影
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の警部補。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車はナナマル(JZA-70)。
11 影
昼食を済ませた友香と清花は、氷川かなた宅を訪れていた。
学園から、車で20分ほどの相生町にそのアパートはあった。
清花が部屋の扉をノックすると、一人の女性が顔を出した。
氷川かなたの母親、氷川奏であった。
ーーそして、罪人アクアリウム事件の目撃者でもあった。
彼女の顔はかなりやつれていた。
母子家庭で、生きる希望だった我が子を失ったのだ。その喪失感は、想像を絶するものだろう。
「ごめんなさいね、こんなものしか出せなくて」
「いえ、お構いなく」
奏がテーブルにお茶の入ったグラスを置いた。
風を受けてレースのカーテンがふわふわと揺れる。
窓ガラスから差し込む光は、暖かくもどこか暗く感じた。
席に着いた2人は、奏が座ったのを確認してから質問を始めた。
「では、いくつかお聞きしたいことがあります」
「はい」
「昨夜、あなたは事件を目撃しましたが、どのような経緯でそれを目撃することになったのでしょうか?」
少し逡巡してから話し始めた。
「それが、よくわからないんです……」
俯きながら言葉を続ける彼女。
「買い物から家に帰ってきたら、何か睡眠薬のようなものを嗅がされて……気がついたら椅子に縛り付けられていました……」
そのときを思い出したのか、苦しそうな顔をする女性。
「そうでしたか、そのとき何か気になることはありませんでしたか?」
「い、いえ……特には……」
「それでは、事件の被害者、つまり水槽で溺れていた青年に心当たりは?」
「……いえ、ごめんなさい」
彼女は俯き、謝った。
だが、友香は見逃さなかった。彼女の目が少し泳いだことを。
「あら?ないの?彼、あなたの死んだ息子さんをイジメてた人なんだけど?」
その挑発的な質問に、清花が思わず少女を見る。
彼女は、すぐに笑みを消すと真剣な表情をした。
「……知りませんでした」
「ふーん……」
意味ありげに友香が何度か頷く。
「じゃあ、あなたに犯人と被害者、両者との接点はないのね?」
少女が確認をする。
「え、ええ……」
「それはよかったわ」
友香が目を伏せ、頷く。がーー
「それが本当だとしたらね」
友香が笑みを浮かべ、その紅い瞳で彼女を見つめた。
「え……?」
「事件の3日前、あなたは銀行でかなりの金額を引き出していますね?」
「その総額700万円」
清花が尋ねた。
これが、友香が調べて欲しいと言っていたことだった。
銀行で一度に引き出せる限度額は50万である。カードで何度も金を引き出す彼女の姿がカメラに映っていたのだ。
「ねぇ、700万もの大金、何に使ったの?」
「い、いろいろ入り用で……」
なんとかはぐらかそうとする奏。
だが、無駄なことだった。
「そう……てっきり、殺し屋でも雇ったのかと思ったわ」
友香が不敵な笑みを浮かべ、彼女を見つめた。
女性は目を見開き、
「ち、違います!!そんなこと!!」
「そうよね、だったら今頃、被害者は生きてないでしょうし、わざわざあなたを縛り付けにする理由もない」
対照的に、冷静に返す友香。
氷川奏は荒い呼吸を繰り返していた。まるで、図星を突かれた犯罪者のように。
「もういいですか……?」
「え?」
息を切らしながら、彼女が声を絞り出した。
「もうお話しすることは全て話しました……これから仕事なんです。出て行ってもらえますか?」
友香と清花は顔を見合わせた。
彼女たちは、追い出される形で氷川宅を後にした。