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16 悩める彼女の恋愛観

 体育館裏から一度教室へ戻って必要な荷物をまとめてから、二人で学校を出た。

 一人は俺、そしてもう一人は古沢さんだ。

 近すぎず遠すぎず微妙な距離感を測りかねながら、よくある友達の距離感はこうだろうと隣を歩く。


「折角だから、どこかに寄っていく?」


「予定がないおかげで時間はたっぷりあるからどこに寄ってもいいんだけど、実は俺、今日は財布を持ってきてないんだ。お金のかからないところだと助かるかな」


「無料で水を出してくれて、場所代を払わなくてもベンチに座らせてくれる、それなりに見晴らしのいいところを知ってるんだけど、どう?」


「どっかの公園?」


「そう、公園。小さくてもいいなら公園なんてどこにでもあるけど、一番のおすすめは私の家の近くにある公園ね。ずっと前に遊具は撤去されて雑草は伸び放題で、ベンチは腐って壊れそうだけど、おかげで誰も来ないのよ」


 そう案内されて彼女についていったら、いないはずの先客がいた。

 いかにも近所に住んでいそうな小学生が数人で遊んでいる。腐りかけのベンチに座ってスマホか携帯ゲーム機を見ながらわいわいやっているらしく、下校の途中で立ち寄っているのかもしれない。


「珍しいこともあるものね。あの子たちとご一緒する?」


「いや……」


「じゃあ公園はやめとこっか。……うーん、そうだ。ここまで来たなら、ついでだから私の家に寄っていってよ。無料でジュースを出して、場所代なんて払わなくてもソファに座らせてあげるから」


「なんとなくだけど見晴らしもよさそうだ」


「ええ。世界の絶景を紹介するテレビ番組が録画してあるわ」


 なら話題に困って沈黙が続いたとしても退屈しなくてすむ。さすがに最近は慣れてきたとはいえ、女子と二人きりになって沈黙が続くと不安になるのだ。


「何度もごめんね。実は、また話したいことがあったの」


「だったら話題に困ることもなさそうだ。助かる」


 助かってばかりいないで、たまには俺の方からも話題を提供できるように何か考えておいた方がいいかもしれない。本気でプロの小説家を目指しているのかと言われると自分でもどうだろうかと迷えるものの、文芸サークルに所属しているからには面白い話の一つや二つ、ぽんぽんと出せたほうが格好はつく。

 小説を執筆する際に役立つであろう情報収集もかねて、普段からアンテナを広く張っていれば、誰かと喋っていて話題に困るという状況がないはずなのだ。自分では頑張っているつもりだったけれど、根本のところでは意識が低い証拠なのかもしれない。

 もっとも、この高度に情報化した社会では無作為にアンテナを張りすぎると収拾がつかなくなるというか、かえって情報に溺れてしまいかねないリスクがあるのも事実だ。簡単に言うと、調べ物をしようとネットを見たら調べなくてもいい情報や動画をどんどん漁ってすぐに時間が無くなってしまう。

 しかも大抵は身につかない。いや、それは俺だけかもしれないが。


「あれ……」


 古沢さんが急に立ち止まる。

 どうしたんだろうと思ったら、家の前に車がある。ろくに知識がないせいで車種やメーカーは知らないけれど、街でよく見かける感じの車だ。少なくとも業者のものではない。この前に来た時と違って、今日は親がいるのだろうか。

 頼りない俺の記憶が確かなら、彼女の母親が乗っていた車とは違うようだが。


「ごめん、やっぱり予定を変更してもいいかな?」


 気まずそうな顔をする古沢さん。何が何でも彼女の家に上がりこみたくて来たわけでもないので、そんなに申し訳なさそうな顔をする必要はなく、もちろん俺は気にしない風に答える。


「事情があるみたいだから俺は構わないよ」


「うん。じゃあ、ちょっとここで待ってて」


 そう言われたので、まさかついていくわけにもいかず玄関から少し離れた場所でおとなしく待つ。すぐに戻ってくるかもしれない可能性を考えれば、彼女を待っている間に何かをするにも中途半端な気がしたので、退屈しのぎにスマホをいじるのもやめておく。

