幼い女の子になったわたし
エスカレーターに若者の波。それを構成する男女……というより十代から二十代程度の女子は喧しく騒ぐ。
「……どこまでのぼるの、おねえちゃん」
「適当なところまでー」
そんな会話を交わしながら、わたしは周りを見渡した。
……みんな、おしゃれだなぁ。それが、「僕」としての第一印象だった。
ここはファッションの流行の最先端。それゆえか、道行く人々がほとんどおしゃれで可愛らしく、キラキラしていた。
昔の自分だったらそんなことは思わなかっただろうな。
そして、ふと横を見てみると、壁が鏡になっていた。
そこにうつるわたしは、周りの少女たちに負けないほどキラキラと可愛らしく煌めいていて……しかしあまりに幼く。
せっかく着てきた、少し背伸びしたガーリーな服がミスマッチに見えて。
「おねえちゃん」
不安になって口にした言葉はその姿にあまりにも似合っていた。
僕は、それほどに「幼い妹」になりきってしまっていたようだった。
「ほら、ついたよ」
おねえちゃんがわたしの手を引く。そして。
「ほあぁぁぁぁぁぁ!」
わたしの喉から変な声が出た。それもそのはず。
「ロリータ服の、専門店!」
――視界はカワイイに支配されていた。
ロリータ。人間の想像しうる恐らく最大限の「カワイイ」を限界まで詰め込んだその意匠にときめかない女の子などいないだろう。
それは、男であったはずの僕ですら例外ではなかった。
「このスカート、すっごくかわいい!」
ふわりとしたワンピース。フリルが満載のブラウス。ピンクやサックスの淡い色合いのジャンパースカート。
そんな、まさに可愛らしい服ばかりが店頭に並んでいた。
「うわぁ……かわいい……」
「お嬢さん、着てみますか?」
ショップの店員であろうか。わたしよりも頭いくつか分高い女子――女性というには可愛らしすぎる人だ――が話しかけてきた。
わたしはもはや何の葛藤もなく「うん!」と元気よく答え。
「お姉さんも是非……どうです?」
そういえば、おねえちゃんのことを忘れかけてた。
店員さんに呼びかけられた彼女は、一瞬だけ困ったような顔をして。
「すみません……遠慮するわね。楽しんできてね、ハルカちゃん」
歯切れ悪く言った。
『かわいいー!』
試着室から出てきたわたしを出迎えたのは、先ほどのショップ店員さんとおねえちゃんの賛辞だった。
「ひゃっ!?」
わたしはその勢いに少し面食らう。ちょっとチビったかも。
「すごい似合ってるじゃん!」
「パステルピンクのロリータジャンスカ、とっても似合っててかわいい!」
「それな。白のフリルブラウスとかこの白肌に映えすぎてヤババというか!」
「そうそう! 幼くてかわいい感じ! 店員さんやるわね!」
「いやー照れるわー」
店員さん、敬語忘れてますよ。
あきれつつ、しかし振り向いて試着室の鏡を見ると、確かにそこには正気を失えるほどの美少女がいた。
正統派ロリータ幼女。中世ヨーロッパから来た五歳児と言われても納得できてしまいそうなほどに自然に着こなしている。揺れるショートボブの黒髪につけたピンク色のハート……女児向けのヘアピンが少しだけ見劣りするが。
「あ、それじゃあ髪も軽くやってあげましょーか?」
「やってあげてください!」
店員さんの言葉におねえちゃんが答え、「よしきた!」とばかりに彼女が駆け寄ってきて。
髪をいじられること数分。
「すごいかわいい!」
おねえちゃんが後ろから言った。どうやらできたみたい。
「短めだから悩みましたけど……どうかな」
向けられたその質問に、わたしは鏡の向こう側の美幼女を見つめた。
ヘアピンは外されたが、ジャンパースカートと同じ色のカチューシャが代わりに髪を留めてくれる。そして、それについたフリルと大きめリボンが、更なる幼さと可愛さを引き出していて。
「かわいい……!」
この時間だけは、自分が男だったことを忘れていた。羞恥も、理性も、何もかもを忘れていた。
そこにあったのは、幼い妹と、それをもてはやすお姉さんたちだけ。
いつの間にかショップの周りには人だかりが出来ていた。シャッター音が、フラッシュが、すべてわたしに向けられていた。それに答えるようにポーズをとってみたりして。
「お姉さんも着てみればいいのに」
「いや……私にはこういうの似合わないから」
そんな会話が、聞こえた気がした。しかし、撮影会の熱気に飲まれ。
時間は、瞬く間に過ぎていった。
その中で、それが現れたのはいつのことだろうか。
女豹のポーズを取ったときか、あるいは二十回目のカワイイコールの時だっただろうか。
そんなこと、もはやどうでもいい。
いつの間にか、切迫していたのだ。
その感覚は、その予感は、その悪寒は、気付けばすぐそこに迫っていた。
何かが語りかける。服なんかに夢中になっているからいけないのだと。
何かが語りかける。昔はこんなじゃなかっただろうと。
悲鳴をあげてしまいそうなほどに、恐怖感と緊張感が背筋を震わしていた。
ロリータ服を脱いでもとの服に着替えたその時、ふとした気の緩みによって思い出されたその感覚。すなわち。
「おねえちゃん……おしっこぉ……」
本当の幼女のように、おねえちゃんのボレロの裾を引き、わたしはか細く口にした。