着替えと羞恥
僕はなんだかんだ、彼女に甘えずにはいられないんだと思う。
この何か月かで、僕は洗脳されてしまったのかも知れない。
ぼくは妹だ。おねえちゃん――七条玲華という女の、妹。
けど、同時に僕は、彼女に恋をしているのだろう。
もしも、恋をしていなければ。本当に、彼女の妹でしかなかったとすれば。
この胸の鼓動は、一体何なのだろうか。男として見られたい、なんて欲求はどうして起こった。
好きだ。好き。おねえちゃんが、すき。
いつのまにか、ぼくは心の中まで「女の子」に染まってしまったのかもしれない。少女漫画のヒロインみたいに、僕は彼女に恋をしていた。
だからこそ。そう、だからこそ。
妹としてしか見てくれない彼女に、不満を抱いてしまうのだ。
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「はい、ばんざーい」
言われた僕は、素直に両手を上げる。トップスを脱がされ、あらわになるのは、薄ピンクに雲のようなパステルカラーの柄が入った「女児向け」のキャミソール。
「ふふ、やっぱり女の子だ」
「ぼく、女の子じゃないよ」
告げる。僕は、控えめに。しかし、意志を持って。
「女の子扱いしないでよ。僕を妹扱いしないで」
「やだよ。だって、あなたは」
「『私の妹だから』。血も繋がってない、何なら姉妹ですらないのに。いきなり僕を妹にしたのに」
「それは……」
もはや、この怒りに似た身勝手な慟哭が止まることはなく。
「僕は、対等になりたいんだ。妹じゃ我慢できない!」
立ち上がった便器の上、僕は彼女の目を見て、告白した。
「好きだから! ……好きになっちゃったから、もう妹でいたくないんだ」
沈黙、三秒間。そして、不意に彼女の目が閉じ。
「ふふ……」
「……なにがおかしいの、玲華さん」
「だって……あー、もう可愛すぎるわ」
爆笑する彼女。その目の端に反射したのは涙であることに気が付くまで、数秒。
互いに一呼吸おいてから、彼女はうつむいた。そして。
「私も、こんなに可愛くなれたらな」
ぽつり、ぽつり。目の前の口が呟いた。
「……かわいい服、好きだったんだ。フリフリがいっぱいで、パステルカラーで彩られたような、ちっちゃい子のための服」
「えっ」
意外だった。普段はきっちりと――大学でも、普段でも、大人しい色の「綺麗」な着こなしが特徴だった彼女が、そんな趣味を持っていたなんて。
じゃあそんな服を着ればいいのに、という僕の考えを知ってか知らずか、彼女は「でもね」と話をつづける。
「私は大きすぎたの。背も高いし、顔もとっても大人びてて。ロリータやガーリーなんて着こなせないような、フリルもピンクも似合わないような、大人な体になった。周りの子たちには憧れられるけど……結構辛かった。小柄でかわいい子たちが、羨ましかった」
何にも言えなかった。なにが言えるのだろう。彼女の言う「かわいい」を体現した僕が。
「一目惚れだった。小さくて、幼くて、人形みたいに可愛い。そんなあなたを見て、私はいつもドキドキしていた」
緊張しながら、僕は聞き続け。
彼女の瞳には狂気にも似た笑みが宿る。
「それでね、思ったの。……この子をプロデュースして、可愛くしていけばいい。私の理想を、この子を通して叶えればいい。……私はあなたを、自己満足のための人形にした」
再び、沈黙が訪れる。一秒、二秒、三秒、六秒――。
告げられた真実に、向き合おうとして。
「ごめんね」
そんな言葉が、彼女の口から出てきたのは、体感一分後。
「こんな身勝手に巻き込んで。自己中心的な趣味のために、あなたを狂わせちゃって。……嫌なら、もう話しかけたりしないから」
悲しそうな微笑みに、僕は再び苛立ちを覚える。
「……ねえ、僕がなんで、下着まで女の子のものを着てるか知ってる?」
ぽかんとした彼女。僕は笑った。
「君のため。『おねえちゃん』を喜ばせたかったから。……そうでなきゃ、こんなに恥ずかしいのは着ないよ」
「……」
「どうやら、僕も――わたしも、狂っちゃったみたい」
見開いた彼女の目には、下着姿で笑う少女が映っていた。
「わたし、ハルカ。可愛いものが大好きな、おねえちゃんのカノジョよ!」
改めて自己紹介した。女児としての自分を。彼女が――おねえちゃんが僕を狂わして、作り出した少女を。
「もう着せ替え人形でもなんでも上等よ。……でも、好きって言って。わたし、おねえちゃんのことが、どうしようもなく好きになっちゃったんだから」
そして、新生したわたしは、お姉ちゃんをそっと抱きしめて耳元で呟いた。
「わたしをおかしくしたセキニン、とってよねっ」
言われた彼女は、ふふ、とまた少しだけ笑って。
「大好き。私の愛おしいハルカ。……とっても、大好き」
抱きしめ返した。
僕らはともに愛し合う。いびつな愛のカタチで、少女たちは拙く愛し合う。
「というわけでおねえちゃん、早くおよーふく着せてっ!」
「うん! と言っても、さっきのロリータなんだけどね」
「やったぁ! あの服、とってもかわいかったの!」
無邪気に喜ぶと、おねえちゃんも可愛らしい笑顔を見せて。
「……おねえちゃんが着ても、意外と似合いそうだったけど」
「え?」
おねえちゃんは固まった。