罪人
13 正義
「織田貴人さん、早速ですが、あなたが被害に遭われた状況を教えてください」
友香と清花は、首輪の指示に従い、織田貴人の元を訪れていた。
清花が、ベッドの上に横たわる貴人に聴取を開始する。
「それがわからないんだ。気がついたら水の中にいて、死にそうになっていたんだ」
彼がポツリポツリと口を開いた。
「なぁ、刑事さん、これ犯罪ですよね…?犯人はまだ捕まっていないんですか?」
「ええ、鋭意捜索中です。そのためにもご協力をお願いします」
「……わ、わかりました」
冷静に説得する清花に、クールダウンする貴人。
そんな彼に対して、清花の横から友香が問いかけた。
「ところで、あなた、事件に巻き込まれる心当たりはあるのかしら?」
「心当たり?い、いや、そんなものは……」
彼が目を逸らしたのをみて、友香はニヤリとした。
「氷川かなた、知ってるわよね?」
彼の身体がピクリと反応した。
「あ、ああ、クラスメイトだし……」
「彼の銀行口座、見たんだけどかなりの預金があったのよね。なぜそんなに預金があったのかしら?」
彼は顔を逸らして、答える。
「さ、さぁ、保険金……じゃないのか?」
清花の目尻が動く。
自らの手で死に追いやったくせに、保険金だなんてよく簡単に言える。彼女は不快感に襲われた。
「いえ、それはあり得ないわ。保険金だとしたら受取人の口座に振り込まれるはずだし、そもそもそんな金額はもらえないわ」
そして友香は、言葉を続ける。
「考えられる可能性は、マネーロンダリング」
「……!」
少女がニヤリと笑みを浮かべる。
織田貴人が目を見開いた。
「そして、それこそいじめのキッカケだったのよ。そうでしょ?」
「氷川かなたはマネーロンダリングを犯していた。そして、それを知ったあなたたちが、糾弾するかのごとく暴行を働いていた」
これが友香の至った結論だった。
少女の頭の中にフラッシュバックした映像。それは、氷川かなたが水の入ったバケツに頭を押し付けられていた、つまり水攻めされていたものであった。
「罪人アクアリウム……それはあなたのことだけではなかった……むしろ、その始まりは氷川かなただったのよ。どうかしら?当たってる?」
いつもの強気な表情をして、友香が見つめる。
彼は目を落とすと、
「……ああ、その通りだ」
彼は、動機を語った。
「あいつは甘い蜜を啜っていたんだ…それも、少年法を盾にして!!いじめられる奴にも責任はあるってよく言うだろ?まさにその通りだった!これは正義の鉄槌なんだよ……!」
友香を見つめ、狂気じみた笑みを浮かべる貴人。
それを無感情に見つめ、少女が持論を展開する。
「正義っていうのはね、正しいことを言うんじゃないの。カッコいいことを言うのよ。寄ってたかって、一人の人間に暴力を振るうことがカッコいいとは思えないわ」
友香が首を横に振る。
「それに、正義の鉄槌が下るのは、氷川かなたにではなくあなたにですよ、織田貴人」
清花が言葉を加える。
「は……?何を言って!俺にも氷川と同じ少年法がある!まさか、アンタが何かするつもりなのか!?ハン!できるはずがない!!」
侮蔑的な顔をして清花を見る貴人。
だが、清花は表情一つ変えず、いや、彼を憐れんでいるようにも見えた。
友香がため息を吐き、口を開く。
「頭の良いあなたのことだから知ってるとは思うけど、緋梅学園には入学時における契約があるの」
「在学中、問題および学園への不都合を起こした生徒は、授業料返還の取り消しおよび同金額を加えて請求するものとするーー」
学生証を開き、その一文を読み上げる友香。
「この「学園への不都合」の裁量は、もちろん学園長ら首脳陣が定めるもの。そうよね?」
『ああ、そういうことだ』
清花の首輪から、橘秋音の声が響いた。
「が、学園長……!」
貴人が驚き、顔を青ざめさせる。
今までの会話は全て、彼女の首輪を通して聞かれていたのだ。
『織田貴人。残念だが君は、緋梅学園に相応しくない生徒だと判断された。追って詳細を連絡する。心待ちにしているといい』
「そ、そんな……!」
秋音は、一方的に言うと無慈悲にも、通信を切断した。
「お、俺だって被害者なんだぞ!?」
「たしかに、あなたは不当な扱いをうけたわ。でもあなた、言ってたじゃない。いじめられる側にも責任はあるって」
挑発的な笑みを浮かべ、彼の顔を覗き込む友香。
「まさか、自分だけは特別だなんて思ってたんじゃないでしょうね?だとしたらあなた、本当に滑稽で、愚かよ」
そして、一呼吸置いて、
「あなたは天才なんかじゃないわ。ただの犯罪者よ。強き者の威を借り、自分よりも弱い者にしか手を上げられない、卑怯者よ!!」
友香の紅い瞳孔が開き、彼を睨みつける。
彼女の拳は強く握り締められ、震えていた。
「俺を……俺を誰だと思っているんだ……!織田財閥の跡取りだぞ!そんな口叩いていいと思っているのか!」
呻き声を上げるように、彼が叫ぶ。
「だから何?むしろ、人の上に立つ人がそんな態度でいいと思っているのかしら?帝王学も学んでもないくせに御曹司だなんて、肩腹痛いわ」
一笑に伏せる友香。
「なっ……」
「織田貴人さん、あなたには氷川さんへの暴行、恐喝などの容疑がかけられています。退院次第、捜査員が伺いますのでご同行願いますか?」
冷徹に、清花が言い放つ。
「少年法のおかげで逮捕はされないでしょうけど、キャリアには残るわよ。よかったわね。ああ、言っておくけどあなたに拒否権はないわよ?」
友香が微笑む。
「く、くぅっ……!!ちょっとふざけただけじゃないか……それなのに犯罪者……?冗談じゃない……!」
少女は、不快そうに目を細めた。
「そう……ちょっとふざけただけねぇ……」
「ああ!そうだ!!」
結局、この男には正義などなかったのだ。
少女は、全身全霊を込めて叫んだ。
「それで人殺しが許されるのなら、法や秩序というものは必要ないのよ!!」
貴人はその声にビクリと肩を震わせた。
「いいかしら……!?あなたが言う、下らないおふざけのせいで人が死んだの……!これから生きていれば、数々の可能性を秘めていた命が……あなたはそれを奪ったのよ」
怒りに震える少女を見て、目を伏せる清花。
「それがどんなに重い罪なのか、これからの後ろ指差される人生でよく考えてみることね。それじゃあ」
少女は踵を返し、病室を後にした。
清花も彼に一礼して、それに続いた。
一人残された病室で、織田貴人は後悔に歯を噛み締めた。
「くそっ……!」
だがもう遅い。
今まで彼が積み上げてきたものは、粉塵に帰したのだった。
13-2
病室を後にした2人が、再び学園へと戻ろうとしていたときだった。
ーー路上にて刺殺体発見。
ーー被害者名、大谷雪乃。
ーー至急、情報収集へ向かいたし。
首輪に舞い込んだ着信に、友香が目を見開く。
「……!」
「大谷雪乃って……!」
清花が叫んだ。
友香が眉間にしわを寄せる。
大谷雪乃ーー
織田貴人とともに、氷川かなたをイジメていた人物だった。
少女が見ていた紙の資料に、その名前が刻まれていた。
大谷雪乃
緋梅学園高等部2年、経済学専攻。
影1、2。
99.8%一致。