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05 ある種のプレイ

 休みが数日続いたゴールデンウィークの最終日、俺たちは我が乙終家に集合していた。

 集まらなかった例外は赤松一人だけであり、あいつの集合時間は一時間ほど遅れて設定されている。これは本人も納得してのことだから、決してイジメではない。


「さぁオッチー、もう入ってきていいよ」


「お、おう……」


 どことなく上機嫌の美馬に促され、俺はリビングへの扉を開く。

 おずおずと緊張しながら入ってみると、部屋の壁際には一仕事終えた感じを醸し出している美馬と峰岸さんの二人が控えており、中央には榎本が立っていた。


「ど、どうかな?」


 ぱっつんぱっつんの小さいサイズの服に身を包んだ彼女。ぴっちり締め付けられた体のラインが強調されているようにも見える。小さな上着は丈が足りないのか、腕を動かすとお腹やへそが露出してしまい、普段よりも短いスカートでは彼女のつややかな太ももを完全に覆い隠すことができない。

 窮屈そうに身をよじらせる榎本は、自他ともに狙ってのものではないが、妙に扇情的であった。


「あのですね、これは榎本さんの古着をもとにして、私が手を入れたものです」


 恐縮する峰岸さんが言うように、ほどよく成長した榎本が無理なく着れる程度に布をつぎはぎして、今日の衣装は調整されている。

 ずばり小学生のコスプレだ。

 赤いランドセルにリコーダー、黄色い通学帽。当時の制服ブレザーとチェックスカート、そして足元には白靴下。道具一式だけ見れば、完璧な女子小学生だ。



「さすがに体つきが高校生って感じだけど、似合ってはいると思う。小学生には見えないけれどね。でも着ている榎本さんが楽しそうだから、まぁ、提案した俺としては安心だ」


 俺はドキドキと高鳴る胸の鼓動を隠して、なんとも冷静に感想を述べた。


「なんたって乙終君の計画だからね。うん。私はすっごく楽しくて幸せかも!」


 子供に扮した本人が喜んで飛び跳ねるので、ランドセルに入っているらしい教科書やノートがガサゴソと乱暴に音を立てた。つられて小さなスカートも翻る。素足の付け根の辺りを覆い隠す逆三角形の布地のことは、たった一瞬のご挨拶だったので何も見なかったことにしよう。

 これは小学生にコスプレして十二歳児になりきった榎本を、氷見ちゃんの友人に仕立て上げるという、ちょっと無理のある馬鹿げた作戦だ。すべては氷見ちゃんの心を開かせるためであり、その役目を担うことになった榎本は社交的だから適任だと思われる。たぶん。


「気を遣わせないように小学生らしい振る舞いで、氷見ちゃんと友達になってあげてね」


「ふっふん、任せて。私って精神的には幼稚な部分も多いから。氷見ちゃんと会うのは今日が初めてだけど、なんとかなると思うよ」


「榎本さんって前向きでポジティブだよね。それで欲求不満なのが不思議だよ」


 内容が内容だけに、間違っても美馬と峰岸さんの二人には聞こえないよう小声で言うと、にっこり笑った榎本はやはり小声で答えた。


「前向きというより私は前のめりなの。そして求めるからこそ欲求不満になるのね」


 なるほど――と感心した口ぶりでうなずいた俺だったが、これは感心するようなことなのか? やけに悟りきった態度で当然のように榎本が言うものだから、俺も調子が狂って彼女の論理に感化されかねないところだ。

 どこまで共感してよいものかと、榎本に対する距離感を測りかねる俺だった。

 ずれた通学帽を両手で直しながら、背負ったままのランドセルが邪魔でソファに座れず、しぶしぶカーペットの上に横座りした榎本が俺に顔を向けた。

 きょとんとした顔だ。その辺の小学生よりよっぽど純真に見える。


「今の小学生の間では何が流行しているのかな? 氷見ちゃんと仲良くなるきっかけにしたいんだけど……」


「今の小学生というか、そもそも俺は男だから、今も昔も女の子が好きそうなものに心当たりはないな。アニメとか少女マンガとか、あとはやっぱりおしゃれの話題とか?」


「動物とかアニメのキャラクターとか、可愛いものが無難だと思いますよ。あと甘いもの、これは女の子が好きであるのに時代なんて関係ないと思いますけど」


「そうね、ジャンルはそれでいいと思う。より具体的に何が好きなのかってのは、これは相手との会話で導き出すしかないわ。趣味趣向なんて個人差があるもの」


 困った俺に代わって峰岸さんと美馬が助け舟を出してくれた。小学生のころの美馬は俺や赤松といった男子連中とばかり遊んでいたような気がするので当てにはならないが、女子街道を一直線で歩んできたに違いない峰岸さんの意見は重視する必要があるだろう。