 ぼーっと立ち尽くして、あくびをかみ殺す。しつけのいい犬になった気分だ。

 せっかくだからご褒美が欲しいところだな、とか冗談で考えていたら、五分もしないうちに戻ってきた彼女は本当に俺への褒美を持ってきてくれた。


「お待たせ。はい、ジュース。家にあったから持ってきたよ」


「お、律儀にもありがとう。ちょうど喉が渇いてたんだ」


「それはよかった。お人好しポイントゲットって感じ?」


「そんな感じ、そんな感じ。今の相場だと百六十ポイントくらいかな」


「たぶんだけど、それって一ポイントで一円くらいよね」


 ただし換金は受け付けていない。数百ポイントたまった時点で俺が破産してしまいかねないからだ。

 とにかく、ありがたくペットボトルのキャップを開けてジュースを飲む。

 うん、おいしい。

 ……小学生みたいな感想なので口にはしないが、飲んでおいて何も言わないのもどうかと思うので難しいところだ。かといって食レポみたいな感想を言っても彼女を困らせるだけかもしれない。

 なのでここは戦術的に黙っておくことを選択したが、そっと彼女の顔を覗き込むと、すでに困ったような顔をしていた。

 悩んでいる、と言ったほうが表現としては近いかもしれない。

 声をかけるべきかどうか迷いながら、歩き始めた彼女についていくと、しばらくして古沢さんのほうから口を開いた。

 今日は父親が家にいたから乙終君を家に上げるのは気まずくって、と前置きしてから話が始まる。


「何年も前に父さんの浮気が原因で親が離婚して、中学生のころはお母さんと二人暮らしだったんだけど、今年の三月ごろにね、父さんが戻ってきたの」


「そうなんだ。仲はいいの?」


「ううん、全然。だって、この前まで違う女の人と暮らしてたんだよ」


「あ、ふうん……。なるほどね」


 違う女の人というのは、つまり彼女の母親とは違う女性ということだ。

 きっと複雑な事情があるのだろう。

 こちらから広げていい話なのかもわからず、相槌に困って中途半端な頷きで終わってしまった。気の利いた返事などできるわけもなく、そもそも今の彼女が励ましや同情を欲しているのかもわからない。

 なんとなく重苦しい空気感を背負いながら元来た道を戻っていると、先ほど通り過ぎた公園についた。

 離れていたのはほんの十分か十五分くらいだが、もう小学生たちはいなくなっている。かくれんぼをしている様子もないから、家に帰ったのだろう。

 他に立ち寄る場所もないので、ひとまず空席になっていたベンチに向かう。屋根もなく年中無休で雨ざらしのせいか本当に腐りかけているため、さっきの小学生たちとは違って座ることはしない。


「気にせずに座っちゃえば楽なのかもしれないけどね」


「まあ、なんかお尻が汚れそうな気がするし、俺たちが座っちゃったせいで壊れたら大変だからね。管理者側の責任だろうから弁償させられることはないだろうけれど、罪悪感は生まれるだろうし」


「そうね……」


 ベンチの背もたれに手を乗せて、周りを見渡す古沢さん。ゆっくりと落ち着ける場所を探しているのかもしれないが、残念なことに他のベンチも同じ惨状だ。

 いや、他のベンチは雑草に飲まれて近づくのも抵抗がある。

 ふらりと食堂に入ったはいいものの、どのテーブルもほとんど満席で、かろうじて空いているのは知らない人しかいない席だけだった時のような所在なさ。

 結局、移動はせずにここで立って話すことにしたようだ。

 俺を相手にして話すというよりは、つぶやいた。


「なんか居場所がないんだ。家が自分の場所じゃないみたい。私のためとか口ではいろいろ言っていたけど、結局、お母さんは私じゃなくて父さんのことを選んだんだって気がして」


「ん……」


 どうだろうか。彼女の母親と話し合ったことがないので適当なことは言えない。家族のことで悩んでいるらしい彼女に共感しておくことも大事な気がする一方、もし本当に母親が彼女のことを思っていた場合、俺の一言が原因で親子関係がすれ違う後押しをする羽目になりかねない。

