女の子デートの日
僕はどこにでもいる、普通の男子大学生だった。ただ少しだけ小柄で女顔なのがコンプレックスな、普通の学生。
それが……まあ、何が悲しくて一人で女装なんてして、姿見の前でニヤニヤしてるのだろう。
しかも、ただの女装じゃない。女児女装である。
今日は白いフリルのついた柄入りTシャツに、これまたフリル満載なミルクティー色の膝丈スカート。ピンクのハートのヘアピンで伸びてきた髪を留めて、くるりと一回り。ふわっとスカートが舞い上がる。
清楚でガーリーなおめかしコーデ。小学生向けのファッション雑誌を参考にしたけど、少しだけ背伸びしてる気がするな。めっちゃかわいいけど。
……なに冷静に分析してんだろう。冷たい男の自分が問いかけた。
何を言ってるんだ。今日は“おねえちゃん”とのデートじゃないか。僕の中の女児が反論した。なんだろう僕の中の女児って。
そうだ、今日は同級生の彼女とデートなのだ。なのでちょっとでも可愛い自分を見せたいというのはおかしいだろうか。
……男としてはおかしいと思う。
でも、彼女は僕の可愛い姿をみたいらしい。だから、こうやって少しでも可愛い服を着て準備しているというわけだ。
別に、かわいいって言われたいわけじゃない。でも。
「ふふ、ハルちゃんかわいいっ」
不意にどきりとする。それは、思い出した胸のときめき。そして。
「……なあに、おねえちゃん……じゃなくて玲華さん」
聞こえた声に、僕はいつもの調子でため息。
「えーおねえちゃんって読んでくれて構わないのに―」
「まだだめだよ。まだ、僕は僕なんだから」
「こんなにかわいい格好してるのに?」
「…………」
その時、僕は絶対変な顔をしていたと思う。
かわいいとか言われると、胸がむずむずするというか、なんというか。
もやもやとむずがゆいのを隠そうとしつつ。
「ふふふ、かわいいって言われるの好きだもんねー、ハルカちゃん!」
「うん! ハルカ、かわいいのだーいすき! ……はっ」
一瞬だけ女児の自分が顔を出した。危ない。というかアウト。
「ち、ちが、これは……」
「そうだもんね! これでこそ、私のかわいい妹よ!」
そう言って彼女は、どもりながら戸惑う僕を抱きしめた。後頭部が彼女の胸に押し付けられて――「やめてよ、おねえちゃんっ!」
いくら何でも恥ずかしいよ!
「あ、やっとおねえちゃんって呼んでくれたー」
笑わないでよ……。
むすっとして、鏡と自分の肩越しに彼女をにらむ。大人らしい、黒の花柄ワンピに白いボレロを合わせたような格好の、お洒落で大人な彼女を。
そんな彼女は、僕を「そんなところもかわいいっ」なんて言いながら、優しくなでてくれた。
……せっかくセットしたかわいい髪型を崩さないように優しく撫でてくれてる。そんな優しいところに、僕は少しだけ照れてしまうのだ。
「じゃ、行こっか」
「うん。今日はどこ行くの?」
「イチマルキュウとかどう?」
イチマルキュウ。大都会、若者の町を代表するファッションビルである。
「かわいい服、いっぱい見れるよ」
「行きたい!」
「決定ね!」
そうして、小さめの肩掛けポシェットに財布とスマホを押し込んで、家の玄関を開けた。
そんなわけで、電車に揺られて数十分。若者の街。
「ココハドコ……ワタシハダレ……」
「ここは天国……あなたはハルカ、かわいいかわいい小学二年生の女の子……」
「ごめん、洗脳するのはやめて」
「あ、うん」
そこで引き下がってくれるあたりにほんの少しの良心を感じたのはさておき、僕はため息を一つつく。
「すごい人混みね……。大丈夫?」
「まあまあ、かな。ふらふらする……」
人混みに酔うことってあるんだな、とビルの影でため息をついた。
コンビニも自販機もいっぱいある街でよかった。冷たいペットボトルに口をつけ。
「ハルちゃん、私もちょっと飲みたいなー」
「ああ、うん。どうぞ」
何気なく渡し、そのまま彼女の口に運ばれるペットボトル。そこで気付く。
これって間接キス……!?
ぼっと頭が熱くなった。
「どうしたの?」
「にゃっ、にゃんでも……」
「もしかして、間接キスとか思っちゃった?」
「みゃあっ!?」
そしてなんか変な萌えキャラみたいな声が出た。
「ふふふ、今日のハルカ、いつも以上にかわいい」
「きっ、気のせいだもん! ほら、行こ!」
笑うおねえちゃんが、ちょっとだけ憎たらしく見えてしまって、僕はまたむすっとしながら彼女の手を引いた。
「もう、からかいすぎ」
ぽつりと口にしたそんな照れ混じりの言葉は、雑踏に紛れて消え。
僕は自分の――「わたし」の頬を軽く叩いて、スカートをはためかせた。
忠犬の像。巨大なスクランブル交差点。電車の廃車体……は撤去されて久しいけど。
大通りを騒音と排気ガスをまき散らしながら走り抜ける車。ごった返す人波。それに流されるようにして、わたしたちは巨大なビルの林へと足を踏み入れる。
煩く響くBGMと電車のモーターの音が耳を刺激するのもつかの間。
「ついたー!」
コンクリートジャングルのど真ん中、Y字路の分岐の間に陣取るようにして佇むモニュメント、もといひときわ大きな円筒形のビル。その麓ではしゃぐ二十歳のおねえちゃんを一瞥して。
「ついた……」
同じ言葉を、わたしはため息に乗せた。
ここはイチマルキュウ。都内随一のファッションビルである。