「ところで榎本さんって、小学生のころは何をして遊んでたの?」


「あのころの私といえば、野山に混じりて竹を取りつつ……」


「かぐや姫でも探していたのか」


 ギャグなのか本気なのかよくわからない榎本。退屈しのぎに取り出していたらしい国語の教科書をランドセルにしまうと、今度は自由帳という名の落書きノートを取り出した。遠慮なく床の上に広げて、これまた懐かしいクレヨンを手に持って、暇つぶしに絵を描き始めたようだ。

 俺たち三人はそんな彼女の様子を母親のような気持ちで見守った。いつの日か娘ができたら、榎本みたいに元気で天真爛漫な女の子に育ってほしいものだと思いつつ。

 しばらくして、いよいよ約束の時間になったらしく、ピンポーンとインターホンを鳴らして赤松が到着した。もちろん野郎は一人きりではない。

 彼には似つかず可憐な妹を引き連れている。


「あー、なるほどな。へー」


 榎本の小学生なりきりファッションを見ての赤松の第一声である。苦々しい反応であることは隠せない。いくら外見を整えたところで、さすがに榎本を小学生だと思わせるのには難しいものがあるのだ。


「はじめまして。妹の氷見です。よろしくお願いします」


 サイズの合わない服を着て異様なオーラを放っている榎本の存在に気付いているのかいないのか、兄に遅れてリビングの敷居をまたいだ氷見ちゃんは恭しく頭を垂れた。

 彼女にとって俺たちは年上も年上の高校生集団なので、もちろん小学生なりの緊張と警戒心があってのことだろうが、それにしたって礼儀正しい。しつけが行き届いているのは兄を反面教師にしてのことに違いない。


「久しぶりだね。俺のこと覚えてるかな?」


「……はい。あ、そちらは笹川さんですよね? それから――」


「あ、はい。私は峰岸マリカ。お兄さんの同級生です。よろしくね」


 と、ここで榎本を除く全員との自己紹介を含めた挨拶が終了した。ここまでは普通の成り行きである。

 問題はここからだが、さて。


「やっほー、榎本加奈だよ。もちろん小学生だよ。年齢は同じだねっ! 氷見ちゃんの話を赤松君から聞いて、会いたくなったから会わせてもらえるようにお願いしたんだ。えへへ、よろしくね、そして心を開こうね!」


「あ。そうですか。そうですよね……」


 見るからにのけぞった氷見ちゃんは榎本の勢いにおされ気味である。引いているのだ。

 なにしろ自分よりずっと大人の女子高生がいかにもな小学生ファッションで身を固めているのだから、現役の小学生からすれば対応に困るだろう。初対面の相手ならば、なおさら困惑する。ここが通学路なら不審者として通報されてもおかしくはない。あやうく防犯ブザーが鳴らされるところだ。そうなれば事案である。

 当の榎本は悪気なくニヤニヤ笑っているだけに、かえって心象が悪い。


「あのね氷見ちゃん、私とお友達になろう」


「ごめんなさい。即答はできません。私、親しくする友達は選ぶので……」


 無難な回答だ。理想的でもある。怪しい大人についていってはいけない。


「そ、そんなこと言うなって。ほら氷見、この子と仲良くしてあげてくれ。友達がいないんだってさ、可哀想だろ?」


「……友達がいないのですか。ええと、榎本さん――じゃなくて、榎本ちゃん?」


 しどろもどろな赤松のフォローは、察しのいい氷見ちゃんに色々なものを含めて届いたらしい。あるいは榎本の事情を察して、憐れんでいるのかもしれない。


「おっと氷見ちゃん、私なら加奈ちゃんでいいよ」


「え? か、加奈ちゃんか……。あ、はい。わかりました。怒らないでくださいね」


 複雑な表情を見せる氷見ちゃん。もはや完全に恐縮至極である。

 この状況から推理を働かせて、榎本の小学生プレイのために自分が呼ばれたとでも考え至ったのだろう。現役高校生の複雑な心情を思いやって、あえて何も口にしないつもりなのだ。