 もっとも、事態がどうあれ彼女が悩んで寂しがっているのは事実だ。

 誰にでもある反抗期の一種かもしれないが、あるいは人並み以上の強烈な疎外感に襲われているのかもしれない。虐待がないとしても、親としての仕事ぶりに不満がないとしても、はっきりとした遺恨がなかったとしても、一度離れてしまった心の距離を縮めることは血のつながった肉親が相手だとしても簡単な行為ではない。

 スマホが普及して簡単に世界とつながれるようになった便利な時代だけれど、迷える時は昔からそうであったように、人は簡単に孤独になれる。些細なことで簡単に迷い、苦しみ、いともたやすく出口がわからなくなる。

 その寂しさや孤独を埋めるために恋を求めたのかもしれない、と安易に結論付けてしまうと、物事の多くを見誤ってしまうような気がするけれど。


「父さんだっておかしいよ。私、あの人が何を考えているのかよくわかんない。知らない女性を選んで一度は捨てた娘の前に、平気な顔をして戻ってこれたのが理解できない。別れる前は私のことなんて一度も気にかけてくれなかったくせに、今さら父親面するんだよ」


「んん……」


 これもまた難しい問題だ。彼女の父親は名前どころか顔さえ見たこともないので、やはり適当なことは言えない。彼女の問題に深入りしたくないわけではなく、友達として古沢さんのことを心配するからこそ迂闊に踏み込めない。

 彼女の言葉を信じるなら無責任で自分勝手な父親のようにも聞こえるが、古沢さんの父親にも彼なりの考えや理由があったのかもしれない。それこそ本当は古沢さんのことを第一に考えているのかもしれないし、今さら父親面するというのも彼なりの罪滅ぼしかもしれないのだ。

 ただし、そこにどういった事情があるにせよ、上手くいっていないのは彼女の顔を見れば一目でわかる。

 問題を解決することはできずとも、彼女の気持ちに寄り添って慰めることくらいはできるかもしれない。

 それを求めていないとしても、言いにくいことを打ち明けてくれたことに誠意を見せなければ。


「ごめん。こんなこと言って。困らせちゃったよね」


「いや、そんなことないよ。困るというか、むしろ……」


「むしろ?」


「あ、いや……」


 俺は思わず口をつぐんだ。

 今のは失言だったろうか。

 少しだけ悩んだ末に、やはりこちらからも打ち明けることを決める。


「古沢さんに共感したかな」


「……私に共感? どういうこと?」


 さっぱり要領を得ないらしく、問題文が日本語として破綻しているテストを受けさせられたみたいな不思議そうな顔をされてしまう。詳しい事情を知らぬまま下手なことを言えば彼女の機嫌を損ねてしまうリスクはあったが、自分から切り出しておいて隠してもしょうがないので説明する。


「厳密には違う話だけど……。実は小学生のころに俺の両親も離婚してさ、中学に進学するタイミングで父が母とは別の女性と結婚するって話になったんだ。会社で知り合った二十代の女性だったんだけど、あんまりうまくいかなくて、結局は同棲した三年間で結婚するって話はなくなった」


 それを気にしてか、その女性と別れた後に父は会社の近くにある格安のアパートの一室を借りて、今では俺たちと顔を合わせずに一人で暮らしている。

 ちゃんと生活費は振りこんでくれるし、たまに様子を見にも来るので父に対する不満は全くないが、結婚する予定で一緒に暮らした女性にわずか三年で振られたこともあり、今でも父と会うと微妙な気まずさはある。


「その頃はなんていうのかな、家にいるのも気まずくてね……」


 だから正直、本人いわく精神が立ち直るまでの期間限定とは聞かされているものの、父が自主的に家を離れて生活してくれているのはありがたい。しっかりローンを組んで新生活のために購入した戸建て住宅だが、結婚するはずだった女性に捨てられた父には悲喜こもごもの記憶がよぎって辛いのだろう。


