その兵器、異世界より来たりて 2/3
雲もまばらな、抜けるような青空。一筋の飛行機雲を見上げ、どこからやって来てどこへ行くのか……。三俣平二はぼんやりと考えながら歩いていた。
空はどこまで続いているのか、世界はこれからどうなっていくのか、自分は何者でありどういった存在であるのか、今日の晩御飯はなんだろうか――そんなとりとめもない思考が浮かんだり浮かばなかったりする。
「――ラ! おいっ、ヒラッ!」
馴染みの声に馴染みの名で呼ばれ、はっと我に帰る。
いま自分が立っているのは横断歩道の端で、信号は赤で、友人達が何とも言えない顔で平二を引き留めようとしていた。
「っ……べー。うっかり赤で渡り始めちゃうとこだったわ……」
踏み出そうとしていた右足を引っ込めて、一歩下がり友人達に並ぶと、はっきりと空気が弛緩したのを感じた。
「うっかりじゃねーよおバカ」
「悪い」
そこには呆れた様子の顔が3つ、並んでいる。
一様に目配せした後、やれやれと肩をすくめて笑い始めた。
「ヌけてんのはハマカンだけで十分だっての」
「うっせ、いま俺の話してねーだろ」
「アレだっけ? 今日月曜だと勘違いして教科書全部間違えて持ってきてたやつ?」
「うっせーな!」
「クソうける」
三人がどっと笑い、賑わう。そうこうしている内に信号が代わり、平二は三人と共に歩き始めた。
「どうする? TSUTAYAいく?」
「行ってどーすんの。ゲーセンいこうぜ。チュウニやりたい」
「金ねーよ」
「ヒラはどっちよ?」
「俺はー……どっちでもいいかな」
唐突に振られた話題をすこし面倒に思いながらも、平二は答えた。と、その時、スラックスのポケットの中で携帯電話が震えた。
「あー。わり。ちょっと用事できたわ」
「なに? 例のバイト?」
「まぁそんなとこ」
軽く手を振り、駆け出すと三人の輪から離れていき、やがて平二の背中が角を曲がって見えなくなった。
残された三人は顔を見合わせると、示し合わせたように再び歩き出した。
「最近付き合い悪くね?」
「しゃーねーべ。バイトじゃ、さ」
「なんのバイトか聞いてる? マサは?」
「なんも。前ちょっと聞いたけど、あいつ唸った後におもむろに早弁し始めてよ」
「は? イカれてんなおい」
「だろ。ザッツ、ヒライズム」
「相変わらずブッとんでんな」
「結局いろいろやらされてるみたいなふんわりした話しか聞いてねーな。雑用とかやらされてんじゃね」
「ほーん……」
「俺もバイトすっかなー。金ねーし」
「わかりみ」
三人の友人達から離れ、しばらく歩いたところで自宅付近の公園に辿り着いた。
ベンチに腰かけ、ポケットから携帯電話を取り出すと、画面には通知が表示されていた。ポップアップに表示されたメッセージは、日本語ではなく、英語だとか知る限りの外国語というわけでもない。ミミズが這ったような見慣れない文字だった。
「緊急かな。めんどいな……行かなきゃ次になに言われるかわかったもんじゃないしなぁ」
平二は幾度か逡巡した後に、決心したかのように携帯電話の画面を操作し始めた。
謎の文字に対して、「オッケーっす」と返信する。
すると、平二の周囲がにわかに光を帯び始めた。
何度目になるか覚えてもいないが、未だに自分が発光する生物になる気持ちにいまひとつ慣れない平二であったが、最初の頃のように取り乱すこともなくなってきていた。
異世界に召喚される。世迷い言のようではあるが、夢とか妄想とかではないことはわかっていた。なんとも不思議な気分を抱きながら、端から歪み始めた視界をまぶたでゆっくりシャットアウトしていく。
外部からの光を受けて赤く見えるまぶたの内に、一筋の強い光明を感じる。その光はどこからやって来てどこへ行くのか。眩しいしぐにゃぐにゃしていて気分が悪くなると目を閉ざす平二には到底わかるわけもなかった。
「……酔うわ~」