 しかし榎本は氷見ちゃんが自分のことを警戒しつつも同情しているとは、つゆ知らず。付き合いのいい小学生を相手に往年の小学生らしく、のんきなものだ。


「ほら氷見ちゃん、遠慮せずドカンと隣に座ってよ。私とお話しよう」


 ランドセルを膝に抱えてソファに座り込んだ榎本は、ためらう氷見ちゃんを無垢な笑顔で手招きする。自分より年長者の見せる純粋さを前に屈服せざるを得なかったのか、四歳も年下であるはずの氷見ちゃんは、能天気な榎本の隣へと非常に気を遣って腰を下ろした。


「いいですよ。何が聞きたいですか? 私ならいくらでも相手になってあげられます」


 物腰柔らかな対応はまるで親身なカウンセラーだ。ちゃんとした白衣を着せれば様になるだろう。

 小学生らしからぬ貫禄に触発されたのか、榎本の発言は悩み相談に近かった。


「ねぇ、氷見ちゃん。友達ってどうやったら作れるのかな?」


「話していれば、遊んでいれば、それで勝手に親しくなれます。友達は……」


 そこまで言って、ふと迷いを見せた氷見ちゃんは唇を噛んで口ごもる。説明しようとして、新しいクラスで上手くいっていない自分の境遇を思い出したのかもしれない。

 最初はどうして榎本のほうが友達の作り方を尋ねているのかと疑問に思ったが、氷見ちゃんに友達作りの方法を自分で考えてもらうのは、案外いい方法なのかもしれない。何事も自分で気付くことこそが大切な最初の一歩だ。


「たとえば私と氷見ちゃんは」


「はい?」


「すでに友達のプレリュード」


 してやったりと詩的に二人の関係性を賛美した榎本だったが、言われたほうの氷見ちゃんは返答に詰まって口を閉ざした。困り果てて助けを求めるように俺の顔をちらりと見てきたが、あいにく俺にはどうすることもできない。両手を合わせて拝むように「ごめんね、付き合ってあげて」とアイコンタクトするばかりだ。


「ここから奏でよう、君と私で親友のシンフォニー」


「え?」


「素敵な親友のシンフォニー」


 ここが重要とばかりに“親友の交響曲”であることを繰り返し強調した榎本は、膝に抱えたランドセルに挿していたリコーダーを取り出した。陳腐な比喩的表現ではなく、本気で親友のシンフォニーを演奏するつもりらしい。

 その行動力と想像力だけは素晴らしい。中世なら立派な音楽家だ。


「私、楽器は持ってきていないです。リコーダー、今は学校です……」


 氷見ちゃんの言葉を聞いた榎本は「え?」と驚いた表情を見せる。

 そのとき彼女はすでにリコーダーを口にくわえていたから、少量の空気が流れてピュフっと甲高くて間抜けな音が出た。


「小学生って常にリコーダーを持ち歩いているものじゃないの?」


「今は違います」


「えー、今はそうなんだ」


 いや普通に昔も違ったと思うが、さて、残念そうな口ぶりをする榎本の学校では日常的にリコーダーが必須だったのかもしれない。念のため美馬と峰岸さんにも小声で確認してみたが、どちらも首を横に振るだけだった。

 気が気でない赤松は熱心に氷見ちゃんを見守っていて、俺とは目を合わせてくれない。シスコンの兄は大変だな。


「寝ぼけていてランドセルを忘れても、いつだってリコーダーは肌身離さず出歩くものでしょう、普通。万が一の場合には防犯ブザーの代わりとしても役立つから、いっそスカートの中に隠して太ももにくくりつけていてもいいし」