「ん、中学時代って……」


 教科書やノートを詰め込んでいる通学用ではなく、一度家に入った時に持ち替えてきたプライベートで使っている感じの肩掛けカバンを漁る古沢さん。わざわざ家から持ってきたということは何か大事なものが入っているんだろうとは思っていたけれど、その中から薄っぺらい冊子を取り出した。

 その表紙を見せつけるようにして、首をかしげる。


「もしかして、これを書いたころ?」


 見間違いでなければ俺が中学生のころに書いた小説だ。ラブストーリーの乙終と馬鹿にされる原因となった苦々しい思い出の一冊である。

 つい反射的に顔をしかめてしまったけれど、おそらく彼女は俺を馬鹿にするために昔の小説を取り出したのではないだろう。

 だから素直に認める。


「そうだね、それを書いたころだよ」


「そうなんだ。これを書いたころに……」


 ミシミシと音を立てるベンチの背もたれに体重を預けて寄りかかり、パラパラと紙をめくって小説を読み始める彼女。

 一文字ずつ丁寧に文章を読んでいるというよりは、記憶を頼りにシーンを思い出しながら、ぼんやりとページを眺めていると言った方が正確かもしれない。


「やっぱりこれ、痛々しいね」


 馬鹿にした風ではなく、どこか愛着があり褒めているような好意的なニュアンスでつぶやく。

 むず痒くなって、思わず肩をすくめる。


「だからそれを読むのは誰にもおすすめしていないんだ。書いた本人が一番この世から葬り去りたいと思っているくらいだよ」


「でも、私は好きだな。だって、これを書いた乙終君が恋愛に対して真剣だったってことが伝わってくるから」


「う、ん……」


 果たして俺は真剣だったろうか。彼女の言うように真剣だったとして、一体俺は何に対して真剣だったのだろう。

 自分のことだが自分でもよくわからない。中学時代の俺は路頭に迷っていた。

 そう考えると、少なくとも、がむしゃらであった気はする。

 一生懸命に小説を書いていたと言えば聞こえはいいけれど、実際には現実から目を背けるための逃避行為でもあったような気がするが。

 古沢さんが冊子を閉じて顔を上げる。


「初めてこれを読んだときは何か大事なものの一端を見つけた気がして、正体がわからないまま憧れを抱いた。こんな恋がしたい、されたいって。……けど、今でもよくわからないのよね。私たちがよく口にする『恋愛』って、結局のところ何なんだろう」


「恋愛か……」


 それは難しい問題だ。いくら考えても明確な答えは出せず、理路整然と考えようにも材料となる知識や経験が乏しい。

 だからこそ少しでも恋愛の正体を知りたくて小説を書いたともいえるが、そこまではっきりとした目的意識が当時の俺にあったかというと自分でも疑問である。

 ただ書きたかった。それだけだ。


「手を握ったりキスをしたりデートをしたりするのって、私は素敵なことだと思ってた。好きな相手がいるなら、自分から積極的にアタックするべきだって信じていた。でも、違うんじゃないかって。もっと慎重にいろんなことを考えないと駄目なんじゃないかって感じるようになってきた」


「……うん」


「だけど考えれば考えるほどわからなくなる。たった一人の運命の人って、どうやったら確信できるの? 確信できる相手を見つけたとして、その人とどう付き合っていくのが正しい恋愛なの?」


「それは……」


 素朴だが本質的な彼女の問いかけに俺は口を閉ざした。問われたからには何か答えたいが、いろんな言葉や想いが頭の中を駆け巡るばかりで、すぐには答えることができない。

 根拠なんてないけれど、この世界に正しい真実の恋愛なんてないんじゃないかと思える。

 なのに、それに憧れる気持ちがあるのも理解できる。

 正しいかどうかは別として、自分にとって理想の恋愛というのはどうだろう。それこそフィクションじみた、恋愛小説のような物語。運命の出会い、劇的なプロポーズ、周囲にも祝福される幸せな家族生活。夢見がちな態度は馬鹿にされることが多いけれど、夢がない現実を前にして簡単にあきらめるのも違う気がするし、かといっていつまでも理想ばかり追い求めてばかりもいられない気もする。

