罪人アクアリウム
15 罪人アクアリウム
「以上が、この事件の結末よ」
学園長室にて、友香は秋音に事件のあらましを報告していた。
その横には、清花の姿もあった。
少女から受け取った、モカの資料を眺める秋音。
「ふむ、ご苦労だった。氷川かなたを死に追いやった残りの数名に関しても、処分をしておく。礼を言おう」
「お役に立てたようで何より」
友香が瞳を閉じ、頷く。
「彼らに関しては、織田貴人同様、不起訴処分となるでしょう。実名も公開されませんし、家庭裁判所を経たあと、誰も知らない土地で静かに暮らしていくでしょう」
納得いかない、少しそんな表情をする清花に友香が語りかける。
「日本は法治国家よ。法がそう裁いたのならその決定に従うだけ。ましてや、復讐や私刑だなんて絶対に間違っているわ」
「そうですが、納得できません。もし私が彼女の立場だったら、私も復讐という選択をしていたかもしれません」
下を向く清花。
「友香は大切な人を奪われても、何もせずに黙っていられるのですか?」
彼女が眉間にしわを寄せて、問いかける。
「……いられないわよ。大切な人を奪われて、復讐に駆られる人を私は全力で止めるわ。私自身を含めてね。もう二度と彼女のような犠牲者を出さないためにも」
目を細める友香。
「犠牲者、ですか……」
「ええ……」
「友香はーー」
清花が何かを言いかけたとき、部屋の扉がバン!と開き、優衣が飛び込んできた。
「友香!!」
膝に手を置き、肩で呼吸する優衣。
「優衣……!どうしたの慌てて」
「こんな紙が学校中にばら撒かれてて!!」
優衣が、握りしめてクシャッとなったコピー用紙を差し出す。
それを見て友香は、驚愕と戦慄した。
「なっ……!!」
清花も秋音も、目を見開いていた。
友香の頭の中に、ロマンと交わした今朝の会話がよぎる。
『こうやって、アナログとデジタルの両方で取っておくのが一番かもしれないわね』
『その2つを組み合わせたら、絶大な効果を生み出すものもあるんじゃないかしら?』
その紙には、氷川かなたの自殺案件に加え、その原因として暴行していた織田貴人と数名。そして、大谷雪乃が死に至るまでの経緯が詳しく、写真付きで記載されていた。
友香が窓に駆け寄り、キャンパスを見下ろす。
白い紙が、水の中を泳ぐ魚のごとく宙を舞う。それが彼女の目撃した景色だった。
「ああ!私だ!今散らばっている紙の回収を……!ああ、そうだ!!最優先事項だ!!」
秋音が電話に向かって叫ぶ。
だが、無駄だろう。
「まずい……!紙媒体で着火して、電子媒体で一気に延焼する……!響!!」
友香は板電話を取り出すと、恐るべき速さでコールをかけた。
『友香?どうしたの?』
「もしもし響!?今すぐ学園中のサーバーをダウンさせて、掲示板、SNSを使えないようにさせて!!」
『ど、どうして急に……』
「いいから早く!!」
友香が叫ぶ。
だが、
「もう無駄だよ友香……」
首輪を起動させ、SNSを表示させていた優衣が声を震わせた。
友香が、電話を耳から離し、彼女を見る。
その声には、諦めの色もあったが、恐怖の色が滲んでいた。
書き込まれる罵詈雑言の数々。
名前だけでなく、住所、学校、家族構成、親の職業なども特定が始まっていた。
これこそ、織田貴人らの言う正義であり、その結末だった。まさに、彼らはやり返されたのだった。
最も、彼らの場合、おふざけだったようだが。その代償はとてつもないものだった。
しかし、だからといって目には目をなんてやり方は間違っている。
「やられた……!!」
(復讐代行……!一体あなたは何を考えているの……!?)
友香はその見えない影に、その残酷さに戦慄した。
もう、こうなってしまった以上、どうしようもない。独りよがりな正義感ともいえる悪意が膨らみ続け、電子の水族館を満たし続ける。
こうして彼らの姿が、永遠に電子の水族館を彷徨うことを最後に、罪人アクアリウムの事件は幕を閉じたのだった。
「私は、絶対に認めない……」
騒がしい窓の外から目を逸らし、友香が呟いた。
「どこの誰だか知らないけど、復讐代行……!私はあなたを絶対に許さない……!!」
そう断言し、友香は虚空を睨みつけた。
まだ見ぬ敵に対して。