「さすがにそれは……。音楽の授業ばかりというわけでもないので……」


 徐々にではあるが、たしなめられ始めたような榎本である。面白いつもりで言ったジョークが軽く流されて、ちょっと落ち込んだ気配。


「じゃあ、私一人でいい……」


 ピーピロリロ、ピッピピピーと、くたびれた即興曲を手馴れた指さばきで奏でる榎本。朽ちた炭鉱町を思わせる寂寥感が漂っているのは、なにも曲調ばかりのせいではあるまい。

 小学生である氷見ちゃんを相手に自分が空回りしつつあることにようやく思い当たって、さすがの欲求不満娘も気に病んでいるのだろう。


「お、お上手ですね」


「ピッピー?」


 口くらい離してしゃべれ。


「素晴らしいです。なんだか感動してきました」


「ピロリロリン!」


 元気を取り戻した榎本の即興曲がクライマックスに近づいた。お世辞であっても褒められたには違いなく、彼女の精神的な高揚がリコーダーから響く音に表れている。

 それを察して、早く終われと願ってか、誰からともなく拍手が鳴り響く。

 一番熱心に叩くのは氷見ちゃんだ。

 聴衆の手拍子に気をよくした榎本はソファから立ち上がり、よせばいいのに躍動的な第二楽章に突入した。足で左右にステップを踏み、上体をリズミカルにくねらせ、腰を左右に振り、さながらミュージカルダンスだ。しかし狭いので氷見ちゃんは大迷惑でしかない。

 繊細さよりも重視するのは野性味。勢いに任せて音を外しながらも、下手糞だっていい、とにかく情熱的でパワフルな、リコーダーの限界を突破せんとする一曲だ。


「私たちは親友です! はい、それはもう一番の親友ですから!」


 勝手にハイテンションとなった榎本をなだめる氷見ちゃんは苦労人の秘書といった有様で、懸命に彼女のスカートを引っ張ってソファに座らせた。盛り上がりどころで無理矢理に座らせられた榎本は拗ねたように頬を膨らませたが、相手が本物の小学生であることを思い出してか、理不尽な弾圧に反逆する音楽家の道を諦めて、素直に腰を落ち着かせた。

 リコーダーを唇から放すとポケットからハンカチを取り出して口元を拭う。よだれでも出たのか。

 しばし悩んだあげく、ようやくリコーダーをランドセルにしまうと、次なる遊びを思いついた榎本は、そこらの女児よりも屈託のない満面の笑みで氷見ちゃんへと黒い二つの瞳を向けた。


「ねぇ氷見ちゃん、私の落書き見て! 本当に親友になったのなら褒めてくれるよね!」


「え? あ、いいですよ。はい。褒めてあげます」


 もはやどちらが小学生なのかわからない。喜んだ榎本は自由帳をテーブルの上に広げて、隣の氷見ちゃんと一緒に覗き込んでは、いちいち自分が描いた絵の解説を上機嫌で聞かせている。うんうんと、嫌がることもなく静かに聞いてあげている氷見ちゃんは、なんと良くできた女の子だろう。

 幼くして世渡り上手な部分を感じさせる氷見ちゃんだが、同年代の女子との友達付き合いに関して言えば、その器用さがかえって邪魔をしているのかもしれない。だとすると、このまま榎本に付き合わせていたのでは、何一つ状況は改善しないのではなかろうか。

 彼女はきっと、もっと歳相応にわがままであっていい。

 大人は子供に対して真面目で正しく大人ぶることを期待するが、子供は友達にはバカに付き合ってくれる子供らしさを期待するのだ。俺は知らないが、女子だって根本的にはそうだろう。ほしいのは仲間であって、模範ではない。

 満足した榎本が自由帳を閉じて、解放された氷見ちゃんがホッと一息ついた。

 俺はここがタイミングだと思って声を掛ける。


「ねえ、氷見ちゃん。小学生のころの俺は、無邪気に駆け回る年下の女の子のことが好きだったよ。親友の妹だったからってこともあるけれど、やっぱり、自分の思っていることを素直に表現してくれた女の子は可愛かったんだ。空気を読むことに一生懸命で、ひたすらに気を遣われるよりも、ずっとね」


「乙終さん……」


 言いたいことが伝わったのか、正面から俺の顔を覗き込んでくる彼女の瞳は潤んで輝いていた。目を合わせて見詰め合うこと数秒、彼女の信頼を勝ち取れたことを少しずつ実感する。

 たとえば、こういうことを繰り返して友情は育まれていくのだろう。難しく考えることはない。相手のことを思いやって、思われて、そうやって絆を深めていくことができればいい。

