表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

着替えと羞恥

 僕はなんだかんだ、彼女に甘えずにはいられないんだと思う。

 この何か月かで、僕は洗脳されてしまったのかも知れない。

 ぼくは妹だ。おねえちゃん――七条玲華という女の、妹。

 けど、同時に僕は、彼女に恋をしているのだろう。

 もしも、恋をしていなければ。本当に、彼女の妹でしかなかったとすれば。

 この胸の鼓動は、一体何なのだろうか。男として見られたい、なんて欲求はどうして起こった。

 好きだ。好き。おねえちゃんが、すき。

 いつのまにか、ぼくは心の中まで「女の子」に染まってしまったのかもしれない。少女漫画のヒロインみたいに、僕は彼女に恋をしていた。

 だからこそ。そう、だからこそ。

 妹としてしか見てくれない彼女に、不満を抱いてしまうのだ。


 **********


「はい、ばんざーい」

 言われた僕は、素直に両手を上げる。トップスを脱がされ、あらわになるのは、薄ピンクに雲のようなパステルカラーの柄が入った「女児向け」のキャミソール。

「ふふ、やっぱり女の子だ」

「ぼく、女の子じゃないよ」

 告げる。僕は、控えめに。しかし、意志を持って。

「女の子扱いしないでよ。僕を妹扱いしないで」

「やだよ。だって、あなたは」

「『私の妹だから』。血も繋がってない、何なら姉妹ですらないのに。いきなり僕を妹にしたのに」

「それは……」

 もはや、この怒りに似た身勝手な慟哭が止まることはなく。

「僕は、対等になりたいんだ。妹じゃ我慢できない!」

 立ち上がった便器の上、僕は彼女の目を見て、告白した。

「好きだから! ……好きになっちゃったから、もう妹でいたくないんだ」

 沈黙、三秒間。そして、不意に彼女の目が閉じ。

「ふふ……」

「……なにがおかしいの、玲華さん」

「だって……あー、もう可愛すぎるわ」

 爆笑する彼女。その目の端に反射したのは涙であることに気が付くまで、数秒。

 互いに一呼吸おいてから、彼女はうつむいた。そして。

「私も、こんなに可愛くなれたらな」

 ぽつり、ぽつり。目の前の口が呟いた。

「……かわいい服、好きだったんだ。フリフリがいっぱいで、パステルカラーで彩られたような、ちっちゃい子のための服」

「えっ」

 意外だった。普段はきっちりと――大学でも、普段でも、大人しい色の「綺麗」な着こなしが特徴だった彼女が、そんな趣味を持っていたなんて。

 じゃあそんな服を着ればいいのに、という僕の考えを知ってか知らずか、彼女は「でもね」と話をつづける。

「私は大きすぎたの。背も高いし、顔もとっても大人びてて。ロリータやガーリーなんて着こなせないような、フリルもピンクも似合わないような、大人な体になった。周りの子たちには憧れられるけど……結構辛かった。小柄でかわいい子たちが、羨ましかった」

 何にも言えなかった。なにが言えるのだろう。彼女の言う「かわいい」を体現した僕が。

「一目惚れだった。小さくて、幼くて、人形みたいに可愛い。そんなあなたを見て、私はいつもドキドキしていた」

 緊張しながら、僕は聞き続け。

 彼女の瞳には狂気にも似た笑みが宿る。

「それでね、思ったの。……この子をプロデュースして、可愛くしていけばいい。私の理想を、この子を通して叶えればいい。……私はあなたを、自己満足のための人形(いもうと)にした」

 再び、沈黙が訪れる。一秒、二秒、三秒、六秒――。

 告げられた真実に、向き合おうとして。

「ごめんね」

 そんな言葉が、彼女の口から出てきたのは、体感一分後。

「こんな身勝手に巻き込んで。自己中心的な趣味のために、あなたを狂わせちゃって。……嫌なら、もう話しかけたりしないから」

 悲しそうな微笑みに、僕は再び苛立ちを覚える。

「……ねえ、僕がなんで、下着まで女の子のものを着てるか知ってる?」

 ぽかんとした彼女。僕は笑った。

「君のため。『おねえちゃん』を喜ばせたかったから。……そうでなきゃ、こんなに恥ずかしいのは着ないよ」

「……」

「どうやら、僕も――()()()も、狂っちゃったみたい」

 見開いた彼女の目には、下着姿で笑う少女が映っていた。


「わたし、ハルカ。可愛いものが大好きな、おねえちゃんの()()()()よ!」


 改めて自己紹介した。女児としての自分を。彼女が――おねえちゃんが僕を狂わして、作り出した少女を。

「もう着せ替え人形でもなんでも上等よ。……でも、好きって言って。わたし、おねえちゃんのことが、どうしようもなく好きになっちゃったんだから」

 そして、新生したわたしは、お姉ちゃんをそっと抱きしめて耳元で呟いた。

「わたしをおかしくしたセキニン、とってよねっ」

 言われた彼女は、ふふ、とまた少しだけ笑って。

「大好き。私の愛おしいハルカ。……とっても、大好き」

 抱きしめ返した。

 僕らはともに愛し合う。いびつな愛のカタチで、少女たちは拙く愛し合う。


「というわけでおねえちゃん、早くおよーふく着せてっ!」

「うん! と言っても、さっきのロリータなんだけどね」

「やったぁ! あの服、とってもかわいかったの!」

 無邪気に喜ぶと、おねえちゃんも可愛らしい笑顔を見せて。

「……おねえちゃんが着ても、意外と似合いそうだったけど」

「え?」

 おねえちゃんは固まった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