 つまりわからない。

 だからそれをそのまま伝える。


「俺もわからないんだ。何一つとしてわからないけど、わからないなりに今も考えてる。どう頑張ったって簡単には答えが出せないと思うから、たぶん何度だって間違える。そもそも、みんなが納得するような正解なんて存在しないかもしれない」


「だったら……」


「でもさ、確実な正解がないからこそ、世の中には確実な間違いもないと言えるんじゃないかな。屁理屈みたいなものかもしれないけれど、失敗かどうかなんて他人が決めるものじゃない。俺たちが生きているのは俺たち自身の人生なんだ。自分が納得するまで、いくら迷ったっていいと思うよ」


「そうかな? でも私はたぶん、そう簡単に割り切れないと思う。いくらでも迷えばいいと言ったって、恋愛がうまくいっていないと、どんどん心が乾いていく気がするもの。だんだんすべてが遠ざかって、どうにでもなれってなるの」


 確かに、ある意味では自分を納得させることが一番難しい。

 もちろん人生における難問は恋愛にまつわる事柄だけではない。友達や家族との人間関係、自分らしさ、将来の夢、過去のトラウマなどなど、立ち向かわなければならない問題は数え始めればきりがない。

 けれど、やはり思春期における恋愛は多くの人にとって悩ましいものだろう。

 あるいは、大人にとっても。


「けど、そうやってネガティブなことばかりを考えるのはやめにしたい。自分が気持ちよくなるとか、寂しさを埋めるためだけに人を利用することもやめにしたい。これまでのことを忘れるとは言わない。今までの私が間違いだったって後悔することも。でも、だったらどうやって生きていくことが一番いいんだろう」


 古沢さんは悩んでいる。

 どうしようもなく悩んでいて、それを俺に打ち明けてくれている。

 それは俺に恋をしているからというわけではなく、俺が中学生のころに書いた小説を読んで、同じ悩みや理想を共有してくれるかもしれないと期待しているからだろう。たまたま同じクラスになった友達として、恋愛に悩める同士として、あるいは、本当にすがる気持ちで。

 正直に言えば、俺が書いた小説は素人の落書きレベルでしかなく、それを書いていた当時の俺も恋愛や人生観について深く掘り下げられていたとは到底言えない。プロの小説家なら恋愛相談や人生のアドバイスをいくらでもできるのかもしれないが、今の俺には彼女の悩みに意味のある答えを返すことはほとんど不可能だろう。

 なぜなら俺もまた悩める思春期の少年の一人でしかないからだ。

 優柔不断さや決断力のなさは他の誰より自分が一番よく知っている。

 だからこそ、もう悩まずに済むたった一つの冴えた答えを探しているのだ。


「永遠の愛を誓っておいて、けれどやっぱり離婚する大人も世間にはたくさんいるんだ。まだ高校生の俺たちがわからなくたって無理もないと思う。今までの古沢さんだって、間違っていたとは言い切れないんじゃないかな。わからぬままに突き進む、その勇気と情熱は君の魅力だよ」


「でも本気で愛し合うには軽い女じゃダメなんでしょ?」


 つらそうな顔をして俯く彼女。軽い女とは何だろう。本気で愛し合うのに重いも軽いもあるのだろうかと思うが、ひょっとすると鈴木の言っていたことを思い出しているのかもしれない。

 あれは一つの、それも極端な意見だ。一般論として扱うには根拠が薄すぎる。


「そうとも限らないよ。軽さとか、真剣さとか、そういうのは他人が簡単に決められるものじゃない。古沢さんの振る舞いを不純だとか考えなしだとか決めつけるのは、すごくひどい偏見だと思う。きっと君はただ純粋な気持ちで、最も素直に人と寄り添おうとしているんじゃないかな。だから君が人間的にまっすぐで魅力的である限りは、必ず君にふさわしい相手が現れると思うよ」


