キスの日のしゃっくり(キス・メイド短編)
しゃっくりの止め方は日本でも様々な方法が提唱されている。
息を止める、水を飲む、豆腐の材料を答えるなど、中には真偽が疑わしいものもあった。
「今日はキスの日らしいよ」
「ぶっはぁ!」
高層マンションの一室で楓山立兎が試したのはその中の一つ、驚かせるという方法だ。
息を止めていたメイド服の女性、塚谷四季が思わず吹き出す。
真っ赤にしたその顔は息苦しさではなく羞恥によるものだということを立兎はよく知っていた。
「い、い、いきなり何を言い出すんですか坊っちゃま!」
「しゃっくりは止まったかな?」
「止まりました、止まりましたけど……この仕打ちはあんまりです!」
立兎がテーブルを挟んだ向こう側に微笑みかければ、四季はぷんすかと頬を膨らませる。
だが、またすぐにその小さな肩がぴくりと跳ねた。
「ひっ、ひっ……あれ? あれれ?」
「また止まらなかったね」
「そんなことは、ひっ、ないと思うんですけ、ひっ」
「驚かしが足りなかったかな?」
そういうことならもっと驚かせてみようか。
立兎が水が入ったグラスを片手に思考を巡らせていると、嫌な予感を感じ取った四季が慌てて手を振り出した。
「いえいえ! もう十分驚きまし、ひっく、たから。多分これ以上、何を言われても、ひっ、驚かないと思います!」
四季が半ば自信満々なのは理由があった。
今までも一瞬だけ止まるということは何度かあったのだが、またすぐに再発。
そして二度とその方法で止まることはなかった。
「このままだと四季さんがずっとしゃっくり出る身体になっちゃうな」
「えぇっ、そうなんですか!? 私一生このまま!?」
「会議のときも、会食のときも、映画を見るときも……」
「嘘ですよね、さすがにいつもの冗談ですよね!?」
「……」
「何か言ってくださいよぉ!」
「本当にキスしてみる?」
「えっ」
ぼしゅっと音が出そうなほど、勢いよく四季の顔が真っ赤に染まる。
「い、いやあのですね坊っちゃまにはまだ早いといいますか私がそれに見合った人間になれていないと言いますかほら私たち付き合ってませんし嬉しいんですけれどちょっと今の私には耐えられそうになくて──」
「あ、気絶した」
早口でまくし立てる四季。
かと思えば恥ずかしさがピークまで達したのか、糸が切れるように意識を失った。
「さすがにやりすぎたかな?」
立兎は少し視線を逸らしながら、彼女の机の周りを片付けてタオルケットをかける。
寝ている間だからだろう。
彼女の寝息はしゃっくりに邪魔されず、とても静かなものだった。
立兎の視線はむにゃむにゃと動く彼女の口元に吸い寄せられる。
「……今キスするのは卑怯だよなぁ」
これ以上はイタズラではなく本気になってしまうから。
それに自分もまだ高校生で、彼女を迎えに行けるような年齢でもない。
もう少しだけ主人とメイドの日常を謳歌するべく、立兎は胸の中に沸いた劣情をそっと押しこめるのであった。