服店の店内。もっと言ってしまえばでかいファッションビルのテナント。すなわち、結構人が来るということで。
「……あぅ」
気が付いたおねえちゃんが可愛い声を出して目を回す。
店の周りはそこそこの人だかりができていた。しかも、みんながみんなものすごい温かい目で。まるで祝福しているかのように。
……うれしいよ。うれしいけど。
フラッシュバックするさっきの会話。かわいいの連呼。告白まがいのとろけた言葉。しまいには抱きしめあって――。
ああ、恥ずかしい!!
「あ、ちなみにこの服は着ていきます?」
頭から火が噴いた状態で、空気の読めない店員は聞く。
「……ちなみに、おいくら万円で?」
「――――万」
金額は伏せるが、少なくとも一か月のお小遣いじゃ足りない。バイトでもしなきゃ到底届きそうもない金額。しかし、レポートとかで手が回らなさそうなこの頃。
ああどうしようと悩んで。
「……おねえちゃん」
「カードで」
「毎度ありでーす」
さて。
「……ちょっと考えればわかったことなんだけど」
帰りの電車は急行。疲れたのでちょっとでも早く帰りたいから、と僕の希望で。
しかし、各駅停車よりも少し長いはずの十両編成の車内は、途中で抜かした各駅停車より全然混んでいた。黒いスーツばかりが視界を埋める満員電車。
「この中で、わたしたちだけロリータって」
「なんか……めっちゃ恥ずかしいね」
あのあと、着替えずに(タグだけ切ってもらって)帰りの道についたのだ。
わたしはほかに着る服がなかったから仕方ないけど、お姉ちゃんは違うはず。けど。
「でも、ちょっとでも長く可愛くいたいから」
そんな風に言ってにこりと笑っていた。
発車してから一つ目の停車駅。車内はますます混んできて。
突然、ふとももに誰かの指が這う。
「ひゃあっ」
小さい悲鳴が上がった。
痴漢だ。これはきっと、紛れもなく。おねえちゃんの指はこんなに太くない。
這う指はどんどん上のほうに近づいていく。スカートをめくり上げて、下着に触れようとして。
しかし、触れたのはもこもことした感触。痴漢はおむつを、確かめるように触っているようだ。おむつ越しに触れるその恐る恐るした感じが、その驚愕ぶりを物語る。
へへへ、参ったか。
けれど、どの一方で今まで忘れていたその感覚がよみがえる。
自分はいまおむつをしている。まるで赤ちゃんみたいに。
意識すると、尿意がたまって。
「どうしたの? もしかして……ちっち?」
そんなことはないだろうと思ったのだろう。小さく笑いながら言うおねえちゃん。
「ううん。その……なんでもない」
ちょっぴり嘘をついた。痴漢は離れたみたいだし、どこにいるかもわかんない。突き出しようがない。命拾いしたな痴漢野郎。
しかし、停車駅のため減速する電車とは対照的に、尿意は加速していた。
まだ我慢できないほどじゃない。けれど、それがいつまで続くかわからない。
停車。人が多少流動し、すぐにドアチャイムが鳴って。
動き出した電車。ああ、またトイレに行く機会を逸した。
鉄オタの友人曰くこの車両独特のものだという徐々に高音になる爆音を立てて加速する電車。鼓膜に響くその音は、当然膀胱にたまったものをも震わせていた。
ちゃぷちゃぷという音が聞こえてきそうなほどに、切迫していた。
「おねえちゃん……おしっこ」
ついに切り出した言葉。
「出る? 出ちゃった?」
そんな恥ずかしい二択が出されるとは思っていなかった。自分の穿いている下着がいかに幼いものか、それを思い知らされるかのように答える。
「でそう……」
「わかった。……無理はしないでね。いつでも出していいんだから」
よかった、今度はおねえちゃんがおねえちゃんしてる。
しかし、最後の言葉に一瞬ドキッとした。
なんでだろう。子ども扱いされてるはずなのに、それを嬉しく思う自分がいる。
尿意のせいでおかしくなってるのだろうか。それとも――。
じわり、ホースから水滴が垂れて。
「ら、らめっ」
前を思いっきり抑えた。今日一日でどれだけ恥を捨てれば気が済むんだろう。
しかし、そのおかげで少しだけ波は引いた。
モーターが激しく音を立て、駅を通過。それと同時に推定時速百キロ程度の高速からブレーキをかけ始めた。
「あっ」
速度変化の時特有のカクンとした衝動。引いた波が押し返す。
ブレーキは段階を置いて強くなる。カクンカクンとブレーキが強くなっていき。
「まもなく――」
車内放送が鳴って、次の停車駅への到着を知らせる。続く減速。発車の時同様の、しかし今度は音階が低くなる轟音。停車直前は膀胱に来る重低音が響き。
とどめを刺すように、最終のブレーキがかかった。
がくりとした衝動。人波に押し潰れ、おねえちゃんにダイブして。
そこで命運は尽きた。
「あ……ぅ……ちー、でちゃ……」
半泣きで抱き着くと、おねえちゃんは頭を撫でてくれて。
「よしよし、ここまで我慢出来てえらかったねー。ハルカちゃん」
優しさと甘い香り。癒されながら――決壊した。
幼い子供のように、なだめられて、すべてを受け入れられて。
「うん」
ただ一言、自分でも驚いてしまうほどに甘えたような声で答えた。
雫が溢れる。溢れた雫が下着に吸収される。
おもらし。しかも、さっきよりも大勢の前で。さっきの「僕」なら耐えきれなかった。けど。
いまはおねえちゃんが守ってくれる。おねえちゃんが穿かせてくれたおむつがある。
ほうっと息を吐き、ふるるっと震える。
ちっちゃい女の子を扱うみたいに、おねえちゃんはわたしを撫でていた。それに甘えながら、残りの数駅間を過ごしたのだった。