 そこまで一息に言い切ってしまうと、古沢さんがいたずらっぽく笑った。


「乙終君ってロマンチスト?」


 恥ずかしくなってきたので顔をそらして答える。


「よく言えばセンチメンタル。悪く言えば酔ってる」


 そうだ。俺は自分に酔っている。周りを見下しているつもりは全くないけれど、そうは言っても何かにつけて小説家気取りで、他の誰よりも物事を深く考えたつもりになりたがりだ。

 悩んでいるのも、苦しんでいるのも、すべては人よりも深謀遠慮に考えているからだと思いたがる。

 自分のつくりが単純ではないのだと信じたがっている。

 実際にはまだまだ十代の子供でしかないのに。


「本当は私、本気の恋をしたことがないのかも。ずっと恋愛に憧れてた。今も多分そう。誰かを愛しているっていう充実感と、誰かに愛されているって実感が欲しくてたまらないの。でも、それってなかなか簡単に得られるものじゃない。だって、そうでしょ?」


「そうだと思うよ。簡単じゃないからこそ、それを得られた時の喜びも大きいんだろうけれど……」


 簡単にはいかないからこそ、苦しんだり悩んだりするのだ。

 悩みを打ち明けたことで少しは気が晴れてきたのか、ふっと息を吐き出した古沢さんが明るい顔をする。


「恋愛小説。いいかもね。自分の中でもやもやしているものを言語化するのって大事なことだと思うし、そうやって恋の衝動を文学的に昇華しようとするのは人間的な成長を感じられる気がするから」


「そんなに大層なことはできていないけど、趣味として小説を書くのはおすすめだよ。ネットに公開するとなると罵詈雑言や批判の声ばかりが届いてきて気に病んじゃう可能性もあるけど、サークルに入って仲間内で読み合う程度なら批判も相手を尊重したうえで遠慮なくやり合えるから。自分の書いたものを誰かに読んでもらうと、心の中でくすぶっていた色々なものが客観視できるようにもなるからね」


 そう言うと、悩みを深くする古沢さんが目を細めた。


「サークル、入ってもいいのかな……」


「みんなの邪魔をするってわけでもなければ、うちのサークルは誰にでも門戸を開いているつもりだよ。あの変わり者の鈴木や福富でさえ入るって言うんだからね」


「そうなんだ。結構な大所帯になってきてるんだね」


「もしかして嫌だった?」


「ううん。楽しそう」


 それを本当に楽しそうな声で言ってくれるので、つまらない嫌味や皮肉ではないことがわかる。


「そう思うなら歓迎するよ。みんなには俺の方から知らせておくから」


「ありがとう。……けど、小説か。今までもたくさん読んではきたけれど、あなたが書くであろう新しいそれを読んでみたいな。うん。とにかく私も何かを書いてみるから」


「ちなみに古沢さんは今までに何か書いたことってあるの?」


「小説はないわね。書いたと言えるのは、ちょっとしたポエムくらいかな」


「ポエム……」


 馬鹿にする気持ちは一切ないけれど、むず痒さが生まれるのを否定はできない。

 ポエム、詩、歌詞。その多くが率直で感情的で単純であるがゆえに、文字にしたためた当時の想いを日記帳や写真のように書き写しており、いいことも悪いことも様々な感情が刺激される。実を言えば俺にも書いた経験があり、そのどれもが今になって読み返すと顔が熱くなるような文章ばかりだ。

 小説は読んでほしいが、ポエムは誰にも読ませたくない。理由もわからず恥ずかしくなってくるので、自分で読み返すのも苦手な部類である。


「ふふ、でも、そういう恥ずかしさや青臭さを遠慮なく見せ合うってのも素敵なことかもしれないね。サークルの外ではあんまり言えない感じがするし、同じような人が集まっているなら私だけが馬鹿にされるってこともないかも」


「まあ、変わり者が多いことだけは保証するよ」


「うん。その方が居心地もいい。私だって真面目じゃないからね」


 そう言って古沢さんは冊子をカバンにしまった。


「それじゃあ、よろしくね、乙終君」


「こちらこそ」


 こうして、古沢さんは我らが実践文芸サークルに新しい仲間として加入することになったのであった。

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