 と、突然である。

 死角から伸びてきた手によって、いきなり俺の首が締め付けられた。

 今にも絞殺せんと、桃太郎ならぬ鬼の形相をした赤松である。


「好きだったってどういうことだよ、ああん? 俺の妹を、てめぇ……!」


 驚くなかれ、これには美馬も加わった。


「あのころは毎日のように同い年の女の子と一緒に遊んでいたのに、その子を好きにはならず、あろうことか四歳も下の女の子が好きだった? へー、おかしいわねえ?」


 そして忘れてはならない存在、欲求不満の榎本だ。


「もしかして年下が好きなの? やった、私って精神的には年下だよ! 誕生日の関係で数ヶ月間は実際に年下だし!」


「……えっ? あ、あの……!」


 ただ一人生真面目な峰岸さんはこの“ノリ”についていくことができず、あたふたと目を泳がせながら固唾を呑んでいる。かわいそうなことに、こいつらの言葉を真に受けているのかもしれない。

 しかし、唐突なギャグ展開を飲み込めない常識人は、我がサークルにとって貴重な存在だ。俺を含めたバカどもに染まらないほうがいいだろう。


「落ち着けよ、お前ら! 好きだったっていうのは、当然ながら友達としてだ! あるいは妹みたいな存在としてのことだ! 間違っても恋愛感情ではない!」


「うるせぇ、お前に下心がなかろうと、氷見は俺の妹だ! けがれるだろ、お前は近づくな!」


「悪い虫みたいに言うなよ! これでも親友だろ、俺たちってさ!」


「小学生のころのお前はまだ幼虫だった。中学でサナギになり、そして高校進学とともに羽化して悪い虫となった! 俺は蝶に、お前は蛾に!」


「ほんとにひどい言い草だな! 見損なったぜ!」


「落ち着いてください、二人とも! どっちもそんなに変わりませんから、けなしあったって得るものはありませんよ! お互いに傷つくだけです!」


 言い争いを止めようとする峰岸さんの真面目なツッコミが俺と赤松の心に直撃した。どんぐりの背比べとか、目くそ鼻くそとか、そんな言葉が俺たちの間を去来した。同じレベルの人間同士による無目的な争いは、どう決着したところで無益であると相場が決まっている。この辺りで手打ちとしておこう。

 俺と赤松で仲直りの証明となる、こぶしのぶつけ合いをしたあと。

 たぐいまれなる違和感は、まったく別の方向から漂ってきた。


「乙終さんが好きだと言ってくれたのは、すべてをさらけ出した本当の私……」


「どうしたんだよ、氷見? そんな深刻な顔をして……」


 なにやら呟いた妹を心配した赤松が彼女の肩に手を乗せようとすると、その手を目障りな羽虫を叩き落すように振り払った氷見ちゃん。

 突如としてテーブルに手をついて立ち上がると、何万人という聴衆を聞き入らせるがごとき独裁者然として、威風堂々ぴしゃりと言った。


「いいから黙ってて、お兄ちゃん。そしてちょっと静かにしてね、みんな。少し黙って聞いていてほしいの。小学生を泣かせるような悪い高校生は、私が学校に素行不良な生徒として知らせちゃうよ?」


 打って変わった変貌振りに俺たちは沈黙する。

 ここは黙って彼女の様子をうかがうしかなかった。


「加奈ちゃん、って言ったね? ううん、親友だから加奈って呼ぶね」


 年下の女の子に呼び捨てで名指しされた榎本はちょっと嬉しそうに背筋を伸ばす。返事はないが無言の肯定だ。


「うふふ。ね、加奈、今から外へ遊びに行こう。あ。でもその格好、外でも平気かな?」


 にやりと笑った氷見ちゃんは、もはや完全に榎本の上に立っていた。

 精神的になぶられたいという欲求不満な榎本であっても、もちろん人並みに必要な程度の羞恥心は心得ていて、サイズの合わない小学生ファッションで外を出歩けるほど痴女ではない。

 精神的なダメージコントロール。いじられるのにも神経を使うのだ。


「ごめん。この格好、恥ずかしいから外では平気じゃない……」


「へぇ、変なの。それ制服なのにね? ほら加奈、だったら遊べる服に着替えておいでよ」


 手は腰に、胸はそらして、余裕の目。

 小学生には特有な、無垢なる天使の生意気さ。

 それはクールに決める少女サディスティック。

 眠れる小さき女豹、赤松氷見の本領発揮である。

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